※本稿は、中島恵『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■中国の富裕層が日本に移住するワケ
ここ数年、「来日した時期による違い」が顕著になっている。私は数多くの在日中国人を取材してきたが、その対象は主に中国の改革・開放後の80年代以降に来日した人々である。
在日中国人については、過去の著書で世代別に、①老華僑(150年以上前の横浜開港時に西洋人とともに来日した中国人)、②新華僑(1979年の改革・開放後に来日した中国人)、③新・新華僑(2020年のコロナ禍以降に来日した中国人)という私なりの定義で紹介した。
私が取材する人々の中心は②で、彼らの来日の目的は、一言で表せば中国の「貧しさ」から逃れるためといっていいだろう。彼らは若くして来日しているため、日本社会に適応し、日本人のように生活している人もいる。
一方、2015年の「爆買い」ブーム以降、経済力のある中国人が次々と日本に移住してきた。この動きは2020年のコロナ禍でさらに拍車がかかった。来日の目的としては、「貧しさ」からの逃避ではなく、「中国の経済的・政治的リスク」から逃れるため、さらには母国の衰退の兆しを感じて、という人も目立つ。
■同じ中国人でも、生活様式がまるで違う
日本の4倍ものGDPを背景に豊かな暮らしをしてきた富裕層が、自らの資産を持ち出して国外へ逃げ出した。そうした背景から、②新華僑と③新・新華僑では、生活様式、言動、考え方そのものが大きく違う。
在日中国人は90万人以上という大集団ではあるものの、在日中国人社会という「狭い世界」では、彼ら同士、何らかのきっかけで“接点”が持たれることがあり、それにより軋轢が生じることもある。
25年6月、東京・板橋区にあるマンションの中国人オーナーが突然家賃を2.5倍に値上げし、住民を追い出すためにエレベーターを停止させるというトラブルが報じられ、国会でも取り上げられた。
当時、オーナーは中国に滞在中で、日本のメディアの取材に対し、「値上げは撤回する」と語った。このオーナーが「新・新華僑」かどうかはわからなかったが、この件をきっかけに、在日中国人に対する風当たりが強くなったことは確かだ。中国人は都内のタワーマンションだけでなく、いつの間にか、古い賃貸マンションのオーナーにもなっている、自分の賃貸住宅でも同じようなことが起きるかもしれない、と不安を抱いた日本人もいた。
だが、新・新華僑の不動産購入は投資用に限らない。子どもの教育についても、それまでの世代とは異なる行動に出る。
■なぜ文京区の有名公立小にこだわるのか
25年、東京・御徒町にある不動産会社、Worth Land(ワースランド)代表取締役の杉原尋海さんに聞くと、最近来日した中国の富裕層は「東京都文京区○○の1丁目から4丁目の間でいい物件はないか」とピンポイントで物件を探すのだという。理由は明確で、「3S1K」と呼ばれる有名公立小学校のいずれかに子どもを入学させたいからだ。「3S1K」とは文京区の誠之(せいし)、千駄木、窪町の4つの公立小学校の頭文字をとっている。
文京区は東京大学やお茶の水女子大学などの名門校があり、保護者の教育レベルや所得レベルが高く、文化水準が高いとされることから、この4つの小学校に子どもを入学させたいと考える保護者が多い。日本人でもわざわざ引っ越してくる人がいる。
こうした情報を新・新華僑は中国のSNS、小紅書や抖音(ドウイン)で得る。東京に土地勘がなく、知人も少ないためSNSを重視し、仲介業者(ブローカー)が発信する情報に飛びつきやすい。
たとえば、「東京で富裕層が住む区の上位ランキング」といったSNS動画や記事を見て、「富裕層の自分にふさわしい地区に住むべきだ」と考える。また中国の学区房(いい学校がある地区の不動産)と同じ感覚で、日本の不動産を探す。
■中国人親のSNSグループに飛び交う情報
一方、日本にしっかりとした生活基盤がある新華僑は、小紅書や抖音を見てはいるものの、その情報を鵜呑みにはしない。自分のなかにそれなりの判断基準があり、他からも情報を得られるからだ。
新華僑の人たちが頼りにするのは、小学生の子どもを持つ教育熱心な同世代の中国人保護者によるネットワークだ。ある知人は、「鶏娃(ジーワー)(=教育熱心な親)」というSNSグループに入り、そこだけで共有される情報を参考にしている。以前の著書でも紹介したが、そのグループ内では、「3S1K」に限らず、さまざまな地区の小中学校、学習塾、オープンキャンパスなどの情報が飛び交っている。
「私たちは文京区にはこだわりません。一番多いのは地元の一般公立小学校に入学させ、学習塾に通わせて、私立(中学校)受験というパターンです。私立小を受験する人もいますが、それほど多くはありません。
公立(小学校)から私立(中高)なら、日本の高いレベルの教育を受けられるし、インターナショナルスクールに入れれば大学は欧米になります。自分たち夫婦が将来も日本に住むなら、子どもも日本に軸足を置かせる選択が現実的です。そういうふうに考えていますので、『文京区の有名公立小』という選択は上位にはきません」
■在日中国人社会に「静かな不協和音」
SNSグループの「鶏娃」に加わる保護者は、こう語った。
このように、子どもの教育一つとっても、来日した世代によって、在日中国人の考え方は大きく分かれることが多い。だが、私が見たところ、日本人は、その「違い」についての関心が低いと感じる。「所詮、同じ中国人でしょう?」といわれてしまうこともある。
その背景には、日本人から見る外国人像が昔とあまり変わっていないことも関係しているのかもしれない。ベトナムやネパールが猛烈な勢いで経済発展していても、私たちが抱くイメージは20年前とあまり変わらず、どんなに発展している映像を見ても、イメージはなかなか変わらない。
世論の影響もあり、日本の外国人政策は厳格化される方向だ。その結果、日本に移住してくる中国人の動向にどのような影響を与えるのかはわからない。
しかし、中国国内の影響もあり、今後も富裕層を含む新・新華僑が日本など海外に脱出する傾向は強まる可能性がある。
私は日本社会で着実に地歩を築いてきた在日中国人の姿を見続けてきただけに、じわじわと広がり始めている彼らのなかの「静かな不協和音」に一抹の不安を覚える。その対立構造が日本社会にどのような影響を及ぼすのか。今後も関心を持って、じっくり考えていこうと思っている。
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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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