■20年余で2倍の年商223億円に
「雑穀」をご存じか。お米と混ぜて炊く、ヒエ、アワ、大麦などの穀物の総称である。自宅そばの大型スーパーのお米コーナーの隣をのぞけば、目の高さの棚に雑穀商品がずらりと並んでいた。その大半が「はくばく」の商品だった。
山梨県中央市にある老舗の精麦会社ながら、三代目の長澤重俊社長が健康食材の雑穀に重心を移した。代替わりをした後、健康食ブームもあって、ニッチ市場でありながら、「十六穀ごはん」「もち麦」といったメガヒット商品を連発。20年余で年商115億円(2002年度)から223億円(2025年度)、国内シェアを6割にまで成長させたのだった。
なぜ、事業変革がうまくいったのか。
■どん底時代に生まれたメガヒット商品
7月某日。東京都は江東区木場の東京本社を訪ねた。
「これは、大ヒットです」と、長澤社長は黒縁メガネの奥の大きな目をほころばせ、「十六穀ごはん」を指差した。現在は、「十六穀ごはん」の売り上げが約20億円、雑穀全体のそれは約50億円に成長した。
「これはひょうたんからコマみたいな話で、運がよかったんです。2000(平成12)年ごろです。うちはどん底みたいな時で、売れるものだったら何でもやるぞといったマインドだったんです。そんな時、大型スーパーからPB(プライベートブランド=雑穀ミックスの商品開発)の依頼があったんです。当時は雑穀のマーケットはゼロ。自分たちは大麦屋と思っているから、新たな雑穀が増えたら、大麦が減るみたいな、社内では結構異論が出たんです。でも我々が提供している価値というのは、ご飯に簡単に混ぜられて、家族全員が健康になるということ。ならば、ゴーだろうって」
当時、長澤社長は営業本部長だった。
「休眠会社で損を抱えた会社が3社ぐらいあって、実質、債務超過だったんですよ。これって、会社としては一番まずい状態ですよね」
加えて、2000年にはオーストラリアに有機小麦を活用したうどん工場を建設した。「そこからまた、赤字を重ねていたんです。そこに全部目をつむって、銀行が助けてくれたから何とかなったんです」
結局、依頼のあった雑穀の開発を始め、2006(同18)年、黒豆や赤米、玄米、もちあわ、白麦、黒煎りゴマなど16種類を配合した「十六穀ごはん」が発売された。
■「経営者としての分かれ目だった」
これが売れに売れた。実は大手の通販会社が偶然にも同様の雑穀十六穀ごはんという商品を売り出し、CMをし始めことも幸いした。
「雑穀のマーケットが少しずつ大きくなっていった時、通販がCMをバンバン打ち始めてくれて、スーパーにあるうちの商品の売上がブワーと伸びていったんです」
ところで、なぜ16種類なのだろう。雑穀を開発する場合、いろんな穀物を混ぜ、調査をしていくことになる。味、色、食感、粘り気などのレーダーチャートをつくって、長澤社長は「“その輪を一番大きくしてくれ”と依頼しました」と振り返る。穀物を入れ替えては、何百回も炊飯器で炊いては試食する。
十六穀シリーズでは、五穀、六穀、八穀、十五穀も商品化された。でも、十六穀で打ち止めとなった。十七穀は? そう聞けば、長澤社長は笑いながら、「開発チームが十七穀を持ってきたんです」と教えてくれた。
「数の競争はやめたかったんです。16ってちょうど切りがいい数字でしょ。アサヒ飲料が販売しているブレンド茶には十六穀茶というのがあって、一応、16という数字がスタンダードだと思います。だから、17じゃダメだって言って、1個減らしてもらしました。私が(開発に)口出ししたのは、その程度ですよ」
「十六穀ごはん」の発売が「経営者としての分かれ目だった」と長澤社長は言い切る。
■かつては「穴が開いたバケツ」状態だった
はくばくの前身は1941(昭和16)年設立の峡南精米で、創業者の長澤重太郎氏が「麦こそ健康の源」として麦飯用大麦の加工事業に力を注いだ。1992(平成4)年に現社名の「はくばく(白麦)」に変更された。
長澤社長は1966(昭和41)年、山梨県生まれ。
「私が最初にやったのは、儲かる仕組みづくりです。仕組みを整えないと、ヒット商品が出ただけじゃ儲からないんです。かつては『穴が開いたバケツ』状態で、水(利益)が漏れているような状態でしたから。まず利益がしっかり見えるようにしたんです。いま、うちは全部オープンにして、営業マンも数字を全部わかっています。また、昔は“欠品のはくばく”って言われていました。それを変えて、在庫管理をちゃんとするようになりました。まず儲かる仕組みを作ってから、雑穀が立ち上がったのでうまくいったんです」
穴が開いたバケツ状態とは。
ひと言でいえば、どうすれば儲かるかが社員に共有されていなかった。商品を売るにしても、値引きして売れば、実質利益には結びつかない。「だから、別に損を垂れ流しているわけではないんだけど、損か得かわからない商売を続けていた感じなんですよ」と述懐した。「安く売っても売り上げは立つじゃないですか。だけど、原価割れは赤字ですよね。営業マンには、その原価が割れているかどうかが分かっていなかったんです。利益がわからない状態で売り上げだけを追いかけさせていたんです」
■数字の見える化で社員の意識に変化
通常、会社で大切な数字と言えば、売上総利益(粗利)だろう。売上高から商品の仕入れ原価や製造コスト(売上原価)を差し引いた利益を指す。
「だから、営業マンでも単品ごとに粗利が分かるようにしたんです。会社全体の固定費を売上高で割った数字、固定費率も明確にしました。営業マンはそれを上回る商売をしなければいけないという意識に変わったと思います。条件整備としては、既存のビジネスもそうやって見直せば、だいぶ収益が変わったんです。
製造部門についてはトヨタ自動車の生産システムの核となる生産管理手法「かんばん方式」応用編を導入したほか、業務改革専門のコンサルティングを依頼し、商品ごとの原価を計算して利益の見える化も図った。
■販売チャネルの転換
儲かる仕組みという点では、1995(平成7)年の食糧法改正が、はくばくの事業環境を大きく変える転換点となった。米の流通・販売が自由化されると、従来の主力販売先だった米穀店が減少し、長年築いてきた販売チャネルは大きな変革を迫られた。
販売チャネルとは、企業が自社の商品やサービスを顧客に届けるための経路を指す。父の二代目・長澤利久社長の時、はくばくは乾麺などを米屋で売るビジネスモデルだった。だから、米屋が減少していくと、必然的に商品もどんどん売れなくなっていった。
「販売チャネルは大事です」。そう言う長澤社長は、この事業環境の大転換を危機ではなく成長の機会と捉え、スーパーチャネルでのコメ関連商品売り場を開拓していく事によって乗り切った。
「窮余の策というか、それが大きな転換でした。雑穀がぐんとスーパーで売れていったんで、私どもはひと息つけるようになったんです。最初は米コーナーの棚の一番上に(穀物商品を)一段乗っけてもらって、一段が二段、二段が三段とどんどん棚が増えていったんです。まさに販売チャネルはうまく転換できました」
■ヒット商品が生まれる好循環
はくばくは「雑穀カンパニー」となり、雑穀ミックスの新シリーズ商品を相次いで発売することになった。
「これもひょうたんからコマでした」。長澤社長はそう笑って、もうひとつのメガヒット商品の「もち麦」を指さした。黒色のパッケージ、真ん中に白色麦メシがどんと写っている。存在感がある。
「これ大ヒットです。このもち麦をご飯に混ぜて食べるわけです。豊かな食生活というか、調理の必要があるというのは、ちょっと面倒くさくて弱点でもあるんですけど、やっぱり家族が調理をするので愛情が加わるわけです」
「もち麦」の発売は、2012(平成24)年である。ひょうたんからコマというのは、当時会長だった父・利久氏が米国に出張し、「もち麦」を大量に買い付けたことがきっかけだった。製品化のアイデアがなく、これが在庫の山となっていた。もち麦は大麦ながら、押し麦とは違い、丸いままである。
「昔の大麦は押さないと炊けないというのが業界の常識だったから、もち麦も混ぜたご飯も炊けないと思っていたんです。そうしたら、ある時、開発スタッフが“今の炊飯器なら炊けますよ”と言ってきたんです。“たまたま一緒に炊いたら、おいしいですよ”と。それで、炊いて、食べてみたら、確かにプチプチしてうまい、これ、やってみようじゃないかとなったんです」
なぜパッケージはシンプルな黒色なのか。
「もう黒色でいいじゃないか。そんな感じだったんです」
■「基本的には全部、ゴーサイン」
加えて、もち麦は栄養価が高く、食物繊維が豊富でもある。「ダイエット商品」として売り出したところ、新しい健康食品としてテレビの番組に取り上げられたり、雑誌などで企画広告を打ったりしたことで、どんどん売れた。
「根っこには、うちは大麦のマーケットを増やしたいというのがずっとあったんです。“大麦こそ最善だ、健康に非常にいい食品なんだよ”って。これもひとつのチャンスというか、可能性というか、今までにない大麦の食感だったんです。偶然とはいえ、これは面白いと思いました」
もち麦は現在、年商55億円を売り上げる。
■決め手は「やってみろし」で、「ほぼほぼゴーサイン」
新商品を発売する時の判断基準はなんだろう。
「やってみろし」である。サントリーの企業理念のひとつ、「やってみなはれ」同様、「甲州弁で、ちょっと軽く、やってみたらという感じです」。長澤社長は、「基本的には全部、ゴーサイン出すんですよ」と言葉を足した。「だから、そういう点じゃ、失敗もいっぱいしています。その中のヒット商品かもしれません」
国産大麦を100%使用した『水出しでおいしい麦茶』は2006(平成18)年、若い女性社員の提案を採用して発売された。「ちがいのわかる贅沢な味」が女性の支持を集め、今ではヒット商品となっている。『ベビーそうめん』なる商品は2015(同27)年発売、食塩を使用せず、小麦粉だけで作っているので、離乳食に安心して利用できるそうだ。
「最初、周りの人は“それは売れるのか”という話になって、提案した女子社員が“絶対、売れます”と泣き出したんです。結局、泣くまでやりたいのなら、やってみたらということになりました」
■「ラグビーも、会社も一緒」
長澤社長はラグビーで培った精神を、経営の根幹に据えている。ラグビーのコアバリューのひとつ、「インテグリティ(真摯さ・品位)」を大事にし、仲間のためにからだを張るタックル精神、そして「ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン」精神を尊ぶ。
プロップは脚光を浴びにくいポジションながら、そういった選手がからだを張らないと試合には勝てない。会社も同じ。一人ひとりが役割を遂行しないと、会社は回らない。
「ラグビーって、15人でいろいろなポジションがあるじゃないですか。プロップはスタンドオフができないし、スタンドオフはプロップができません。15人、いろいろな役者がそろわないとできないんです。会社も一緒。それぞれが自分の持ち場で一番いい力を発揮してもらえればいいと思っています。例えば、“おいしい麦茶”の場合、彼女が麦茶のことを一番真剣に考えた結果、出した結論だったら、それはいいだろうなと思いました。確かに一回、チャレンジする価値はある。失敗しても、彼女にとっては、挑戦した経験にもなるし、会社にとってもプラスしかありません。商品戦略で私はノータッチです。最後のゴーサインだけで、ほぼほぼゴーですから」
■社員を後押しする「やってみろし」
つまるところ、長澤社長は単なる商品開発ではなく、「儲かる仕組み」「売れ続ける仕組み」「新たな市場」をつくったのである。
経営学の父、ピーター・ドラッカー風にいえば、はくばくは「顧客を創造した」ことになる。健康や美容のため毎日の食事に「雑穀」や「もち麦」を取り入れる愛用者を増やしているのだ。雑穀、もち麦ブームは偶然ながら、売り上げが爆発的に伸びたのは、そこに「研究」「商品開発」「生産体制」「営業」「ブランド」があったからだろう。
また長澤社長は、成功を「運でした」と笑い飛ばし、「社員のおかげ」と謙遜する。だから、社員はこの人のために頑張ろう、となるのではないか。
社員の挑戦を認める「やってみろし」の会社の文化も見逃せない。失敗しても、「まず挑戦してみては」。だから、社員も新しいことに手を挙げられる。この文化なくして、健康食材のもち麦、雑穀市場は生まれなかった。
■“山梨のはくばく”であり続ける
はくばくは2000年から地元山梨のサッカーのJリーグチーム「ヴァンフォーレ甲府」の公式スポンサーとして、地域に密着した応援を繰り広げている。2022年の天皇杯「全日本サッカー選手権大会」を制したほか、J1にも何度か昇格した。サッカーW杯北中米大会で活躍した伊東純也は神奈川大学を卒業し、このクラブを経て、世界へ飛躍していった。
長澤社長は本拠の山梨を愛している。
「“東京のはくばく”より、“山梨のはくばく”が全然、いいと思うんですよね。はくばくがヴァンフォーレを支えているということで、山梨県民もはくばくに感謝してくれています。それは、社員にとって誇りというか、自信になっていると思います」
だから、と言って、苦笑いを浮かべた。
「簡単には(スポンサーを)やめられないなって」
夢は?
「やっぱり」と、今年還暦を迎えた長澤社長は言った。
「まずは日本の人が、もっと大麦や雑穀を食べて、健康的な食生活をしてほしいということです。そういう食文化をさらに日本から世界に広げていくのが夢ですね」
海外展開として、オーストラリアや米国、ベトナムなどに販売チャネルをひろげている。市場を拡大し、数値目標は5年後の2031年に年商300億円としている。
「市場創造っていうのが、うちにとってのミッションだと思っています。まだまだ(穀物市場は)小さい。大麦は米より安い。食費的にも健康的にも、食事に大麦、雑穀を取り入れたほうが絶対、いいんです」
■経営者の原点となった父の言葉
ラグビー場半分ほどの東京本社のオフィスはフリーアドレスで、社員の活力に満ちている。雰囲気が明るいのだ。こちらが歩けば、若手社員があいさつしてくれる。社長室はなく、長澤社長は中央あたりのソファーに座って、前の小さいテーブルでパソコンを立ち上げていた。傍にはキャリーバッグ。
そういえば、長澤社長には忘れられない光景がある。小学4年の時か。家での夕食時、父が大声で言ったそうだ。〈社員が生き生きと踊るような会社をつくりたい〉と。
「おやじの言葉を聞いていて、“踊るってねえんじゃないか”って突っ込めなかったですけど、それが私の経営者の原点なんです。社長として意識していることは2つ。ひとつは、勝てる戦略というか、社員が頑張っただけちゃんとリターンもあって世の中にも役に立つといった勝ち筋を示すこと。もうひとつは、人こそすべて。社員が楽しくて、楽しくて、もう踊っちゃうような職場の雰囲気をつくることです」
穀物の感動的価値を創造するとことが会社の理念ならば、社員も健康で明るくたくましくなければなるまい。時には、みんなでダンスを。いずれ、そんな「最高の景色を」。
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松瀬 学(まつせ・まなぶ)
ノンフィクションライター・日本大学客員教授
1960年長崎県生まれ、福岡・修猷館高校、早稲田大学ではラグビー部に所属。同大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。83年、共同通信社に入社。4年間、米NY支局勤務。02年に同社退社後、スポーツ・ジャーナリストに。多様なスポーツ競技やオリンピック、サッカー、ラグビーW杯などの国際大会を取材。2019年RWC組織委員会広報戦略長も務めた。元日本体育大学教授(ラグビー部部長)。現日本大学客員教授。専門が「スポーツ社会学」「スポーツジャーナリズム/メディア論」「スポーツマネジメント論」。日本文藝家協会会員。著書は『汚れた金メダル 中国ドーピング疑惑を追う』(文藝春秋社)『東京五輪とジャーナリズム』(共著・創文企画)など30数冊。モットーが「感謝」。
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(ノンフィクションライター・日本大学客員教授 松瀬 学)

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