※本稿は、羽根田治『低山遭難 「まさかの遭難」から生きて帰った人たち』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■最初は「あ、イノシシかな」と思った
時刻は午後2時過ぎごろ、場所は標高1180メートルあたりの平坦地、あと1キロほど歩けば人里に出るというところだった。突然、進行方向右手前方の薮のなかからガサガサという音が聞こえてきた。
それは獣が薮のなかを走っているような音だったので、「あ、イノシシかな」と思った。音がする10メートルほど先の薮のほうへ目を向けた次の瞬間、薮のなかからクマが姿を現した。
登山を始めて10年以上になるが、それが初めてのクマとの遭遇だった。クマの体躯は「そんなに大きくはないな」という印象だったが、飛び出してきたクマは間髪を容いれずに全速力でこちらに向かって突進してきた。
野湯探しを趣味としている以上、クマと遭遇するリスクが高いことは充分認識していた。このときも、万一に備えてクマよけスプレーをザックのヒップベルトの横にホルダーで装着していた。
対処法についても体験談などを読んで勉強し、遭遇した際にはすぐにクマよけスプレーを構えてゆっくり後退するというシミュレーションを何度も行なっていた。
■クマが猛スピードで襲い掛かってきた
だが、クマは唸り声を上げながら、100パーセントの敵意をむき出しにして、猛スピードで襲い掛かってきた。
「ほんと『マジかよ』と思いました。クマの襲撃が避けられない場合は防御姿勢をとるということも知っていましたが、いきなり襲われたときにカメになるというのは、恐ろしすぎて思い至りませんでした。
ある意味、やられるがまま、になるわけですから、逆にすごく勇気がある人じゃないとできないと思います」
文字どおり窮地に追い込まれた三浦が本能的にとった行動は、クマと闘うことであった。唸り声を上げて突進してきたクマに対し、三浦も「うぉおあー!!!」と大声を上げて立ち向かった。
次の一文は、事故の顛末を綴って公開した「note」からの引用である。
■クマの体の感触は、岩のように硬い
〈「大声を出す」というのは熊に遭遇した際にするべき行動ではないと聞くが(相手を興奮させるので)、どう考えてもすでに戦闘回避のフェーズではなかった。闘いはもう避けることができないことを悟って自らを奮い立たせるためと、大声を出せば逃げてくれないかなという感情が4:6で混ざった『うぉおあー!!!』だ〉
闘いの詳細はよく思い出せない部分もあるが、こちらの最初の一撃が右足での前蹴りだったことははっきりと覚えている。クマは四つん這いで向かってきたので、足裏が当たったのはおそらく頭か肩のあたりだろう。
その感触が岩のような硬さだったことに戦慄した。イヌやネコに触れれば優しい柔らかさが伝わってくるが、クマは柔らかさのカケラもない、ガチガチの硬さだった。
■指を噛まれ、左耳の後ろを爪で引っ掻かれた
クマはその攻撃に怯まず、立ち上がって襲いかかってきて、左手の人差し指と中指を噛まれた。立ち上がったときのクマは胸の高さほどだったので、体長は120センチほどだったと思う。
左手を噛まれて前屈みになったときに、左耳の後ろを爪で引っ掻かれたようだった。そのまま揉み合いになり、前蹴りで応戦しているうちに、蹴りの勢いでうしろに倒れ込んでしまった。
背負っていたザックには撮影機材や多めの水が入っていて十数キロぐらいの重さだったので、それもバランスを崩した一因となった。倒れ込んだあと、のしかかってきて攻撃されるとヤバいと思い、寝転んだ体勢から蹴りを繰り出した。
いわゆる「猪木VSアリ」状態である。唸り声を上げながらなおも攻撃を仕掛けようとするクマに、死に物狂いで猪木キックを連発しているときに、爪で左足首に挫傷を負わされた。
■やがてクマとの闘いが終わった
襲われていた時間は、計30~40秒ぐらいに感じた。必死で蹴り続けていると、突如クマは180度方向転換をして、襲われたときと同様の猛スピードで逃げていった。出現したときとほぼ同じ場所に姿を消したのち、薮のなかから再び飛び出してこないことを確認すると、ようやく安堵感が湧いてきた。
起き上がってまず考えたのは、「早く下山しないと。
幸い、ちょっと戻ったところに落ちていたので拾い上げ、自分がどこにいるのか改めて確認した。電波は圏外となっていて、電話はかけられなかった。
■血だらけになりながら最短ルートで下山
前述したとおり、現場から人里まではあと1キロほどの距離だったが、最短距離で人里に下りようとすると、クマが逃げていった方向に進むことになる。逆に引き返して大きく迂回するルートをとると、大幅に時間がかかってしまう。
悩んだ末、最短ルートで下ることにした。クマと同じ方向に進むのは怖かったが、時間をかけて迂回するのも心細かった。
出血を伴うケガも負っていた。また、迂回したとしても、絶対にクマに遭遇しないという保証もなかった。だったら一刻も早く人里に出ることを優先させようと判断したのだった。
小走りで下りながら、ケガの具合をチェックした。左耳の裏の傷からはポタポタと血が垂れていたが、大きな傷ではないようで、しばらくすれば出血は止まりそうだった。
左手の人差し指と中指の傷の程度は、血だらけでよくわからなかった。クマに噛みつかれたときはアドレナリンが出ていたのだろう、痛みを感じなかったが、このときは強い痛みが生じていた。
■左足首がばっくりと切れていた
10分ほどで人里にたどり着いた。耳からの出血はもう止まっていた。周囲には人の姿がまったく見当たらなかった。
人家の呼び鈴を鳴らして救急車を呼んでもらおうかとも考えたが、血だらけの男がいきなり現れたらびっくりするだろうなと思い直し、電波も通じるようになっていたので、自分で119番通報した。位置情報は、民家の表札に書かれていた番地を伝えた。
救急車の到着を待つ間、妻にも一報を入れた。心配はかけたくないので、「クマに襲われちゃった。とりあえず救急車で病院に行くけど大丈夫」と、そんなに大したことはないよというニュアンスで話をした。
その後、水筒の水で血を洗い流したりしているうちに救急車がやってきて、軽井沢病院へ搬送された。
救急車のなかでケガのチェックをしてもらったときに、ズボンの膝から下が破れていたことについて、「クマと揉み合ったときに破けちゃいました。でもケガはしていないと思います」と報告した。
しかし、靴下を脱がしてもらったら、左足首がばっくりと切れていた。クマの爪による受傷だと思われたが、ほとんど痛みはなかった。ハイカットの登山靴に保護されている箇所なので、傷を負ったのが不思議だった。
■中指の腹の肉がごっそり齧り取られ
病院に到着後、傷の応急手当をしてもらい、軽井沢の宿泊施設までタクシーで戻った。翌日の新幹線で帰京し、地元に近い病院で再診察を受けた結果、1週間入院することになった。
傷の状況は、左耳裏、左足首、左中指の挫傷および左示指中節骨の骨折という診断であった。耳と足首の傷は縫合したが、中指の腹の肉がごっそり齧り取られて縫える状態ではなかったので、消毒のみで済まされた。
東京の病院だったゆえクマの襲撃による受傷者が珍しかったのだろう、傷の写真を何枚も撮られた。
入院が1週間に及んだのは、傷の治療に加えて、野生生物に噛まれたことにより傷口からばい菌が入って感染症を引き起こす恐れもあったからだ。
■傷が左半身に集中していたワケ
傷の治療を続けるなかで、気づいたことがある。それは、クマに負わされた傷が体の左半身に集中していたことだ。
「襲われたときに、主に右足で蹴って応戦していたせいかもしれません。右側には容易に近づけないので、左側から襲いかかってきたと。でも、もしかしたらあのクマは右利きだったんじゃないかとも思うんです」
前出の「note」にも三浦はこう書いている。
〈そう僕が熊から負わされた傷はすべて体の左半身に付いていたのだ。右半身には一切の傷がない。ここから導かれる仮説がある。「熊には利き腕がある」ということ。偶然でこんなに左半身だけ傷付くだろうか。あいつ絶対右利きだ。熊に出会ったらそいつの利き手(足)がどっちか見極めることがポイントになるかもしれない〉
クマに利き手があるのかどうかはわからないが、クマと対峙したときに手を開いて身構えたのは失敗だったと思っている。
■致命的な重傷がなかったのは不幸中の幸い
「手を開いていたから噛みやすかったんでしょう。もし次回、同じような状況に遭遇したとしたら、手は握っていないといけないなと思いました。そういう意味では、ボクシングのファイティングポーズって理にかなっていますよね。
好んで闘いたいわけではないんですが、しっかりガードを固めていると、噛まれにくいような気がします」
事故後1カ月ほどは、目を閉じるとクマに襲われたときのシーンがまざまざと思い起こされた。闘っているときは、「もしかしたらこれで死ぬかもしれない」などとはまったく考えなかった。
頭にあったのは、とにかく今のこの状況をどう切り抜けるかということだけだった。必死になって抵抗したのが功を奏したのかどうかは不明だが、クマの攻撃は短時間で終わり、致命的な重傷を負わなかったのは不幸中の幸いだった。
■クマ鈴があったのに使用していなかった
だが、そもそもこの事故は避けられたのではないかと、三浦は考える。というのも、音によってこちらの存在をクマに知らせるクマ鈴を、携行していながらザックの中に入れたままにしていたからだ。
クマよけスプレーはすぐ構えられるところに装着していたし、石尊山への登りではスマホで音楽を鳴らしながら歩いていた。
しかし、下るときは音楽を流していなかった。クマ鈴を付けていなかったのは、「鈴の音がしていると興が削がれて山に集中できない」と思ったことによる。
「登山をする人なら、ちょっとした道迷いや転倒などは誰しも経験しているはずです。『あれ、道を間違えたかな』『おっと、危うくコケそうになった』といった経験を通して、『気をつけよう』という思いが高まっていくのだと思います。
でも、クマの場合、襲われる経験というのは滅多にないから、本気で気をつけようという気持ちにはなかなかなれません。だから、実はクマに対する警戒意識は高くなかったんじゃないかと思いました。
クマよけスプレーを持っていれば、なんとかなるんじゃないかと考えてました」
■軽井沢の山には多くのクマが生息
事故のあとは、クマに対して「こっちはなにもしてないのに、なんで襲ってくるんだ」という、怒りに近い感情もあった。今はもうその感情はない。
冷静になって考えれば、クマの生活圏に入り込んでいるのは自分のほうだし、ましてや明瞭な登山道ではないところを歩いていたわけである。クマ鈴を付けて歩いていれば防げていたかもしれないのに、それもしていなかった。
その結果、至近距離でいきなり出くわしてしまい、クマも興奮状態となったのだから、非は自分のほうにある。いわば、油断が招いた事故であった。
事故直後、軽井沢の病院で処置を受けているときに、地元の警察官やクマの保護管理に取り組むNPO法人「ピッキオ」のスタッフが同席し、事故の経緯などについて話を聞かれた。
その際に、軽井沢の山には多くのクマが生息していることを知らされた。後日、ネットで調べてみると、事故現場の近くでクマの目撃情報があったことも知った。
「軽井沢町はこまめにクマの目撃情報を発信しているんです。もしこれを見ていたら、登山道を外れないコースをたどっていたと思います。
でも、最新のクマの目撃情報をチェックするにはどうすればいいのか、なかなかわかりにくいですよね。登山地図アプリなんかと連携して、地図に表示してくれるようになれば、いちばんいいんですけど」
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羽根田 治(はねだ・おさむ)
ノンフィクションライター
1961年生まれ。埼玉県さいたま市出身、栃木県那須塩原市在住。日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術にまつわる取材を重ね、その成果を山岳雑誌や書籍で発表する一方、沖縄、自然、人物をテーマに執筆活動を続ける。最新刊『低山遭難』(東洋経済新報社)、『これで死ぬ』『あなたはもう遭難している』(以上、山と溪谷社)、『人を襲うクマ』『ドキュメント遭難 山岳遭難の教訓』(以上、ヤマケイ文庫)、『山はおそろしい』(幻冬舎新書)など著書多数。小学生のときから登山を始め、現在はピークハントやハイキング、テレマークスキーを楽しんでいる。好きな低山は石垣島の野底岳。
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(ノンフィクションライター 羽根田 治)

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