■1990年代後半から日本でも増加
「食後に胸が焼けるような感じがする」「夜遅く食べると、胃のあたりが重い」――。こうした胃腸の不調を、年齢のせいや、夏の暑さによる一時的な胃腸の疲れだと思って放置している人もいるかもしれません。
暑さによる食生活の変化や生活リズムの乱れの中で、見逃されがちな疾患の一つに「逆流性食道炎」があります。かつては欧米人に多い病気とされていましたが、1990年代後半から日本においても急増をはじめ、近年では日本でも成人の約5~10人に1人(10~20%)が罹患していると推計されています(春田、中島,2022:日本消化器病学会,2023)。
特に、多忙な現役世代では、夜遅い食事、食べ過ぎ、長時間のデスクワークなど、胃酸が逆流しやすい条件が重なりがちです。さらに夏場は、炭酸飲料やアルコール摂取の機会が増えることで胃への負担がかかりやすいだけでなく、近年では、気温上昇そのものが胃食道逆流症の発症と関連する可能性も報告されています。
逆流性食道炎自体は命に関わるような病気ではありませんが、「たかが胸焼け」と放置すると、睡眠の質や日中のパフォーマンス低下を招く原因にもなることがあります。今回は、胃酸逆流のメカニズムと日常生活で実践できる予防法について解説していきます。
■胃腸とは関係がなさそうな症状もある
一般に「逆流性食道炎」と呼ばれている病気は、医学的には「胃食道逆流症(GERD:Gastro-Esophageal Reflux Disease)」という疾患群の一つに位置付けられます。
GERDとは、胃酸や胃の内容物が食道へ逆流することで、不快な症状や食道粘膜への障害を引き起こす状態の総称です(日本消化器病学会,2023)。
健康な人でも、食後などには一時的に胃酸の逆流が起こりますが、通常は大きな問題にはなりません。
そして、GERDのなかでも内視鏡検査で食道粘膜に炎症やびらん(ただれ)が確認されたものを「逆流性食道炎」と呼んでいます。
主な症状としては、胸の奥がジリジリと熱くなるような「胸やけ」や、口の中に酸っぱい液体が上がってくる「呑酸(どんさん)」があります。また、喉の違和感や慢性的な咳、胸が詰まるような痛みなど、一見すると胃腸とは関係がないように思える症状として現れることもあります。これらの症状は、胃の中に食べ物が入り消化活動が活発になる食後に起こりやすいことが特徴です。
■胃酸が逆流する3つの原因
胃酸が食道へ逆流する背景には、単に「胃酸が多い」というだけではなく、複数の要因が関係しています。その主な原因は、大きく3つに分けられます。
1つ目は、胃と食道の境目にある「逆流を防ぐ仕組み」の低下です。
食道と胃のつなぎ目にある下部食道括約筋という筋肉は、普段は胃の内容物が食道へ戻らないように閉じています。一方で、食後に胃が膨らむと一時的に緩むことがあり、食べ過ぎなどで胃の内圧が高まると胃酸が逆流しやすくなります(Goosenberg and Vadakekut, 2025)。
また、胃の一部が胸側に飛び出す「食道裂孔ヘルニア」も、逆流防止機能を低下させる要因として知られています。
2つ目は、逆流した胃酸を処理する食道の防御機能の低下です。
健康な人では、胃酸が一時的に食道へ逆流しても、食道の蠕動運動や唾液による酸の中和作用によって、食道粘膜への影響は抑えられています。しかしGERDでは、この防御機能が低下することで、逆流した胃酸による食道粘膜への刺激が持続しやすくなります(Kasugai and Ogasawara, 2024)。
■「胃酸の量」だけではない
3つ目は、胃にかかる圧力の上昇です。
肥満や妊娠などによって腹腔内圧が高まると、胃の内容物が食道側へ押し上げられ、逆流が起こりやすくなります。また、猫背のような前屈姿勢もGERD症状との関連が報告されており、姿勢による腹部への圧迫が逆流に影響する可能性が指摘されています(Imagama et al., 2012)。
このように、逆流性食道炎は単に「胃酸が多い」ことだけで起こるわけではありません。逆流を防ぐ仕組み、逆流した胃酸を処理する仕組み、胃を押し上げる圧力といった複数の要因が関係することで、食道の炎症や粘膜障害につながるのです。
ここまで説明したように、逆流性食道炎は胃酸の量だけで決まるものではなく、逆流を起こしやすい状態が重なることで発症します。そして、その背景には日々の生活習慣が大きく関係しています。
■食事の内容、時間、飲酒、喫煙…
特に影響が大きいのが「食事の内容」と「どのように食べるか」です。
脂質の多い食事はGERDとの関連が報告されており、ある研究では発症リスクを約7.6倍に高める可能性が示されています(Zhang et al., 2021)。
さらに、身体的・心理的な要因も、GERDと関連しています。
肥満(BMI 30以上)は腹圧の上昇などを介してリスクを約1.45倍に高めることが報告されており、飲酒や喫煙、ストレスなども発症リスクとの関連が指摘されています(Sadafi et al., 2024:Zhang et al., 2021)。
こうした生活習慣上の要因に加え、近年では「気象(環境因子)」がGERDに影響している可能性も示唆されています。
ある研究では、最高気温の上昇に伴ってGERDの受診リスクが約8~15%上昇することが報告されました(Seo et al., 2020)。その背景には、暑熱ストレスによる自律神経機能や消化管運動の乱れが関係している可能性が考えられています(Chen et al., 2025)。
つまり夏場は、普段の食生活や生活習慣に加え、暑熱環境による身体的ストレスも重なることで、胃酸逆流のリスクが高まりやすい季節と考えられます。
■合併症につながる可能性がある
胸やけや呑酸といった症状は、一時的であれば大きな問題にならないこともあります。しかし、胃酸の逆流が長期間続くと、食道粘膜への刺激が慢性化し、さまざまな合併症につながる可能性があります。
その一つが、食道が狭くなる「食道狭窄」です。長期間にわたる胃酸逆流によって食道粘膜への刺激が続くと、組織が硬くなり、食道が狭くなることがあります。食道狭窄が生じると、「固形物がつかえる」「食事がスムーズに飲み込めない」といった症状につながり、日常生活の質(QOL)の低下を招く可能性があります。
もう一つの代表的な合併症が「バレット食道」です。長期間にわたり胃酸や胃内容物の逆流による刺激が続くと、食道粘膜が変化し、胃や腸の粘膜に似た性質を持つ組織へ置き換わることがあります。これをバレット食道と呼びます。
GERDの症状が長期間続くほどバレット食道の頻度は高まり、症状が1年以内の患者では3%であったのに対し、10年以上続く患者では20%以上に認められました(Pisegna et al., 2004)。
■食道腺がんの発症リスクにつながる
バレット食道は、将来的な食道腺がんリスクと関連する前がん状態と考えられています。GERDの患者さんすべてがバレット食道や食道腺がんに進展するわけではありませんが、長期間にわたる逆流症状では注意が必要で、週1回以上の逆流症状がある人では、症状がない人と比べて食道腺がんの発症リスクが約8倍高く、さらに20年以上続く重度の逆流症状がある場合には、リスクは約40倍以上にまで上昇する可能性が示されています(Lagergren et al., 1999)。
こうしたGERDの増加の背景には、個人の生活習慣だけでなく、日本人の胃を取り巻く環境変化も関係しています。
かつて日本では胃がん対策としてピロリ菌感染への対応が重要視されてきましたが、除菌治療の普及により感染率は低下しました(加藤元嗣ら,2017)。その一方で、除菌後には胃酸分泌機能が回復し、逆流症状が出現しやすくなる可能性も指摘されています(Mou et al., 2020)。さらに、食生活の欧米化や肥満の増加など、現代の生活習慣の変化も重なり、GERDはより身近な疾患となっているといえます。
胸やけや呑酸といった症状は、単なる一時的な不快感ではなく、長期間続く場合には食道への負担が続いているサインである可能性があります。
■日常生活で取り組める対策
逆流性食道炎の改善や予防には、胃への圧迫や胃酸が逆流しやすい状況を減らすことが重要です。以下の対策の中から自分に合った方法を継続することが大切です。
・食後すぐに横にならない
食後は胃の内容物が増え、胃酸が逆流しやすい状態になります。少なくとも食後2~3時間は横にならず、体を起こした姿勢を保つことが推奨されています。
・就寝前の食事を避ける
特に夜遅い時間に夕食をとることが多い人では、食後すぐに就寝する習慣が逆流症状につながることがあります。
・就寝時は上半身を高くし、左側臥位を意識する
夜間の逆流症状がある場合、ベッドの頭側を10~20cm程度高くすることや、左側を下にして寝る姿勢は、胃の形状上、胃酸が食道へ上がりにくくなるため有効とされています。
・前かがみ姿勢や腹部への圧迫を避ける
長時間のデスクワークによる猫背や、体を前屈させる姿勢は、腹部を圧迫し胃酸逆流を起こしやすくする可能性があります。また、腹部を強く締め付ける衣類にも注意が必要です。
・適正体重を維持する
腹部に脂肪が蓄積すると、腹圧が高まり、胃の内容物が食道側へ押し上げられやすくなるため、GERDとの関連が指摘されています。適正体重の維持や適度な運動習慣は、症状改善や再発予防に役立つことがわかっています。
・症状を悪化させる食品や食習慣を見直す
脂質の多い食事、アルコール、カフェイン、炭酸飲料、柑橘類などは、胃酸逆流症状を悪化させることがあります。
ただし、胸焼けなどの症状が続く場合には、医療機関を受診するようにしましょう。その他の病気が隠れている場合もありますし、逆流性食道炎であれば、胃酸分泌を抑制する薬などによって症状の改善や食道粘膜の治癒が期待でき、症状の長期化や合併症の予防につながります。
■「よくある不調」で終わらせない
胸やけや呑酸を「年齢のせい」「忙しいから仕方ない」と片付けてしまう人は少なくありません。しかし、日々の小さな習慣を見直すことで、症状の改善や生活の質の維持・向上につながります。
特に夏場は、暑さによる生活環境の変化や身体への負担が重なりやすい時期です。体からのサインを見逃さず、必要に応じて早めに対処することが、健康を守る第一歩となるのです。
※参考文献
・日本消化器病学会.患者さんとご家族のための胃食道逆流症(GERD)ガイド2023.
・Katz PO, Dunbar KB, Schnoll-Sussman FH, Greer KB, Yadlapati R, Spechler SJ. ACG Clinical Guideline for the Diagnosis and Management of Gastroesophageal Reflux Disease. Am J Gastroenterol. 2022 Jan 1;117(1):27-56.
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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)
産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)

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