なぜ国家の指導者たちは、鋼鉄に固執するのか。中国の毛沢東は1950年代の終わり、鋼鉄の増産に執着するあまり国民に「土法炉」の建設を命じ、調理用の鍋や農具まで溶かして鋼鉄をつくらせた。
だがその結果、中国は史上最悪の飢饉に襲われ、控え目に見積もっても1700万人から3000万人が命を落としたという。エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)より、紹介する――。
※本稿は、エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「鉄は国家なり」なのか
この金属は、重要である。鋼鉄はただの物質ではない。人類が何千年にもわたって使ってきた基本的な素材であり、そのおかげで人類は進歩してますます豊かになった。
武器や防具をつくる支配者は、同時にあらゆることを可能にする工場を建設し、機械類や回転エネルギーを生み出すタービンをつくる場合が多い。
つまり、発電し、化学肥料の大量生産を可能としたハーバー・ボッシュ法のような高圧化学反応を起こし、社会の中核を成す道路、飛行場、鉄道を建設することができるようになる。
2018年に当時のドナルド・トランプ大統領が鋼鉄に輸入関税を課すと発表したときに、アメリカと国内の労働者を守るためにそうするのだとツイートし、こう締めくくっている。「鋼鉄がなくなれば、国が消えるのだ!」。
控え目にいうと、経済学者にはこのような議論にかまける時間があまりない。国がどこかから何かをより安い値段で買うことができるならば、確かにそうするのが道理である、と彼らは指摘する。
そしてこれを論破するのも難しい。
だが、鋼鉄は特別扱いするに値すると結論づけている政治家は、トランプ大統領だけではない。ほぼすべてのアメリカ大統領と、共和党および民主党が、特別な制裁措置をつかってこの産業を保護しようとしている。
遠く離れた国の過去にさかのぼってみれば、中国の毛沢東は鋼鉄にあまりにも執着しており、1950年代の終わりには、この金属の製造を増やそうとしたことが原因で、国の悲劇的結末に向けて舵を切ることになった。
■国民に命じられた「土法炉」の建設
毛沢東がしばしば自国の工業水準の高さを誇るときには、鋼鉄の生産量という観点で語る傾向にあった。中国はイギリスの鋼鉄生産量を3年以内に追い抜く、アメリカを10年以内に追い抜く、という具合である。
こうした目標の達成に全力を挙げるようにと製鉄所が指令を受け、それだけでは十分でなかったために、国民が「土法炉」を建設するように命じられた。金属のくずを使って鋼鉄をつくるための原始的な高炉である。
金属のくずには、調理用の鍋、農具、水を入れたり運んだりするための台車やバケツなども含まれた。木やわらを燃やして燃料にするために家が解体され、森の木は完全に切り倒され(その後の十数年間に起こる洪水の原因となり)、何百人もの小作人が畑から土法炉の作業に駆り出された。
毛沢東はそれを「大躍進政策」と呼び、鉄の生産量を一気に押し上げたが、この共産党中央委員会主席も彼の多くの助言者も鉄と鋼鉄の違いを理解していなかったため、自分たちが委託した土法炉でつくられたものの大半がもろくて役に立たない鉄であること、つまり鋼鉄ではないことがわかり、愕然とした。
しかも、その役に立たない鉄にも莫大な費用がかかった。
続く何年かで、中国は史上最悪の飢饉に襲われた。1958年から1962年の4年間で、数千万人の人々が飢えと疲労で亡くなった。食人に走るものさえいた。
■指導者たちがとにかく固執する物質
最終的な死者数についてはいまだに議論がなされているが、控え目に見積もっても1700万人から3000万人に上る。
独裁国家であっても民主国家であっても、鋼鉄は国の指導者たちがとにかく固執しがちな物質のひとつである。あらゆる物質のなかでもっとも重要なものだからかもしれない。
ほぼすべてのものの製造過程に関与するからかもしれない。他国が製造した鉄で自国の武器をつくらなければならないという考えは、好ましくないからかもしれない。
そして、19世紀半ばのウクライナにおける鉄鋼業の始まりの物語へとたどり着く。
クリミア戦争でロシアがオスマン帝国らの連合軍に屈辱的な敗北を喫し、その10年ほど前の1844年にイングランドのチェシャー州で地下深くの岩塩抗に招かれたあの皇帝ニコライ一世が病死した直後、新皇帝アレクサンドル二世が西側諸国に追いつくという目標を掲げて野心的な改革計画を立ち上げた。
当時、ロシア帝国の一部であったウクライナのドネツ川流域は、鉱石から金属を取り出し、精製、加工する冶金の総合施設をつくるのに理想的な場所として白羽の矢が立った。
だが、その一帯のドンバス地域はあり余るほどの石炭と豊富な鉄鉱石に恵まれていたにもかかわらず、ロシアには製鉄所の建て方を正確に理解している者はいなかった。
試みに何度か失敗したのち、遠くの地に助けを求めることになる。
■ドネツクの起源はウェールズの実業
その助けは、あごひげを蓄えたイギリス南西部の南ウェールズの実業家ジョン・ジェイムズ・ヒューズという形でもたらされた。ヒューズの父親はかつてウェールズの都市マーサー・ティドビルの製鉄所で技師長を務めていたことがあるが、ヒューズはこのときロンドンのミルウォール製鉄所の管理者になっていた。
この製鉄所はイギリス最大の製鉄所のひとつであり、イギリス海軍の軍艦を保護(装甲)するためのすべての鉄を供給していた。ヒューズは1870年に黒海につながるアゾフ海に向かって出帆し、北方のドンバスを目指した。
それから数年のうちにヒューズの製鉄所は稼働を始め、その後の数十年間で、高炉を持つこの総合施設はロシア帝国最大の製鉄所となる。
すぐ近くに建設した居住地はユーゾフカ(ヒューズ=オフカ)の名で知られるようになった。小さな町はドネツクに改名したのちに都市へと発展し、現在ではウクライナの工業の中心地となっている。
一国が工業の基盤をつくる取り組みの中で海外から知識や設備を輸入するのは、これが最初でも最後でもない。人類は絶えずそうし続けている。
17世紀イギリスのガラス工業家ジョージ・レイブンズクロフトが透明なクリスタルガラスのつくり方を編み出すことができたのは、イタリアのベネチアから密かに連れてきた職人の助けがあったからである。
19世紀末には、スコットランド生まれの実業家アンドリュー・カーネギーがベッセマー転炉をアメリカに輸入したことで、鉄鋼業における彼の支配的地位が確固たるものになった。

2000年代初頭に、中国企業がドイツのドルトムントにある多国籍企業ティッセンクルップの製鉄所を買収し、揚子江の下流にある土地に工場ごと移転したときには、誰もが眉をひそめた。
しかし、それは人類が初めて鉄のつくり方を発見して以来、ロシアやアメリカに限らずたいていの国々がやってきたことであり、中国はそれをただまねたに過ぎない。つまり、知識を輸入し、それを基盤にして帝国を築くというやり方である。
■単一で世界最大の製鉄所
実際のところ、ドイツの工場が移築されたこの場所は、揚子江沿岸に拠点を置く中華人民共和国の鉄鋼業者、江蘇沙鋼集団有限公司の主要拠点となり、現在では単一で世界最大の製鉄所になっている。
13基ある高炉(この数字に関していえば、現在アメリカにある製鉄所では、一般的な高炉の数は4基である)は、業界大手のティッセンクルップによる鋼鉄の全生産高と比較すると、その2倍以上の生産力を持つ。
中国はここ数十年の間に、アメリカが20世紀初頭から製造してきたすべての鋼鉄を超える量の鋼鉄を製造している。中国が鋼鉄の生産高で世界の頂点に上り詰めたという事実は、物質世界のどこかの話とさほど変わらないほぼ完全独占の物語である。
江蘇沙鋼集団有限公司の製造施設の規模は、過去に世界のどの場所で建設された施設とも異なっており、同社の拠点は鋼鉄の街になっている。
中国が台頭する以前に、おそらくその規模に近い、あるいは近かったのは、ロシアのヨーロッパとアジアを分けるウラル山脈南東部のマグニトゴルスク製鉄所である。1932年から稼働している八基の高炉を備えた巨大コンビナートは、ヨシフ・スターリンの発案によるものだ。
ウラル山脈で鉄鉱石の豊かな山が発見されたため、スターリンは、その東部に位置する極寒の吹きさらしの大草原地帯にまったく新しい工業都市を建設するようにと指令を出した。
■どんな軍隊もたどり着けない立地
その山の近くでは方位磁石が機能せず、鳥もその上空を飛ばないほどであった。
マグニトゴルスクはこの「磁気を帯びた山」のそばに建設された社会主義者の計画都市であるが、またしても専門知識を輸入しなければならなかった(それはどこの製鉄所も同じで、さらにいえば、スターリンの有名なトラクター工場建設の場合もそうであった)。
建物や道路はロシア人ではなくドイツ人の建築家が設計し、製鉄所はアメリカ中西部インディアナ州ゲーリーにある当時世界最大の製鉄会社USスチールの工場を手本にして、アメリカのエンジニアが建設した。
しかしながら、マグニトゴルスクは鉄資源が極めて豊かである一方で、どこから行くにも遠すぎる点が問題となった。もっとも近い港から数千キロメートル離れていただけではない。もっとも近い炭田からも約2000キロメートル離れていたのである。
スターリンにとっては、これも魅力のひとつであった。どんな軍隊が侵攻してきても、製鉄所まではたどり着けないだろう。とはいえ、数年後にソビエトの計画立案者が巨大製鉄所を建設するための次の候補地を探していたとき、彼らの目はウクライナの東部へ引きつけられた。
そこでは鉄、石炭、水がうまく揃い、黒海への交通の便もよい。そこでマグニトゴルスク冶金コンビナートの設計図を利用して、新しいアゾフスタリ製鉄所が建設された。
■ソビエトの伝説となったアゾフスタリ
アゾフスタリ製鉄所は、大草原に位置するマグニトゴルスク製鉄所とともに、やがてソビエトの伝説となる。ヒトラーにたてついたのち、数十年にわたり経済で極めて重要な役目を果たした。

ソビエト連邦と、さらにいえばヨーロッパの鉄道網の大半は、ここで製造された鋼製の線路を使って敷設された。ほかの国々が小規模な製鉄所をつくり、特定の製品や機能に特化する一方で、アゾフスタリ製鉄所はひたすら拡大し続けた。
1990年代になると、石炭と鋼鉄を独占しているウクライナ東部は、国全体の工業生産高の半分以上を担うようになった。
ベルリンの壁が崩壊して共産主義が終焉を迎えると、ウクライナの資源は隣接するロシアの工業用生地(工業用に特化された生地で、一般的な生地よりも厚み、張り、耐久性があり、用途に合わせて特殊な加工が施されている)と同様に引く手あまたとなった。
独立したウクライナにはすぐに自国の実業家が誕生した。そのなかでもっとも際立っていたのが、マリウポリの両端にあるアゾフスタリ製鉄所とイリイチ製鉄所をはじめ、多くの製鉄所を買収したウクライナの富豪、リナト・アフメトフである。
■地域でいちばん汚染された都市に
工場が新たに民営化されても、日常生活がそれほど変化するわけではなかった。従業員はただ莫大な量の鋼鉄を製造し続けただけである。
製鉄所が大きいのは必然である。鉄を所定の厚みの板に形成する圧延機から出てくる圧延品は、長さが1キロメートルに及ぶものもある。
高炉で処理される鉄鉱石や石炭の量は膨大であるため、外には大きな丘と見まがうほどに原料を積み上げておく必要がある。
アゾフスタリの生産能力は、そのまま鉄を鍛造するのに欠かせない石炭の量を示しており、それはつまり、マリウポリがその地域でいちばんひどく汚染された都市のひとつになるという意味だった。
スターリンの指令から始まったマグニトゴルスク製鉄所と同じように、街全体が頻繁に鼻を突くようなスモッグで覆われ、国のほかのどの地域よりもがんと呼吸器系疾患を患う人の割合が高くなった。
一方で、アゾフスタリの規模の大きさは、あらゆる種類の予期せぬ副産物を量産するという意味でもあった。
6基の高炉からは大量のスラグ(シリカとカルシウムの豊富な溶融廃棄物)が生み出され、マリウポリ周辺で一種のセメントとして広く利用された。炭素を排出しないコンクリートをつくる手掛かりになりそうなのが、その型破りなセメントである。
■世界最大のネオン生産国ウクライナ
巨大な鋼鉄製の転炉は、イングランドのベッセマーが発明した技術の進化形であり、融解した鉄に空気を吹きつける代わりに純酸素を吹き込むため、大量の酸素を消費する。マリウポリに集まった企業は、その過程で発生する排ガスを活用している。
偶然にも、ウクライナはネオンサインなどに使われる世界最大のネオンの工業生産国である。ネオンやヘリウムなど地表付近での存在量が非常に少ない希ガスは発光性の看板だけではなく、半導体の製造にも使われる。
だが、何よりもここは鉄の街であるため、たいていの鉄の街と同じように、地元の住民はマリウポリの鋼鉄でつくられた象徴的な建造物の話をするのが好きであった。ウインド・ファーム(風力発電基地)、クルーズ客船、パイプライン、発電所などである。
ロンドンの超高層ビルのザ・シャード、ニューヨーク・マンハッタンのハドソン・ヤード再開発プロジェクト、ウクライナの首都キーウのオリンピック・スタジアム、2018年に崩落したイタリア北西部ジェノバの高架橋の代わりに架けられたサンジョルジョ橋も、すべてにアゾフスタリの鋼鉄が使われていた。
しかし、今はロシア軍がマリウポリに近づきつつあるため、アゾフスタリ製鉄所の総支配人ツキティシュビリは、80年前にナチスが迫ってきたときに彼の先任者がやったまさにそのことをやろうと考えていた。工場の操業を停止しなければならないと思っていたのである。

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エド・コンウェイ(えど・こんうぇい)

ジャーナリスト、コラムニスト

タイムズ紙、サンデー・タイムズ紙レギュラー・コラムニスト。スカイ・ニュースの経済およびデータ編集者。オックスフォード大学ペンブロック・カレッジ、ハーバード大学ケネディ・スクールで学ぶ。2018年、ウィンコット・ファウンデーション・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー・アワードなど、ジャーナリズムにおける受賞多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(ジャーナリスト、コラムニスト エド・コンウェイ、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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