年金は月いくらあれば、安心して老後を暮らせるのか。ルポライターの増田明利さんによる『今日、年金暮らしになった』(彩図社)より、月23万円の年金でも相次ぐ病によって不安な老後生活となってしまった76歳男性の体験を紹介する――。
(第2回)
■妻の医療費で月11~12万円が飛んでいく
氏名:中尾知宏(76歳)

現住所:東京都大田区

家族構成:妻(74歳)

年金額:本人:18万円 妻:5万円

その他の収入:なし

住居形態:持ち家(戸建て)

維持費:固定資産税約4万4000円

健康状態:本人:前立腺がん、糖尿病 妻:脳梗塞でリハビリ中
リハビリ専門病院の会計窓口。4カ月前に入院して機能回復訓練をしている奥さんの先月分の医療費は11万7220円。入院初月は13日分だったから約5万円だったが、2カ月目からはずっと11~12万円の支払いが続いている。
「純粋な医療費は高額療養費制度を利用したので3万5400円なのですが、入院しているとホテル代というか食事代、寝間着とタオルのレンタル料、妻の場合はおむつ代も必要です。本当に大変ですよ」
奥さんが脳梗塞で倒れたのは約半年前。中尾さんが外出しているときに発作を起こしたそうで、トイレを出たところでうずくまっていたということだ。
「この時点で意識は朦朧としていて受け答えができない状態だった。すぐに119番通報して救急車に来てもらったんです」
■タバコも吸わないのにまさかの脳梗塞に
搬送されたのは地域の中核的な総合病院。ICUに11日いて一般病棟に移されたが、入院期間は実に47日。これで帰れるわけではなく、リハビリは専門病院でということで転院してきたということだ。救急搬送された病院の払いも20万円ほどあったので、ここまでかかった医療費は70万円近くになる。
「妻はコレステロール値が基準内ギリギリで、血圧もやや高かったから、予防的にずっと薬を飲んでいたのですがね……。
お酒は飲まないし、タバコなんて吸ったこともない。体型もどちらかというと痩せている方です。それなのに脳梗塞で倒れるとは思ってもいなかった」
現在の奥さんの状態は、寝たきりではないが言葉が上手く出てこない。話し掛けても反応が鈍い。左側の半身に運動障害があり、左手で物を掴むのが困難。左脚の動きも良くなくスムーズに歩行できないなど。
「脳梗塞の深刻度は中程度ということだった。こちらの先生にも機能回復の見込みは大いにあると言われたのですが、あとどれくらいでどこまで戻るのか分からない」
これだけでも大変なのに、中尾さん自身も大きな病気をして今も治療を受けている。
「わたしは前立腺がんをやっちゃいましてね」
■前立腺がんは入院費だけで25万円以上
がんが見つかったのは2年5カ月前。かかりつけの医院からすぐに大学病院へ回され手術したということだ。このときかかった費用だが、治療費は限度額適用認定証を提出したので、奥さんと同じで3万5400円だった。しかし入院費は別。
差額ベッド料が必要ない8人部屋は満床だったので、入れられた部屋は2人部屋。差額料は1日1万2000円(税込み1万3200円)。
「入院期間は13日だったので17万1600円でしたね。他に食事代などの入院費もあったので、合計すると25万円以上払った」
「先生には、がんは完全に取り切ったといわれたのですが、これで治療終了というわけじゃないんです。再発を防ぐため、2カ月に1度のペースで抗がん剤による化学療法を続けているんです。入院の必要はなく通院で良いのですが、ほぼ1日かかります」
この抗がん剤がとても高価。中尾さんは76歳なので、後期高齢者医療制度により病院窓口で払う自己負担は1割で済むのだが、それでも1回で4400円になる。
「調剤薬局で飲み薬をもらうけどこれも高い。8週間分で5000円超えるから」
■治療が終わってもまだまだ続く支払い
自宅から病院までは都営地下鉄と私鉄を乗り継いで行くので、往復の交通費が880円。1回病院へ行くと1万円以上かかってしまう。中尾さんは糖尿病もあって、これも毎月内科クリニックに通っている。血液検査と尿検査、診察してもらっており、クリニックの会計で払うのは約1300円。
薬代は別で調剤薬局で3種類の薬を4週間分出してもらって1200円。合計すると2500円の医療費を払っている。
「これだけで年間3万円。眼科、整形外科、歯科にも通うことがあるので、大学病院での支払いを合わせた総額は10万円を超える」
自己負担1割だから払えるが、年齢が70歳未満で現役並みの3割負担だったら30万円以上になる。驚きの金額だと思う。
「来月も妻の病院代は12万円近くになるでしょう。わたしも大学病院に行く月、糖尿の治療費もあるので13万円前後の負担です。正直、重たく感じますよ」
年金はどのくらい受給しているかというと、中尾さんは18万円で奥さんが5万円。合計すると23万円あるので、お互いに重い病気になる前は大きな不安や心配はなかった。
「蓄えもそれなりに作っておいたので贅沢はできないけど、それなりの生活の質は保っていけると楽観していた。でも今は不安が大きい」
■妻の面会と家事全般を一人でこなす
奥さんが倒れてから家事全般は中尾さんがこなしている。
「糖尿があるので食事は基本的に自炊です。
面倒くさくなってスーパーで惣菜類を買うこともあるけど、揚げ物はなるべく食べないようにしています。弁当を買うときはまずどれくらいのカロリーなのか確かめる。650カロリー以上の弁当は買いませんね」
糖尿が悪化してインスリンの自己注射をするようにはなりたくないから。
「1カ月の食費は2万円以内に収めている。前は2人で4万円ぐらいだったけど、1人になったから半分にということですよ」
面会に行くのは月曜日と金曜日の週2回。洗濯物の受け渡しをしたり、新聞や週刊誌などを持って行ったり、夕方に行ったときは夕食を食べるのを手伝ったりしている。
「本人は早く家に帰りたいと言っています。看護師さんや理学療法士さんは、転院してきた当初より良くなっているし、筋力も回復していると言ってくれるのですが」
奥さんは、先週から杖を使って1人で歩く訓練を始めたところだ。まだヨタヨタしているが、自力で歩けるようになれば寝たきりや座ったきりは避けられる。
■風邪でも38度以下なら自力で治す
「入院期間の目安は6カ月ということです。あと2カ月である程度まで回復しなかった場合は退院し、通院でリハビリを継続することになるそうです」
担当医師にはある程度までの回復は見込めるが、完全に元の状態に戻すのは難しいかもしれないと言われている。素人目だが中尾さんもそうだろうと覚悟している。

「自宅に戻れても、わたし1人で全て面倒を見るのは難しい。介護保険を利用するのは勿論だが、完全自費の生活支援サービサーに来てもらうことも考えないと。これからどれだけの介護費用が必要か不安です」
そのうえ自分の身体のことも心配だ。
「もしがんが再発するようなことになったら、手術や化学療法でどれだけ医療費が必要になるか分からない。貯金が底を突いたら夫婦共倒れということもない話じゃない」
がんは命に係わる病気だから、再発を防ぐよう通院治療と服薬を続けているが、命に係わらない症状は病院へ行かず我慢することがある。
「風邪をひいても熱が38度を超えなければ病院には行かない。ドラッグストアで買った風邪薬を飲んで横になっている」
■老後生活は余裕と思っていたのに…
首、腰、足首に痛みが出たときも整形外科クリニックには行かず、市販の塗り薬で我慢。
「老眼鏡の度が合わなくなって眼鏡屋さんに行ったら、安いものでも1万円は必要だった。なのでディスカウント店で既製品のシニアグラスを2980円で買って使っている。新聞が読めればいいんだから」
かつては贅沢する必要はないけど、あまりケチくさい真似はしたくないと思っていた。だが、今はなるべくお金を使わないようにという考え方に変わっている。
「5年前は今のような状態になるなんて想像していなかった。
そこそこ余裕があるから旅行したり趣味を楽しもうと悠長に構えていたんですがね……。それが相次いで病気になったら蓄えはどんどん減っていくし、この先もどれだけ医療費が必要になるか分からない。本当に不安ですよ」
もしもこの先、奥さんが施設に入らなければならなくなったら、さらにお金が必要になる。老後破産の危険すら感じている。

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増田 明利(ますだ・あきとし)

ルポライター

1961年生まれ。1980年都立中野工業高校卒。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』『今日、派遣をクビになった』『今日から日雇い労働者になった』『今日、会社が倒産した』『本当にヤバイ就職活動』『今日からワーキングプアになった』『貧困のハローワーク』『今日、借金を背負った』『お金がありません』『限界労働者』『今日、50歳になった』(いずれも彩図社)、『不況!! 東京路上サバイバル ホームレス、28人の履歴書』(恒友出版)、『仕事がない! 求職中36人の叫び』(平凡社)、『ホープレス労働 働く人のホンネ』(労働開発研究会)がある。

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(ルポライター 増田 明利)
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