※本稿は、佐藤眞一『お医者さんはなぜ「がんで死にたい」と言うのか?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■日本人が長生きしたくないワケ
あなたは長生きしたいですか?したくないとすれば、それはなぜですか?
ホスピス財団(公益財団法人 日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団)が2023年に実施したアンケート調査によれば、長生きしたくない理由の1位は「家族やまわりの人に迷惑をかけたくないから」で、59.0%でした。2位が「身体がだんだんつらくなると思うから」48.2%、3位が「経済的な不安があるから」36.7%(複数回答)。
この順位は韓国でも同じで、2位と3位の割合も日本と同程度でしたが、1位の「家族やまわりの人に迷惑をかけたくないから」だけは49.8%と、日本より10%近く低い結果でした。
私たちは「人に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ち、自己責任で行動することを求められる社会で暮らしているからでしょうか、人の世話になることへの抵抗感が強いのです。一方アメリカの調査では、「身体の衰えへの恐怖」と「金銭面の不安」が1位と2位で、そもそも「家族やまわりの人に迷惑をかけたくないから」という選択肢自体がありません。
さらに、「配偶者やパートナーとどちらが先に死にたいか」という設問もありません。家族を含む周囲の人との関係は、自分の生き死にには関係ない、自分の人生は自分だけのものだという考えがあるのでしょう。
■生き死にすら「家族次第」と考えてしまう
ところで、「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning=ACP)」または「人生会議」という言葉をご存知でしょうか? 将来の医療や介護について、自分の希望をあらかじめ家族や医療・介護関係者と共有しておくことですが、これまでACPの定義や具体的な内容は、欧米の個人主義を反映した、個人中心のものでした。あくまでも本人の意向が重要であり、それに従うということです。
しかしそれは、本人の意向だけでなく本人と家族との和をも重んじる、日本を含むアジア諸国には必ずしもそぐわないものでした。そこでACPの定義や具体的な内容を、アジア諸国では家族の意向も含めて考える方向に変えるという提案が、国際会議でなされたのです。ただし、これについて国際的な合意は得られていません。
生き死にというごく個人的な事柄においてさえ、家族や周囲との関係を気にするのが、私たちなのです。そういえば昔、高齢者に生きがいについての聞き取り調査をしたことがありましたが、多かったのが「子どもが生きがい」という回答でした。
生きがいとは本来、その人自身がどう生きるかの話だと思うのですが、家族や周囲との関係性の中に生きがいのある人が多いのでしょう。その人にとって子どもは、「自分とは別の人間」というよりは自分の一部であり、自分がどう生きてきたかの証なのです。
■夫婦別姓が進まない本当の理由
突然ですが、あなたは選択的夫婦別姓制度に賛成ですか、反対ですか? 賛成・反対ともにさまざまな意見がありますが、世界的に見れば夫婦別姓が一般的であるにもかかわらず、日本で夫婦同姓が義務づけられているのは、日本の社会保障制度が家族単位だからです。
日本の社会保障制度が家族単位であることは、2020年4月の新型コロナウイルス感染症に対する特別定額給付金が家族単位で支給され、受給権者が世帯主であったために起こった騒ぎを思い起こせば、よくわかるでしょう。
給付対象者が住民基本台帳に記載されている人、すなわち個人であるのに、お金は世帯主に一括給付されたため、家庭内暴力などで避難している人たちに届かないといった問題が起こり、見直すべきだという声があがったのです。
日本では公的医療保険も、本人と生計を同じにする扶養家族が一緒に加入する、すなわち家族単位です。介護保険は、個人で加入して個人ごとに保険料を払っているにもかかわらず、同居家族がいると受けられないサービスがある、といった矛盾が指摘されています。
日本の社会保障が家族単位なのは儒教の影響とも考えられますが、日本よりも儒教が浸透している韓国では夫婦別姓ですし、かなり前に個人単位の社会保障制度に変わりました。いずれにせよ、社会保障制度が個人単位にならないと、夫婦別姓問題も根本的解決にはならないのです。
■男性介護者が陥る“神話”の罠
介護についていえば、介護保険の導入と意識の変化によって“嫁介護”は減りましたが、
家族介護がいまだに半数を占めています。要介護者のうち、同居人が主な介護者である人は45.9%と約半数を占めていて、主な介護者の22.9%は配偶者、16.2%が実子、子の配偶者は5.4%となっています(2022年「国民生活基礎調査」)。
性別では女性が68.9%、男性が31.1%と、女性が男性の2倍以上です。嫁介護が減った代わりに、妻や娘による介護が増えたのです。
介護者が女性に偏っていることも問題ですが、男性が介護者の場合にも問題があります。介護保険制度について無知だったり、「介護は家族にされてこそ幸せ」という“家族介護の神話”に縛られていたりすることが多いため、何もかも自分で背負って社会的に孤立してしまうことがあるのです。
一方、一人暮らしの高齢者にも、社会保障制度が家族単位であるがゆえの問題があります。たとえば入院するとき。ケアマネジャーやケースワーカーといった介護職員や自治体の職員に、救急車に同乗する義務はないのですが、救急隊員に求められれば同乗せざるを得ません。入院が必要となったら、身元保証人欄にサインを求められることもあります。
介護職員も自治体の職員も“労働”として介護に携わっているのであり、職務の範囲外のことは断っていいはずですが、家族の役割まで担わされてしまうのが現状です。「公的介護は家族介護の補完である」という考えが根強いからですが、このようなシャドーワークをなくすためにも、社会保障制度の見直しが必要です。
■迷惑をかけてもいい"家族"の作り方
政府では一人暮らしの高齢者の増加を踏まえて、頼れる身寄りのない高齢者については、金銭管理や福祉サービス利用などの日常生活、入院・入所手続き、葬儀・家財処分などの死後事務を支援する新事業を含む社会福祉法の一部改正案を2026年4月、国会に提出しました。家族任せではどうにもならないことを、国もようやく認めたということでしょう。
家族やまわりの人に迷惑をかけたくないから、長生きしたくない。それならば、迷惑をかけてもいい人を“家族”にすれば、長生きしてもいいのでは?
私は近頃よくこう言うのですが、すると「迷惑をかけてもいい人なんているの?」という問いが返ってきます。もちろん迷惑の内容によりますが、“迷惑”が、身体が不自由になったり認知症になったりして世話をしてもらうことを指すのであれば、自治体のケースワーカーや社会福祉協議会のソーシャルワーカー、介護・医療職員などの専門家がいます。
■知られざる高齢者の相談窓口
ただし先ほど述べたように、彼らは労働として人の支援をしているのであり、職務の範囲を超えた役割まで担わせるわけにはいきません。しかし職務の範囲内ならば迷惑をかけてもいい、すなわち支援をしてもらっていいのです。
「当たり前じゃないか」と、思いましたか? 実はそうでもないのです。たとえば、各自治体には中学校区に一つずつ「地域包括支援センター」があり、高齢者のさまざまな相談に乗ったり、専門家を紹介してくれたりするのですが、それがほとんど知られていないのです。自治体によって「高齢者相談センター」とか「安心すこやかセンター」などと独自の名称をつけているせいかもしれませんが、まずは困ったときに相談できる窓口があることを知っていれば、「家族に迷惑をかけられない」と、悶々(もんもん)とせずに済むかもしれません。
“家族”の概念を変えることもまた、迷惑をかけてもいい人を家族にする一つの方法です。たとえばドイツでは、介護は労働と位置づけられているため、家族や隣人、友人などが介護をしている場合にも、現金で手当が支給されます。日本では、家族による介護は労働ではなく相互扶助と位置づけられているため、対価は支払われません。
■ドイツで介護に対価が支払われるワケ
ドイツでなぜ、専門家でない人たちによる介護に対価が支払われるようになったかというと、一つには介護保険導入が東西ドイツ統合の5年後(1995年)だったために、旧東ドイツに介護事業所がほとんどなかったこと。
さらに旧東ドイツの給与水準が旧西ドイツの3分の2程度であり、要介護者のいる旧東ドイツの家庭では、金銭的にも介護サービスを使うことができなかったことと、介護家庭への経済援助が必要だったこと。
また、ドイツでは基本的に子どもの家族と同居はしませんし、日本の要介護3以上にしか介護保険が適用されません。そのため、専門職による介護だけではカバーできないことが多く、隣人や友人、教会関係者などが手助けするケースが多々あるのです。つまり、疑似(ぎじ)家族です。
ただ、素人による介護であるため質の担保ができませんし、認知症高齢者に対する虐待なども大きな問題になっているようです。
■助け合える関係のつくり方
なかなかうまくいきませんが、ではどうするか?
一例として、災害支援を核にして自治会活動を再生し、住民同士が助け合えるつながりを作ろうとする動きがあります。
近年増えている豪雨などの災害に備えるには、その地域に住む高齢者や障碍者、ひとり親家庭などを、緊急時にどう支援するかを考えなければなりません。そのような課題を住民同士が知恵を出し合って解決し、避難訓練などで実際に顔を合わせることで、平時から見守り合い助け合える関係を作っていくのです。
私自身は「ミニらいとモルックⓇ」というユニバーサルスポーツを普及させることによって、心身の機能低下を防ぐとともに、支援が必要になったら助けてもらえるような関係作りができるのではないかと考えて、活動しています。
ミニらいとモルックは、やってみるとわかりますが、かなり熱くなるゲームであり、しかも参加者同士が楽しさや嬉しさを共有できるため、野球やサッカーのサポーター同士が仲良くなるように、参加者同士が仲良くなれます。心理学的にはこのような状態を「情動伝染」といいますが、顔馴染(なじ)みになって気持ちを通わせた人たちとなら、ちょっとした助け合いも気軽にできるのではないでしょうか。
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佐藤 眞一(さとう・しんいち)
大阪大学名誉教授
1956年東京都生まれ。社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問。博士(医学)。早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程を終え、東京都老人総合研究所研究員、明治学院大学文学部助教授、ドイツ連邦共和国マックスプランク人口学研究所上級客員研究員、明治学院大学心理学部教授を経て、大阪大学大学院人間科学研究科臨床死生学・老年行動学研究分野教授。2022年退官。著書に『ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす』『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(以上、光文社新書)、共著に『マンガ 認知症』(ちくま新書)、『心理老年学と臨床死生学 心理学の視点から考える老いと死』(ミネルヴァ書房)などがある。
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(大阪大学名誉教授 佐藤 眞一)

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