※本稿は、和田秀樹『脳は見た目から逃れられない』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「人は見た目が9割」の落とし穴
「見た目で判断するのは良くない」と頭ではわかっていても、脳への刷り込みと、人間が持つ同調傾向などが複雑に合わさることで、外見への反応はほぼ自動的に起動します。そして社会はその反応を制度化し、強化し続けています。
こうした外見への偏重をある意味で「正当化」してきた言葉があります。それが「人は見た目が9割」というフレーズです。
2005年に出版されたこのタイトルの本は、200万部を超えるベストセラーになりました。しかし実際に読んだ人の数と、「聞いたことがある」という人の数には、大きな開きがあります。
200万部と聞くと大変な部数のように思えますが、日本の人口から考えれば、実際に手に取った人は1~2%台にすぎません。
大多数の人はこのタイトルだけを耳にして、「なるほど、やっぱり見た目が大事なんだ」という印象を持ったまま、その中身については知らずにいます。
この「知っているようで知られていない」状態が、外見への過剰な執着を正当化する根拠として長年使われてきました。
「見た目が9割」という言葉が独り歩きした結果、「だから外見に投資するのは合理的だ」「見た目の良い人が有利なのは当然だ」という解釈が社会に広まってしまったのです。
では、この本や、基になった研究は本当に、そんなことを言っているのでしょうか。
■メラビアンが本当に測ったもの
「見た目が9割」の資料の出典元となっているのは、アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが1967年に発表した研究です。
彼の研究から導き出された数字が、「言語情報7%・聴覚情報38%・視覚情報55%」という、いわゆる「7-38-55ルール」です。
数字を見ると確かに「視覚情報」が最も多く、「言語情報」はたったの7%しかありません。これだけを取り出せば「見た目が一番大事」という結論になりそうです。しかしこれは、元の研究の意図とは大きくかけ離れた解釈です。
メラビアンの研究が対象にしていたのは、人の見た目についてではなく、感情や態度に関するコミュニケーション、とりわけ「相手の言っていることを信用するかどうか」という場面に限定されたものでした。
つまり「言葉の内容と、表情や声のトーンが矛盾しているとき、人はどちらを信じるか」という問いへの答えです。
もう少し噛み砕いて言いましょう。たとえば、声を震わせながら「大丈夫です」と言う人がいるとします。言語情報だけを見れば「大丈夫(問題ない)」です。しかし声(聴覚情報)は不安定であり、表情(視覚情報)は曇っています。
このような矛盾した状況では、人は視覚情報と聴覚情報の方を優先して「この人は大丈夫ではない」と判断します。メラビアンが測定したのは、まさにこういった「言葉と非言語のずれ」の場面での比率なのです。
■視覚情報は美醜のことではない
この研究が示していることを正確に言い直せば、「話の内容がいかに優れていても、表情が暗かったり、声のトーンがオドオドしていたりすれば、伝わりにくい」ということです。顔が美しいほど人を説得できる、という話ではまったくありません。
さらに重要なのは、「7-38-55ルール」の「視覚情報」に何が含まれるかです。
視覚情報とは、外見の美醜だけではありません。表情・姿勢・身振り手振り・アイコンタクトなど、コミュニケーション全体の「見える部分」が含まれます。そして聴覚情報には、声の大きさ・速さ・トーン・間の取り方が含まれます。
どれも、練習と意識によって変えられるものです。
つまり「見た目が9割」という言葉の本来の意味は、「美しく生まれた人が有利だ」ということではなく、「話す内容と同じくらい、あるいはそれ以上に、どのように話すか・どんな表情で話すか・どんな声で話すかが、相手に伝わるかどうかを左右する」ということなのです。
■だから原稿を用意したのに伝わらない
このことを理解すると、日常の中でよくある経験が別の角度から見えてきます。
大事な商談や交渉を前に、念入りに原稿を用意したにもかかわらず、うまくいかなかったという経験はないでしょうか。
その原因の多くは、言語情報よりも視覚情報・聴覚情報の側にあります。棒読みになっていれば、内容がどれほど良くても「熱意が感じられない」という印象を与えます。表情が硬ければ、「この人は信頼できるのか」という疑念を呼び起こします。
原稿を完璧に作り込むよりも、表情・声のトーン・間の取り方をリハーサルで磨くほうが、結果として伝わる力は大きくなるのです。
これは、「内容より見た目が大事」という話ではありません。言語情報と非言語情報を統合して初めて、コミュニケーションは機能するという話です。話の内容はゼロではなく7%分の力を持っています。
ただ、残りの93%を占める非言語情報の質が低ければ、その7%は十分に届かないということです。
■「シチュエーション」が人を動かす
この原理は、選挙という場面で非常にわかりやすく現れます。
選挙の演説を想像してみてください。同じ内容の政策を、同じ候補者が語っているとします。一方は人だかりがない閑散とした場所で、通行人の大半が素通りしていきます。もう一方は、大勢の支持者に囲まれ、熱気の中で語られています。
どちらの演説が「力強く聞こえるか」は、言うまでもありません。
話している内容が良ければそれだけで勝てるというのは、残念ながら甘い考えです。聴衆の反応・場の雰囲気・周囲の熱量といった「シチュエーション」が、言語情報を大きく上回る力でその場の評価を左右します。
これは、行列のある店に入りたくなる心理と同じです。視覚的に受け取った情報が、「この人の話を聞く価値があるかどうか」という判断を先行して形成してしまうのです。
■第一印象が有効な場面、そうでない場面
「見た目が9割」という言葉はまた、「第一印象が大切」という話とも混同されやすく、「第一印象は大切。外見が良ければ第一印象も良くなる。だから外見が9割」という三段論法で解釈されがちです。
しかし、第一印象と外見の美醜は、切り離して考える必要があります。確かに第一印象は速く、強く、記憶に残ります。脳は初対面の相手に対して、ほんの数秒で判断を下します。これは、ハロー効果と呼ばれる認知バイアスと深く結びついています。
外見に関する一つの印象が、その人全体の評価に波及していくのです。
しかし、第一印象が有効な場面と、そうでない場面があります。
短時間の接触で判断が完結する場面、たとえば、街で見かける人や、初対面の数十秒では、第一印象は確かに大きな力を持ちます。
短時間の接触のみの人間関係、一夜の遊び相手を選ぶ、憧れのアイドルを推すといった場面では、外見から受ける印象だけで判断しても、それによる実害はほぼないか、あっても比較的小さいでしょう。
「楽しい時間を過ごすだけなら、第一印象のいいイケメンや美女を選んで、ただ顔を見て喜んでいればいい」という話であれば、それはそれで目的に沿って自分本位に完結しています。
反対に結婚・ビジネス・選挙という場面では、そうもいきません。これらは長期的な利害が複雑に絡む判断だからです。
生活を共にする相手を外見だけで選んだ結果、女癖が悪かった、仕事ができなかった、価値観が合わなかったというケースは、枚挙にいとまがありません。
ビジネスパートナーについても同様で、第一印象だけで信頼を置いた相手に裏切られるという経験は、多くの人が持っています。
■アイドルの人気投票と選挙は別物
特に、「アイドルの人気投票」と「選挙」は、まったく別の行為です。推しのアイドルを選ぶのと、自分たちの生活を左右する政治家を選ぶのとは、必要とされる情報の質も量も、本来まったく異なります。
ところが実際には、選挙でもアイドルの人気投票と似たような基準が機能してしまっています。「この候補者はなんとなく好感が持てる」という視覚的・直感的な印象が、政策の内容を上書きしてしまうのです。
つまり、アイドルを選ぶときには許容される判断基準を、自分たちの生活を左右する重要な意思決定の場面に、そのまま持ち込んでしまっているのです。これは、明らかな外見至上主義における弊害であり、問題点でしょう。
■誤解が外見執着を正当化してきた
メラビアンの本来の研究が「外見の美醜」を問題にしていないにもかかわらず、「見た目が9割」というキャッチーなフレーズが独り歩きすることで、何が起きたでしょうか。
「外見に投資することは合理的だ」という社会的な正当化が強化されました。それにより、顔を整え、体型を管理し、第一印象を磨くために多大なコストと精神的エネルギーが費やされるようになりました。
「見た目が9割なのだから」という言葉が、その努力を正当化し、同時に内面を磨く努力をないがしろにし続けてきたのです。
しかし、今や見直す時機が来ています。
本稿で見てきた通り、「見た目が9割」の本来の意味は、外見の美醜よりも「コミュニケーション全体の質」を問うものでした。表情・声・姿勢。これらは生まれ持った外見とは別のものであり、意識と練習によって変えられるものです。
顔の造形を整形によって変えることに躍起になるより、どんな表情で人に向き合うか、どんな声で語りかけるか、どんな姿勢で話を聞くかを磨くほうが、コミュニケーションの質にはるかに大きな影響を与えます。
「見た目が9割」という言葉を本当の意味で正しく読むならば、それは外見への執着を煽るメッセージではなく、「表現と伝達の全体を磨け」というメッセージだったのです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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