ドイツは半世紀にわたり約1500億円を投じてリニアを開発してきた。日本より先に有人走行できるリニア車両を完成させたが、国内では商業路線を1本も実現できず、技術を渡した中国が時速600キロ級の開発で先を行く。
最新鋭だった最後の車両は、いまもソーセージ工場の会議室として使われている。先駆者はなぜ、追う側に回ったのか。海外メディアの報道からたどる――。
■ソーセージ工場の会議室になったリニア車両
2017年9月、嵐の夜。ドイツ北西部の道路を、3台の重量物運搬用トラックが連なって進んでいく。荷台に横たわるのは、全長75メートルの流線型の車体。ドイツが世界に先駆けて開発した磁気浮上式鉄道「トランスラピッド」の先行量産型車両「TR09」だ。
オランダモビリティ財団のスティヒティング・フリーダム・オブ・モビリティによれば、3両編成のTR09は北西部ラーテンの村にある旧試験施設を出発し、一晩かけてノルトルプへ運ばれたという。向かった先は、磁気浮上の原理を発明したヘルマン・ケンパーの親族が営むソーセージ・ハム製造会社「ケンパー」の敷地だった。こうして運ばれた最新の車両は、今もソーセージ会社の会議室として使用されている。
TR09の車体は実験線を退役した後、オークションにかけられた経緯がある。それをケンパー社が落札した。
同社は到着を記念し、集まった報道陣や住民にパンとブラートヴルスト(焼きソーセージ)を振る舞ったという。同社はTR09をガラスの駅舎風の建物で囲み、創業130周年に合わせて一部を一般公開する計画も発表した。
同社の公式サイトには今も、「トランスラピッドが電磁浮揚の革新的なアイデアの記念碑として設置され、若い世代に明日のソーセージ・ハム製品を再考する動機を与えている」と記されている。
社名をザ・ファミリー・ブッチャーズに変更した現在も、TR09は敷地内に設けられた専用のコンクリート軌道の上に鎮座している。
■1500億円を注ぎ込んで国内商業路線はゼロ
英鉄道業界専門誌のインターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、1960年代末以降にドイツの官民がこのプロジェクトに注ぎ込んだ研究開発費は、8億5000万ユーロ(約1500億円)にのぼる。
トランスラピッドの開発・販売を担ったのは、ドイツのシーメンスとティッセンクルップからなる合弁会社、トランスラピッド・インターナショナルだった。だが、半世紀以上にわたる巨額投資にもかかわらず、ドイツ国内に商業路線は1本も実現しなかった。
唯一の商業路線は、技術輸出をして2004年に中国・上海で開業した空港シャトル「上海トランスラピッド」だ。浦東空港と地下鉄接続駅の龍陽路駅の間を最高時速430キロで結ぶ、全長約30キロの路線。JR山手線1周の約9割にあたる距離だ。
ドイツ国内で唯一残っていたエムスラント試験線も、2011年、運行許可の期限切れとともに静かに閉鎖された。
日本のリニア開発と時をほぼ同じくして進められた、ドイツのリニアプロジェクト。
何がプロジェクトの頓挫につながったのか。
■日本より先に車両を作り、時速450キロを記録
リニアの本格的な開発に着手したのは日本が先だった。日本では1962年に研究が始まったが、ドイツでは1971年に有人走行できる磁気浮上車両を公開し、同年には「トランスラピッド02」が時速164キロを記録した。日本初の実験車両「ML100」が登場したのは翌1972年である。方式は異なるものの、車両の完成ではドイツが日本に先行していた。
一方、1977年に宮崎実験線が開設されたことで、実用規模の走行試験では再び日本が先行する。ドイツ版リニア計画が本格的な走行試験の段階に入ったのは、1983年。この年、ドイツ北西部エムスラントに建設された1本の高架試験線が部分開業を迎えたのが始まりだ。
磁石の力で車体をレールの上に浮かせ、摩擦なく、滑るように走る。リニア技術は当時、公共交通のなかでもとりわけ安全だと信じられていた。シーメンスやティッセンクルップが名を連ねるトランスラピッド・コンソーシアムは、この技術を世に示そうと動き出す。エムスラントの試験線は1987年までに、全長31.5キロに達した。

この試験線に新型車両が次々と投入され、走行試験が繰り返された。鉄道車両市場専門メディアのローリングストックによると、1993年6月、「TR07」が時速450キロの速度記録を樹立している。
エムスラントの人々にとって、この施設は地域の経済力と技術力の象徴であり、まさしく誇りだった。欧州ニュースメディアの「ローカル」は2016年の記事で、クルーズ船建造で世界をリードするパーペンブルクのマイヤー・ヴェルフト造船所と並ぶ、地域の代表的施設だったと報じている。
地元政治家のラインハルト・ヴィンター氏は、「トランスラピッドを通じて魅力的な雇用が生まれ、“未来の技術のふるさと”という名声を得ることで、この地域が恒久的に恩恵を受けられると期待していた」と語っている。
だが、試験線の運用はあえなく2011年に終了する。国内で計画されたリニア路線は、一つ残らず消えている。
■「空港まで10分」の夢も消えた
最初に頓挫したのは、ベルリン―ハンブルク間の都市間路線だ。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、1990年代後半に計画が持ち上がったものの、実現しないまま立ち消えた。
続いて浮上したのが、ミュンヘン空港―中央駅を結ぶ短距離路線だ。独ITニュースサイトのハイゼ・オンラインがその経緯を伝えている。2002年、当時のバイエルン州首相であったエドムント・シュトイバー氏がリニアによる接続の利点について、「ミュンヘン中央駅にいたならば、10分で、空港でチェックインする必要もなく、つまり中央駅から空港でのフライトが始まっているようなものだ」と力説した。

すなわち、ミュンヘン中央駅からフランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港までリニアなら10分で到着し、中央駅ではチェックインを済ませられるとの計画だった。アクセスの良い都心の駅ターミナルがまるで搭乗ゲートのように感じられるという、画期的な構想だ。
ところが、この構想は幾度もの訂正を経て支離滅裂になり、演説内容自体が広く語り草になった。当時のドイツでは、キング牧師の「私には夢がある」と並ぶ演説として熱狂的に支持されたが、結局計画は頓挫した。同メディアはドイツのリニア史を「技術的熱狂と政治的ドタバタと悲劇的失敗」の物語と評しているが、ミュンヘン路線をめぐる経緯はその典型だった。
■高コスト、合意形成、ICEという3つの壁
なぜ、どの計画も実を結ばなかったのか。米技術解説誌のインタレスティング・エンジニアリングはいくつかの要因を挙げているが、国内路線の頓挫に直結した主な要因は次の3つだ。
1つ目は、コストの壁だ。磁気浮上式鉄道には専用の高架軌道(ガイドウェイ)や高度な制御システムが欠かせず、既存の鉄道インフラは使えない。莫大な初期費用がかかるうえ、資金の確保が困難だった。
2つ目は、合意形成の壁だ。利害関係者の反対、環境問題、用地取得の困難が重なり、政治・行政の調整は遅々として進まなかった。

3つ目は、既存の高速鉄道との競合だ。ドイツのICEやフランスのTGVといった従来型の高速鉄道でも、同等の速度をより低いコストで達成できることが分かっていた。政府や投資家にとってより魅力的な選択肢であり、リニアはこれらに対する優位性を示しきれなかった。
いずれの路線計画も、この3つの要因に阻まれては立ち消えになっていった。
こうして費用の問題や政治的対立で国内の計画が何度も頓挫するなか、2006年、トランスラピッドにとって致命的な事故が起きた。
■23人死亡、「希望の象徴」は「破壊の象徴」に
2006年9月22日、ラーテンの試験線。乗客を乗せた初めての試験走行で、「TR08」が保守用車両と正面衝突したのだ。「ローカル」は事故から10年後に掲載された振り返り記事で、当日の経緯を詳しく伝えている。
それによると午前9時ごろ、保守用車両は全長31キロの軌道を一周し、安全確認を終えていた。本来ならそのまま軌道を離れるはずだったが、指令センターに待避線へのポイント切り替えを求めたところ、すぐには許可されなかったとされる。そして午前9時40分、指令センターは保守車両の存在を失念したまま、TR08の出発を許可した。
インタレスティング・エンジニアリングによると、TR08は時速450キロで走行中に非常ブレーキが作動し、時速162キロまで減速した。
それでも止まりきれず、出発からわずか15分後、衝突事故に至っている。
車内にいた34人のうち23人が命を落とし、複数が重傷を負った。原因は、保守用車両が退避する前にTR08の出発を許可してしまった人為的なミスだった。
自動衝突回避システムがあれば、事故は防げた可能性が高い。商業路線なら備わっていたはずだが、試験線にはそうした備えがなかった。リニアモーターカーで死亡事故が起きたのは、世界で初めてのことだった。
事故現場にはいま、犠牲者を偲ぶ追悼施設が設けられている。当日いち早く駆けつけた救急隊員のベルベル・ヴェンペ氏は、「ローカル」の取材に、「トランスラピッドは希望に満ちた時代の象徴ではなく、破壊の象徴になってしまった」と語る。
■産業基盤を失い、技術を中国へ
この事故により、ドイツのリニア産業は事実上の壊滅状態となった。
2年後の2008年には、ミュンヘン空港計画も正式に打ち切られた。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルは、これを境にドイツの産業パートナーの大半がリニア事業から撤退したと指摘する。ローリングストックによると、トランスラピッド・コンソーシアムもラーテン事故から立ち直ることのできないまま、2012年に活動を停止した。
国内の産業基盤を失ったドイツは、技術のライセンス供与に踏み切った。半世紀以上かけて築いたリニアの技術的優位を、他国に明け渡す選択だった。
そのライセンスを取得したのが、中国国有のCRRC(中国中車)である。香港の英字オンライン紙のアジア・タイムズは、傘下のCRRC青島四方がドイツの重工業大手ティッセンクルップからトランスラピッド技術のライセンス供与を受け、リニア開発を進めてきたと説明する。
CRRCは2016年、設計最高時速600キロのリニア開発計画を発表。2018年7月にはティッセンクルップとスマートモビリティや磁気技術を含む分野で技術協力の覚書(MOU)を交わしている。
もっとも、新華社は2021年7月、CRRC青島四方が時速600キロ級のCRRC600を「自主開発」したと報じた。この「自主開発」という主張には疑問が残る。事実、2023年3月に中国とドイツの機械工学者が共同で発表した学術論文は、CRRC青島四方とティッセンクルップの間に「緊密なパートナーシップ」があると言及している。ドイツ由来の技術は、中国にいまなお深く根付いている。
■ドイツ国内は820メートル、中国では3.5キロ
上海トランスラピッドで見た「ドイツが造り、中国で走る」という構図は、次世代の都市型リニアにも見られる。
ドイツの建設大手マックス・ベーグル社が新たに開発した、「トランスポート・システム・ベーグル(TSB)」。都市交通向けに設計されたリニアであり、営業速度は時速150キロ、建設費は1キロあたり2000万ユーロ(約36億円)からとなっている。しかし同社もまた、実用規模の実証路線をドイツ国内につくることができなかった。
完成した実証路線は、中国・成都にある。全長3.5キロ。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、同社は中国の新築路橋機械と2018年に合意し、ドイツから650本を超えるコンテナに分割して軌道設備を現地へ輸送した。車両もドイツ製だ。
2024年4月、この路線で時速181キロを記録。中低速リニアの世界記録を塗り替えた。プロジェクト完了後、同社は四川発展マグレブテクノロジーズと新たな共同開発にも合意している。
一方、ドイツ本国に残る試験線はゼンゲンタールのわずか820mだけだ。ローリングストックは、ミュンヘン、ハンブルク、ベルリン、ニュルンベルクなど複数の都市でTSB路線が計画されたものの、どれひとつ承認に至っていないと指摘する。
■自国の技術を見るため中国へ向かった州首相
2025年12月、米ニュース週刊誌のニューズウィークが新たな動きを報じた。ドイツ連邦鉄道庁(EBA)が、欧州初となる公共リニアの運行認可を同社の子会社であるTSBベトリーブス社に与えたのだ。商業運行に必要な認可要件は初めて満たされた。それでも路線建設に踏み切る自治体は現れず、ドイツ国内にTSBの商業路線は依然として1本もない。
バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相は、2023年11月にゼンゲンタールの本社を視察した。そして2024年3月には成都まで足を運んでいる。自国の技術を見るために中国へ出向くという、上海トランスラピッドの時と同じ構図が続いている。
ローリングストックによれば、2021年にはCRRC自身がドイツのエムスラント試験線で自社リニアの試験走行を検討していた。解体が進むあの軌道を、かつて技術移転を受けた中国メーカーが使いたがっていたのだ。
こうした挫折を経て、2026年3月、パトリック・シュナイダー連邦交通相がリニアの復活を宣言した。だが、今回の構想はかつてとは大きく異なる。
焦点は大都市間の高速輸送から、都市部の通勤混雑の解消へと移った。リニアを、地下鉄や路面電車に替わる交通手段として位置づける。それが新たな構想の柱だった。
■最大90%補助でも残る「都市型リニア」への疑問
この構想は、2020年にアンドレアス・ショイヤー元交通相が委託した実現可能性調査に基づいている。
ハイゼ・オンラインによると、この調査で磁気浮上技術は、「従来型の軌道交通に対する、実用可能かつ競争力のある代替手段」と評価された。運輸省は自治体交通財政法(GVFG)を改正し、費用の最大90%をカバーする連邦補助をリニアにも適用する方針を打ち出した。年間予算は約20億ユーロ(約3600億円)にのぼる。
こうした政策で再び息を吹き込まれたかに見えるリニアだが、懐疑的な見方は根強い。都市内リニアという発想はシュナイダー氏の宣言よりずっと前から議論されており、批判もまた、早くから絶えなかった。
独B2B産業専門メディアのエクスパート・デジタルが伝える交通計画の専門家らの指摘は手厳しい。リニアが最も議論される人口密集地帯でこそ、優位性が最も乏しいのだと。駅間距離が短く、最高速度を出す余地がほとんどないためだ。
専門ポータルサイト「マグネット・バーン」の運営者らも、ハンブルク―ミュンヘン間を専用インフラで2時間で結ぶような長距離輸送なら、リニアの利点は否定しがたく経済的にも筋が通るとする。だが、シュナイダー氏が推進する都市内の短距離路線は、リニアの強みが最も発揮されない用途だと批判する。
■先駆者ドイツが中国を追う側になった
こうしてドイツで計画が停滞する中、技術移転を受けた中国は勢いに乗っている。2025年7月、北京で開かれた第17回「現代鉄道」展。その会場に時速600キロ超えをうたう最新鋭リニア・CRRC600が姿を現した。
インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、CRRC600シリーズが投入されるのは浙江省の上海―杭州―寧波を結ぶ全長400キロの路線だ。東京―名古屋間の新幹線の距離をやや上回る。総工費141億ドル(約2兆3000億円)を投じ、2035年の完成を見込む。
反面、ドイツ国内では商業路線の確実な計画が1本もない。しかもドイツでは、新しい路線をつくるのに10年以上かかるのが通例だ。エクスパート・デジタルは、実現可能性調査から開業まで10~15年かかると説明する。
先述のニュルンベルクなどで検討中の実証路線が突破口になる可能性はある。だが、2026年に「リニア復活」を掲げたところで、成否が明らかになるのは早くても2030年代半ばだ。さらにその先には、政治面での調整や、自治体の予算確保、技術的な課題などが控えている。
ノルトルプのソーセージ工場に置かれたトランスラピッドの先行量産車両TR09と、北京の展示ホールで披露された最新鋭車両。2つの姿は、リニアを開発した2つの国で分かれた明暗を象徴している。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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