■真夏の被災地に現れた「インスタントハウス」
「え、涼しい……!」
インスタントハウスの扉のファスナーを開けてなかに入った女の子が、笑顔で驚いた。
8月9日、熊本県氷川町はギラギラと太陽が照り付ける真夏日で、日なたにいたら熱中症の危険性を感じる午後だった。
許可を得てなかに入れてもらうと、そこは別世界だった。エアコンがしっかり効いていて、外の熱気をまったく感じない。汗が急に冷えたせいか、少し肌寒いぐらいだ。
7月28日に起きた熊本地震で、氷川町は気象庁の震度階級のなかで最も大きい震度7を記録した。日本で震度7が観測されたのは、2024年1月の能登半島地震以来。町のなかには完全に崩れ落ちてしまった家がいくつもあり、想像もつかないような揺れに襲われたことがわかる。
8月4日にできたばかりのこのインスタントハウスには、今回の地震で家屋が倒壊してしまったAさんとその家族が続々と家財道具を運び込んでいた。プラスチックのパレットのうえに畳を置き、エアマットを敷いたベッドや座椅子、テレビなどの場所が定まると、そこはもう立派な部屋。広さは約20平米(約12畳)あり、3、4人で快適に避難生活を送れそうだ。
この部屋を見て、「お、ステキですね!」と声をかけたのは、北川啓介さん。インスタントハウスを開発した名古屋工業大学大学院の教授だ。東日本大震災の際、避難所で子どもに「なんで仮設住宅が建つまで何カ月もかかるの? 大学の先生なら来週建ててよ」と言われたのを機に、5年半かけて考案した。
■アイデアの原点は『ドラゴンボール』
アイデアのもとになったのは、意外なものだった。
「『ドラゴンボール』のなかで、小さなものがポンっと大きくなるアイテムが『ホイポイカプセル』として出てくるんです。そのメカニズムを建築に応用して、なにかできるんじゃないかと思いました」
インスタントハウスの設置は、1メートル四方に折り畳まれたテントシートに空気を送り込むところから始まる。最短5分で風船のように膨らみ、それを更地に固定する。床面がコンクリートでも砂利でも土でも、どこにでも設置できるのが強みのひとつだ。見た目は遊園地にあるエアートランポリンにそっくり。
直径5メートル、高さ4.3メートルで、内部に断熱材の発泡ウレタンを厚さ4センチほど吹き付けるだけで完成するので、設置作業は早ければ1時間ほどで終わる。風速120~130メートルのハリケーンや、3メートルの積雪にも耐えられるよう設計されており、耐用年数も20年を超える。
■1棟50万円、被災者も自治体も負担ゼロ
既に被災地で活用されていて、2023年に発生したトルコ・シリア大地震とモロッコ大地震、2024年の能登半島地震と奥能登豪雨の際にもインスタントハウスを提供してきた。能登ではおよそ300棟が導入されている。
能登半島地震のとき、仮設住宅の入居が始まったのは発災から1カ月を過ぎていた。一方、熊本地震の発災翌日、7月29日朝に現地入りした北川さんは、8月1日から3日間で10棟のインスタントハウスを建てている。
この圧倒的なスピード感に加えて、驚くべきは被災した自治体も被災者も負担ゼロの設置費用。テントや断熱材などの材料費、施工費、エアコン代などすべて含めて1棟約50万円する費用は、名古屋工業大学を窓口にする「インスタントハウス基金」に寄せられた寄付ですべてまかなわれているのだ。
「うちは明朗会計ですよ。テントが約10万円、断熱が材料費と工賃で約25万円、エアコンが取り付け費用込みで約10万円、ビスなど設置に必要な材料費や照明、屋外防水仕様の延長コードなどを入れて数万円ぐらいですね。能登や今回のような災害対応時には断熱材の素材メーカーさんが協力してくれて、断熱材の費用を少し抑えてもらいました。施工費用は業者さんに適正価格でお支払いしています」
能登半島地震・奥能登豪雨の際に建てられた仮設住宅の設置費用は一戸あたり約1700万円に及ぶ。
取材時、氷川町では水道が復旧しておらず、インスタントハウス利用者のほとんどは公民館や避難所のトイレを使用していた。なかには、「トイレがあるから」という理由で、夜は避難所で寝ているという人もいた。それなら避難所で過ごしたほうが楽なのでは? と思うかもしれないが、それでもインスタントハウスでの滞在を選ぶ理由があるのだ。
■避難所を3日で出て、車中泊を続けた被災者
インスタントハウスの場合、電力は各自で調達する必要があり、氷川町のインスタントハウスの利用者の多くは、自宅から防水仕様の延長コード(北川さん提供)を引いていた。それができるのも、5メートル×5メートル程度のスペースさえあれば軒先に建てられるインスタントハウスならではだろう。
自宅に住めなくなったAさんは、ほとんど被害を受けなかった兄の自宅横のスペースに建てたインスタントハウスに入居した。
Aさんの家財道具の搬入がひと通り終わった頃、通りを挟んで向かい側に住む高齢の女性Bさんが訪ねてきた。自宅の敷地内にインスタントハウスを建てている最中で、完成後にどういう内装にしようか見学に来たのだ。
「へー、涼しか! これはええね!」
夫と娘の3人で暮らすBさんの自宅は倒壊を免れ、日中は室内で過ごすことができるものの、次に大きな地震がきたら持ち堪えられるか不安で車中泊を続けていた。地震の直後は避難所に滞在していたが、3日で退去した。
「地震で、夫が膝を痛めてね。それで避難所に行くのが遅くなったから、(居場所が)2階になったけん。
左ひざに湿布と包帯を巻き、歩行器がないと出歩けない状態のBさんの夫は、「車中泊で余計に足が悪くなった」という。それでもインスタントハウスが気になって仕方ないようで、何度も工事の進捗状況を確認しに来ていた。「もうすぐできるみたいですよ」と言うと、ニカッと笑い、「ベッドが入るか、採寸しなきゃならん」と、歩行器を押しながらメジャーを取りに行った。Bさんも「孫が来たら喜ぶわ」と嬉しそうだった。
■庭先の蚊帳で寝泊まりし、夫は肺炎に
モンゴルの遊牧民が暮らす移動式住居「ゲル」のようにも、卵の卵白を泡立てたメレンゲのようにも見えるインスタントハウスを前にすると、誰もが明るい表情を浮かべる。氷川町の別のエリアに住むCさんも、インスタントハウスの設置作業を見守りながら、何度も「かわいい!」と口にした。
Cさん宅は今回の地震で自宅横の大きな倉庫が崩壊し、自宅にもたれかかるような状態になってしまった。その結果、自宅も倉庫も「危険」と判定され、次に大きな地震があると、どうなるかわからない。それでも、「町内で泥棒が捕まったという話を聞いたし、うちのことが心配で離れられなくて」と、庭先に蚊帳を張って家族で寝泊まりしていた。
それで無理が祟ったのか、夫が肺炎になって入院。家のことも夫のことも不安が尽きないなか、町内の区長からインスタントハウスの話を聞いて自宅前の土地に設置を頼んだ。そこは隣人宅が所有する空き地だったが、高齢の隣人は地震を機に施設に入所したため、「貸してください」と頼むと、「家の見守りにもなるからいいですよ」と許可を得たという。
取材の日、遠方に住むCさんの娘が幼い子どもふたりを連れて、お見舞いに来ていた。そこに居合わせた北川さんは、子どもたちと遊びながら、「ここに新しいおうちができるから、また遊びに来てね」と声をかける。娘との別れ際、ギュッと抱き合ってから見送ったCさんは、「次に孫たちが来たときには、この家に絵を描いてもらいたい」と微笑んだ。
■「うちにも建てられますか?」依頼は200軒超
熊本県の発表(8月9日時点)によると、今回の地震による住家被害は2万740棟に及ぶ。内訳は全壊699棟、大規模半壊20棟、半壊1025棟、一部破損7876棟、分類未確定1万1120棟で、県内12市町の避難所99カ所に6000人を超える人たちが避難している。
発災翌日に現地入りし、「できる限り要望に応えたい」と出会った被災者のほぼ全員に名刺を配ってきた北川さんのスマホには電話の着信とメッセージが絶えず、取材中にも被災者から「うちにもインスタントハウスを建てられますか?」と問い合わせがきていた。
被災地全域から200軒以上の設置希望が寄せられているなか、氷川町でインスタントハウスの設置が進んでいるのは理由がある。
熊本に入った際、北川さんは被害が大きいと報道されていた八代市に直行。「まずは室内用のインスタントルームを」と避難所を訪ねた。ダンボール製のインスタントルームは組み立て式で、所要時間15分、要望に合わせて形状を変えることができ、連結も可能な優れもので、寝食できるプライベート空間や女性の着替え用スペースなどとして能登でも多数導入された実績がある。
しかし、設置には市役所の公的な許可が必要で、相応の時間がかかるとわかり、残念な気持ちを抱えながら次に向かったのが、氷川町だった。レンタカーを走らせていると、疲れ果てた様子の高齢者たちが軒先でぐたっとしているのが見えた。
すると、被災者が多く集っていた公民館に案内され、「見たことある!」「これ欲しい!」とあちこちから声が上がる。そのとき、町民の間で「困っているのは自分たちだけじゃない。役場にいこう」という話になり、そこからとんとん拍子に危機管理防災課、町長とつながって、8月1日には着工という流れになった。
■偶然立ち寄った町で、3日間に10棟を建設
「公民館に入ったとき、おじいちゃんから『解体屋か!』と言われて焦りました。でもそこで、僕を公民館に連れていってくれたTさんが『信頼できる人だで!』とフォローしてくれたんです。そこからは早かったですね。氷川町は、町長も町民のひとりという感じですごくフラットなんですよ。町のことをよく知っている人がプレーヤーになって、それをサポートするマネージャー的な人もいて、みんなが阿吽の呼吸でスピーディーに意思決定していて、すごいと思いました」
先述したように、北川さんは8月1日から3日間で氷川町内に10棟のインスタントハウスを建てた。さらに取材の日は施工業者が3人一組の2チームに分かれ、1日で6棟完成させた。このハイスピードを可能にしたのは、能登半島地震から得たふたつの学びがある。
能登半島地震まで、テントシートの内部に吹き付ける断熱材は10センチの厚みが必要だと考えていた。しかし、現地で実験を重ねるなかで、真冬の石川県でも4センチの厚みがあれば強度、断熱性能ともに十分とわかり、その分、施工のスピードが速まると同時に、コスト削減にもつながった。
■家を建てながら、被災地の「生業」も再建
もうひとつは、地元業者との連携だ。能登半島地震のときには、それまで長い付き合いのある愛知県の断熱業者に施工を依頼していた。経験があるほうが、早く確実に仕上がるからだ。しかし、奥能登豪雨の際に石川県内の断熱業者と知り合ったのを機に、現地の業者にインスタントハウス設置のトレーニングをしたうえで依頼をすることにした。
「そうすることで生業の再建につながりますからね。断熱業者さんもプロフェッショナルなので、トレーニングで1棟建てればだいたいのことはわかりますから。今回の熊本地震では、クーラーの設置も氷川町の方から紹介してもらった方にお願いしました」
今回はできる限り早く設置を始めるため、福岡の糸島や熊本の阿蘇、鹿児島の屋久島にあるグランピング施設で施工実績のあるに福岡県の2社に声をかけた。そのうちの一社、伸和建工の社員で、Bさん宅のインスタントハウスを施工していたKさんは、こうコメントする。
「キャンプ地で設置した時、2、3時間で完成するので驚きました。しかも、クーラーをつけるとすぐに冷えて快適に過ごせますからね。スピードも早いし、コストも安いし、これを考えた北川教授はすごいと思います」
インスタントハウス設置の依頼が右肩上がりで増えていることもあり、今後は熊本県内の断熱業者のトレーニングを進めるという。
■被災者が安心できる「ホーム」に
それとは別に、北川さんは独自の方法でインスタントハウスを活用している能登の被災者と氷川町の被災者をつなぎはじめた。
「能登はまだ水道が復旧していない地域があるんですよ。そこではボイラーで川の水を沸かして、インスタントハウスのなかに置いた大きな湯舟にお湯を流し込んで、銭湯にしていました。町の人もボランティアの人もけっこう利用しているみたいで、なるほどなと。銭湯ってコミュニケーションの場でもあるし、疲れも取れるし、心も癒されるじゃないですか。だから、氷川町でも銭湯を作ったらどうかと思って、先日、能登の人と氷川町の人とビデオ通話で一緒に話したんですよ」
「インスタントハウスを使ってくれている人と話すと、驚きの連続、いや、教わりの連続かな」と、北川さんは楽し気に笑う。いまも数カ月に一度、能登に通っている北川さんがなによりも意外だったのは、インスタントハウスの利用者が愛着を持ち始めたことだ。
ある人はインスタントハウスを「この子」と呼び、ある人は「死ぬまで大切にする」と言った。離れた場所に自宅を建て直した人たちのなかには、わざわざ軒先に移設している人もいるという。輪島市に住む中学生の女の子に「ただいまって言える場所」と言われたとき、北川さんは「ただいまは、英語ならI’m home。ハウスがホームになったんだ」と実感したそうだ。
現在、氷川町だけで50組以上の希望者がおり、北川さんは町と二人三脚で次々とインスタントハウスを建てている。もうしばらくすると、1軒1700万円の仮設住宅の建設が始まるはずだ。しかし、数カ月後に入居が始まる頃、氷川町では「自宅敷地内にインスタントハウスがある風景」が当たり前になっているだろう。そこはもうすでに、被災者にとっての「ホーム」になっているのかもしれない。
名古屋工業大学の寄付サイトから、インスタントハウス設置の寄付ができる。熊本地震での設置希望者数を満たすためには、まだまだ寄付が足りないとのこと。
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川内 イオ(かわうち・いお)
フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)

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