※本稿は、松本俊彦『希死念慮と自傷のことがよくわかる本』(大和出版)の一部を再編集したものです。
■「消えたい」「死にたい」は思春期に起こりやすい
思春期は、心も体も大きく変わる時期です。つらいことがあると、ふと「消えたい」「死にたい」と思ってしまう子もいます。それ自体は特別なことではありませんが、軽く見てはいけません。
若い世代の自殺は、全世代の自殺者数のなかではそれほど大きくないものの、きわめて深刻な問題です。子どもは、家や学校など限られた世界のなかで生きています。大人には小さく見える出来事でも、本人には「もう終わりだ」と感じられることもあります。
なかには死生観が未熟な子どももいます。
中学生くらいだと「死んでもまた生まれ変われる」「死ねば人生リセットできる」と考えているケースもあるのです。
いずれにせよ、死を考える背景には孤立感や無価値感、強い怒り、苦しみが永遠に続くように感じることなど、複数の要因が重なっています。
「死にたい」と思うこと自体は特殊なことでもなんでもありません。
■思春期は早めの気づきが大切
思春期~青年期は、心の不調や精神疾患があらわれやすい時期です。けれども子どもは、自分の苦しさをうまく言葉にできないことがあります。
そのため、つらさが行動の変化や体の不調として出ることも少なくありません。なかでも自傷は、その大事なサインのひとつです。
自傷は、はじめて起こる時期としては思春期、とくに12~13歳にもっとも多いとされ、海外でも同様の傾向が報告されています。子どもの自殺には強い衝動性があり、「もうダメだ」と思ってから行動に移るまでの時間が短いのが特徴です。
周囲が予兆に気づきにくいうえに、思春期の子どもは親に秘密をもつようになります。悩みがあっても親や先生には見えにくいものです。中高生の自傷経験は1割前後あるにもかかわらず、学校側が把握できていないことも多いとされています。
その一方で、適切なサポートが入れば踏みとどまりやすい側面もあります。10代で「死にたい」と考えた経験がある子は成人後の自殺リスクも高く、希死念慮は将来の自殺を予測する重要な危険因子になります。
こうした点からも、徴候が見られたら子どもに真摯に向き合い、話を聞く態度を示してあげてください。
■自傷は自殺の危険を高める大切なサイン
長い目で見れば、自傷は自殺の危険を高める大切なサインです。ただし、自傷と自殺は、まったく同じものではありません。
すべての子が「いますぐ死にたい」と思って、自分を傷つける行為に及ぶわけではありません。実際に自殺を試みるとする場合には、致命的な手段が用いられることが多く見られます。
一方、自傷をくり返す人の方法は多岐にわたり、複数の方法をひとりの人が試すことも少なくありません。
1989年、米国の研究者ファヴァッツァとコンテリオは自傷をくり返す女性240名を調査しました。それによると、自傷には次のような特徴があるとされています。
・自傷は思春期早期(14歳頃)にはじまりやすく、反復・習慣化する。・皮膚を切る行為(72%)を中心に、皮膚を焼く(35%)、自分を殴る(50%)といった方法が50回以上くり返される。78%以上が複数の方法で自傷を行っていた。
・自傷行為は、激しい不安、離人感、頭のなかで考えが暴走してしまうと感じるといった耐えがたい精神的苦痛を一時的にしずめるために行われ、衝動的に生じやすい。
・周囲の気を引くための芝居というより、本人にとってはその場を生き抜くための切実な対処である可能性が高い。
■自傷は死ぬためでもアピールでもない
自傷を「周囲の関心を集めるため」「アピール的行動」と受けとる人もいるようですが、それは見当違いです。
ほとんどの自傷行為は人目につかない場所で、しかもひとりきりで行われています。他者に「自傷行為をした」と告白する人も多くはありません。
こうしたことから自傷行為は「人の気を引くため」というよりも、「つらさに対処するための孤独な行動」として理解すべきです。
自傷には、精神的な苦痛をやわらげようとする気持ちが隠れているのでしょう。苦痛に満ちた世界に耐え忍ぶために、自分を傷つけている。自傷により、死なずにやり過ごしているのです。
しかし、くり返される自傷は、将来、自殺につながることも多いと言われます。自傷は「たいしたことのない行動」ではなく、子どもの心が出しているSOSとして受け止める必要があります。
■多くの大人が子どもの自傷に気づけていない
松本俊彦・今村扶美による一般の中高生2,974人を対象とした調査によると、中高生で「自分の体を傷つけたことがある」と答えた生徒は、女子生徒のほうがやや多かったものの、男子生徒にも相当数おり、全体でおよそ1割に上っています。
一方、学校が把握している自傷した生徒の割合を調べたところ、0.33~0.37%に過ぎませんでした。
このギャップが示すのは、10代の若者にとって自傷は「1クラスに数名いても不思議ではない」ほど、ありふれた現象であるにもかかわらず、学校側はそのうちのごく一部(わずか30分の1)しか認識していないということです。
多くの子どもたちが、親や先生など大人の知らないところで密かに自分を傷つけ、苦しんでいるかもしれません。
■自傷は自殺予防の入口として重要
自傷は自殺そのものではありませんが、放置してよいものでもありません。
こども家庭庁や厚生労働省は、自傷行為歴や自殺未遂歴のある子ども・若者を、「とくにていねいな危機介入が必要なハイリスク群」と位置づけています。
自傷に気づくことは、苦しさを抱えた子どもに大人が近づくための、大切な入口です。
ファヴァッツァとコンテリオが自傷をくり返す人を対象に行った研究では、反復する自傷には摂食障害や飲酒問題、OD(オーバードーズ)などさまざまな問題行動が重なりやすいことも示されています。
一つひとつの行動はそれほど深刻に見えなくても、じつは背後に自傷行為が隠れている可能性もあります。
大人は子どもの行動を「たいしたことない」「一過性のもの」などと単発で判断するのではなく、さまざまな行為を広い視野で観察し、「自己破壊的行動の連続線」として注視していくことが大切です。
子どもは自傷によって心の痛みを体の痛みに置き換え、なんとかつらさをしのいでいます。
自傷・自殺をやめさせるために、学校では自殺予防の啓発教育が行われています。
でも、「自殺はいけない」と先生に言われ、自分を傷つける行為をやめられる子がどれほどいるでしょうか。周囲の大人たちは、まず、子どもの話に耳を傾け、心の奥底の苦しさを理解することからはじめなくてはなりません。
「消えたい」「死にたい」という気持ちは、決して特別なものではありません。
【相談窓口】
〈子ども本人が相談できる窓口〉
■24時間子供SOSダイヤル(文部科学省)
TEL:0120‐0‐78310(24時間・通話無料)
いじめ、不登校、友人関係など学校生活の悩みを相談できる。子ども本人だけでなく保護者も相談可。
■学校の相談窓口
担任、養護教諭、スクールカウンセラーなど、本人が話しやすい人を窓口に。学校生活で起きていることを整理する際に役立つ。
〈大人も子どもも相談できる窓口〉
■こころの健康相談統一ダイヤル(つらくて切羽詰まったとき)
TEL:0570‐064‐556
都道府県ごとの相談機関につながる公的な電話窓口。対応する曜日・時間は地域によって異なる。
■精神保健福祉センター(専門家とつながりたいとき)
「精神保健福祉センター+地域名」で検索
精神科医などの専門職が常駐。思春期のこころの相談(自傷・希死念慮を含む)や家族からの相談に対応。匿名相談ができることも多い。
■保健所・保健センター(まずだれかに相談したいとき)
「保健所」「保健センター+地域名」で検索
地域の保健相談の入口。相談は無料で秘密も守られる。
■こども家庭センター(家庭全体の問題を支えてほしいとき)
「こども家庭センター+地域名」で検索
こどもと家庭への一体的な相談支援を担う窓口。医療・学校・福祉との連携調整にもつながり、長く見守ってくれる。
■厚生労働省「まもろうよ こころ」(自分に合う相談先を探したいとき)
URL:https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
地域別・悩み別に相談窓口を検索できる。親自身がつらいとき、どこに相談したらよいかわからないときの入口に。
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松本 俊彦(まつもと・としひこ)
精神科医、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所薬物依存研究部部長、同センター病院薬物依存症センターセンター長
1993年佐賀医科大学医学部卒業。2003年横浜市立大学医学部精神医学教室医局長。2004年国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部専門医療・社会復帰研究室長、同研究所自殺予防総合対策センター副センター長を経て現職。2017年より国立精神・神経医療研究センター病院薬物依存症センターセンター長を兼務。自傷・自殺予防、若年のオーバードーズ(OD)、依存症の診療・研究の第一人者。日本精神神経学会 精神科専門医・指導医/精神保健指定医・判定医。依存症治療プログラムの普及、自傷行為や自殺に関する臨床研究にとり組む。著書に『自傷行為の理解と援助』(日本評論社)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)、『身近な薬物のはなし』(岩波書店)など。横道誠との共著に『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』(太田出版)など。監修書多数。
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(精神科医、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所薬物依存研究部部長、同センター病院薬物依存症センターセンター長 松本 俊彦)

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