北陸新幹線の敦賀―新大阪間延伸ルートが「小浜・桂川案」に絞り込まれた。この問題を取材する鉄道ジャーナリストの北村幸太郎さんは「費用対効果の算定条件が不透明で、違和感を覚える。
国土交通省による試算は“結論ありき”ではないか」という――。
■「小浜・桂川ルート」への強烈な違和感
北陸新幹線の敦賀―新大阪延伸をめぐり7月15日、福井県小浜市と京都市のJR桂川駅周辺を通る「小浜・桂川ルート」が最有力候補に絞り込まれた。
延伸ルートは2016年に一度、小浜市と京都駅を結ぶ「小浜・京都ルート」に決まっていた。ところが2024年の試算で工期と建設費が大幅に膨れ上がり、実現性の観点からルート見直しや再検討の声が上がった。
そして、2025年夏の参院選・京都選挙区では、小浜市と滋賀県の米原をつなぐ「米原ルート」での再検討を全面に押し出した日本維新の会の新実彰平氏がトップ当選。「小浜ルート」派の自民・西田昌司氏は次点での当選となった。
これを受けて北陸新幹線の敦賀―新大阪間などの延伸ルートを議論する与党整備委員会の委員長を務める西田氏は、維新から提示された8つの延伸ルート案の再検証を決断。その結果が今年7月に最有力候補に絞り込まれた「小浜・桂川ルート」だ。
私はルートが絞り込まれる前の7月9日に〈不便なのに3兆円もコスト増の「小浜ルート」を選ぶ謎…政府がゴリ押しする北陸新幹線延伸案への強烈な違和感〉という記事を配信した。
■読者から寄せられた「指摘」を検証する
これに対し、各方面から大変多くの反響を頂戴した。その中で筆者の胸をざわつかせる声があった。読者から寄せられた次の指摘だ。

ルート比較でB/C(費用対効果)を出すために設定された建設投資額のうち、一体評価の全額から新設区間を引いた既設区間の建設投資額が、「小浜・京都」「小浜・桂川」以外の全ルートで同ルートの最大1.5倍に盛られている。
新設区間の費用がルートごとに違うのは当然としても、支払いが済んでいる既設区間の建設投資額がルート案によって異なるのはおかしいのではないか。
そのために、「個別評価(整備区間の敦賀―新大阪間のみで評価)」では米原ルート優勢、「一体評価(東京―新大阪間全線で評価)」では小浜ルート優勢と逆転しているのではないか。

つまり、ルート比較の計算において、支払い済みの既設区間の費用が「小浜ルート(小浜・京都、小浜・桂川)」以外で不自然に高く設定されており、そのせいで「小浜ルート」が意図的に有利な結果(評価の逆転)になるよう操作されているのではないか、ということだ。
今回、この指摘を検証するため、国土交通省が与党整備委員会に示した計算資料を独自ルートより入手した。それによれば、「小浜・桂川ルート」では、一体評価での全線の建設投資額は12兆4400億円、新設区間の新大阪―敦賀間のみの建設投資額は1兆7900億円で、既設区間の東京―敦賀間の建設投資額は10兆6500億円となる。
■独自入手した資料から分かったこと
新設区間の建設投資額が報道されている5兆5000億円(物価高騰込み)でないのは、「現在価値換算」された金額としているためである。現在価値換算とは、社会的割引率という金利による貨幣価値の低下を反映させる仕組みだ。
例えば、今年の1万円は来年の1万400円、来年の1万円は今年の9615円となる。現在価値に換算すると、年を追うごとに貨幣価値が減少していくためである。B/C(費用対効果)は、建設期間+開業後50年にわたる現在価値換算された金額を基に算出されている。
「小浜」以外のルートの代表格ともいえる「米原ルート(東海道直通)」の場合、既存区間の建設投資額はいくらになっていたかというと、「一体評価」での全線建設投資額は17兆2300億円。
この時点で「小浜・桂川ルート」より総延長が短いのに4兆8000億円も高い。
続いて新設区間の米原―敦賀間の建設投資額は(現在価値換算で)1兆1300億円で、既設区間の建設投資額は差引16兆1000億円だ。「小浜・桂川ルート」での試算と比べて5兆4500億円も高い。その比率は1.512倍である(あえて細かく表示している)。
■数字はどのように「盛られた」のか
1.5倍に盛られている理由について、「小浜」以外の全ルートでは「ルート変更で+2年、環境影響評価で+5年かかることを考慮している」との表記がある。この手の評価では、何年時点の貨幣価値を基準にして数十年後までの費用と便益を計算するかが重要となる。国交省の計算では、これを「小浜」以外の全ルートで基準年を7年先送りにして試算していたということではないだろうか。
しかも、すでに支払済みの既設区間の建設投資額まで(物価上昇率2%×社会的割引率4%)の7乗(7年なので7乗となる)で計算されていたのではないか。なぜなら、7年分の社会的割引率4%と物価上昇率2%をかけてみると、ぴったり1.512倍になるのだ。「小浜・桂川ルート」での既設区間建設費を1.512倍すると、「米原直通ルート」での既設区間建設投資額とほぼ一致する。
10兆6500億円×1.512=16兆1028億円

※1.512=1.02×1.04の7乗(複利計算なので7年で7乗になる)
■拭えぬ「出来レース」への疑念
また、この他のルートでの既設区間建設投資額は以下の通りとされていた。
【小浜・亀岡ルート、米原乗換ルート、湖西ルート(新設・改軌ともに)】

約16兆1000億円
【小浜・舞鶴ルート(京都経由・亀岡経由ともに)】

約14兆3000億円

※「小浜・舞鶴ルート」は、ルート変更申請期間2年を含んでおらず、基準年の先送りを5年に留めたことにより、比較的安めになっている。


ただし、B/C評価(費用対効果)は建設期間+開業50年で評価されるため、教科書通りにやれば7年後の着工なら7年後を基準年にするのは、「個別評価」であればあり得るかもしれない。だが、これを「一体評価」という形で、建設費支払済の区間にまでそのまま拡大適用したことでおかしなことになった。
その結果、基準年先送りがいらない環境影響評価が済んでいるルートがほぼ絶対勝利してしまう“出来レース”になる。国交省の五十嵐徹人・鉄道局長が謝罪に追い込まれた「おのずから結論は(小浜と)決まっている」発言の真意はここにあったのかもしれない。
■完成年を軸に再試算すると…
ならば、既存区間の建設投資額は「ルートや基準年にかかわらず、完成年を基準に固定化」すべきではないだろうか。そうでなければ、本件は「指標の計算方法が不適切であるという純粋に科学的な問題」と、「それによって不明朗な意思決定が行われたという政治的・社会的な問題」があるといえるのではないか。
もし「小浜」以外の全ルートでも、既設区間の建設投資額を「小浜・桂川ルート」と同額に揃えた場合の「一体評価」はどうなっていただろうか。算出してみた。
なお、既設区間の維持改良費部分についても基準年先送りで盛られているのではないかという指摘もあると思うが、維持改良費はこれからもかかる費用であるため、従来の7年先送り試算通りとした。
また、便益についても事業開始年度を尊重し、7年先送りのまま試算とした。国交省が詳細な計算内容を発表していない現時点では、いろいろな計算方法が考えられるので、各ルートの値を計算するのは難しく、概算値として見ていただければと思う。
■順位が「逆転する」結果に
例えば「米原直通ルート」では、次のようになる。

既設区間建設投資額:10兆6500億円

新設区間建設投資額:1兆1300億円

維持改良費:2兆4700億円

=費用計:14兆2500億円
便益:19兆9400億円

→B/C(費用対効果):1.40

「小浜・桂川ルート」より圧倒的に有利な結果となるのだ。その他のルートを含む全ルートの比較は以下の通りとなった(丸数字は順位)。
① 米原乗換ルート:1.44

② 米原直通ルート:1.40

③ 湖西新設ルート:1.33

④ 湖西改軌ルート:1.29

⑤ 小浜・亀岡ルート:1.28

⑥ 小浜・舞鶴・亀岡ルート:1.24

⑦ 小浜・舞鶴・京都ルート:1.18

⑧ 小浜・桂川ルート:1.09(参考:便益の基準年を7年先送りにした場合「1.41」)

⑨ 小浜・京都ルート:1.08(参考:便益の基準年を7年先送りにした場合「1.44」)

※①~⑦は従来通り、基準年を7年先送りにした便益額を基に算出。

※⑧⑨は従来通り、2025年基準の便益額を基に算出。

※各ルートとも基準年を7年先送りにした便益額に物価上昇率は反映していない。
■小浜ルートはともに「最下位クラス」
維新が推していた「米原ルート」が最上位クラスで、最終的に絞り込まれた「小浜・桂川ルート」と、次点の「小浜・京都ルート」はともに最下位クラスになるのだ。仮に「小浜・京都」「小浜・桂川ルート」ともに、他のルート同様、便益の基準年を7年先送りにした場合でも、「米原ルート」に対して明確に優位性を主張できるほどの差は見られない。
「湖西ルート」は活断層や風の問題があるので置いておくとして、「小浜・亀岡ルート」もなかなかいい数値といえる。京都や米原が難しくても、せめて亀岡にしておくべきだったのではないだろうか。
「小浜・亀岡ルート」は、京都府亀岡市がJR西日本の株主総会でプッシュしていたが、京都へのアクセスになる嵯峨野線のダイヤ逼迫を理由にJR西日本が反対している。
もっとも、本当にダイヤが逼迫しているのは京都駅手前のほんの数百メートルの単線区間だけで、改良にかかる費用は大した額ではない。その上、京丹波地域の大阪通勤圏への仲間入りや、亀岡駅を山陰新幹線の起点にもできるなど、京都府にとって多様なメリットがある。

もう少し評価されてもよかったのではないだろうか。
■国交省による強行の代償
そもそも所要時間や運行本数(速達・各駅停車などのパターン別の内訳を含む)、料金設定などの前提条件を明示せずに議論を進め、決定を強行したこと自体が問題ではないか。指摘をくれた読者は「このような計算がまかり通るのであれば、この案件にとどまらず、公共事業評価全体の信頼性にも関わると思います」と憤る。
こうした指摘を国交省鉄道局はどう受け止めるのか。筆者の取材に対して、鉄道局参事官(新幹線建設)室は次のように回答した。
あくまで評価マニュアルに従って進めたものであり、評価マニュアルには他のルートと基準年を揃えなければならないとするような記述もない。ルートによって基準年が変われば既設区間の費用が変わるのは当然のことだ。また、資料の公表についてはあくまで与党が決めることであって、我々から公表を控えるようなお願いはしていない。
マニュアルに明記されていないからといって、果たしてこれが客観的かつ公平な評価プロセスだといえるだろうか。むろん地域事情も加味すれば、必ずしもB/C(費用対効果)ありきで決まるものではない。しかし、恣意的なデータ運用を疑われかねない不透明な進め方に対して、「これでは結論ありきの事業推進ではないか」と疑問視する声は止みそうにない。

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北村 幸太郎(きたむら・こうたろう)

鉄道ジャーナリスト

1989年東京生まれ。
2008年昭和鉄道高等学校運輸科卒業、2012年日本大学理工学部社会交通工学科マネジメントコース卒業。乗り鉄、ダイヤ鉄。学生時代はライトレールにインターン生として同社の阿部等社長のもと、同社主催の「交通ビジネス塾」運営などに参加。2026年より、鉄道玩具を用いて線路の使い方・交通整理を体験するイベント「プラ鉄道信号ゲーム」主宰。

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(鉄道ジャーナリスト 北村 幸太郎)
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