■2500万人が「ゴキブリ人民党」をフォロー
2026年夏、インドで「ゴキブリ人民党(CJP=Cockroach Janata Party)」の存在が国を揺さぶった。
名前だけを聞くと悪ふざけのように思えるが、この運動は最終的にモディ政権の現職閣僚を辞任に追い込むほどの本格的な政治運動となった。
発端は5月、最高裁の法廷でスーリヤ・カント最高裁長官が、職を得られない若者の一部を「ゴキブリ」にたとえる発言をしたことだった。長官は後に、若者全体を指したものではないと釈明したが、反発は収まるどころか、インド中に拡大していった。
アメリカで学んでいたインド人活動家アビジート・ディプケ氏が、この侮蔑を逆手に取り、与党「インド人民党(BJP)」をもじって「ゴキブリ人民党」をSNS上で立ち上げた。最初は風刺にすぎなかったのだろうが、運動は急速に拡大し、インスタグラムのフォロワーは2500万人を突破した(8月28日時点)。
■デモ活動が教育大臣を引きずり下ろした
そこに、医学部入試NEET-UGの問題漏洩など、試験をめぐる不祥事が重なって、この運動に拍車を掛けることとなった。NEETは200万人を超える受験生が競う巨大試験で、公正であるはずの試験への信頼が崩れたことで、ネット上の政治運動は、ついに街頭デモ活動へと発展した。
6月からニューデリーのジャンタル・マンタルで座り込みが始まり、7月20日のデモでは警察との衝突で約90人が負傷した。抗議は約7週間続き、7月25日、ダルメンドラ・プラダン教育相が辞任した。
なぜ、これほどの熱狂が生まれたのか。
大臣の失言や試験不正は引き金にすぎない。この運動の土台にあったのは、長年くすぶってきた「教育を受けても報われない」という若者の不満だったのである。
■20代の大卒のうち1100万人が失業
数字を見れば、その深刻さがわかる。
インド政府統計によれば、2026年6月の失業率は全体で5.5%だった。ところが15~29歳では16.2%、都市部の若者では18.2%に跳ね上がる。
(出典=インド統計・計画実施省定期労働力調査月次報, 2026年6月)
さらに深刻なのは、高学歴の若者ほど就職に苦しんでいることだ。
アジム・プレムジ大学の「インドの労働状況2026(State of Working India 2026)」によると、失業と申告した若い男性大卒者のうち、1年以内に正規の給与職を得られる割合は6.7%、ホワイトカラー職では3.7%にすぎない。大卒者の失業率は15~25歳で約40%、25~29歳で約20%に達し、20~29歳の大卒者6300万人のうち約1100万人(2023年時点)が失業している。
(出典=Azim Premji University “State of Working India 2026”, 2026年3月)
■「大学を出れば報われる」神話の崩壊
だからといって、「インドでは大学に行く意味がない」と結論づけるのは適切ではない。同報告でも、大卒者の賃金は非大卒者より依然として高く、教育には明らかな経済的価値があるのは確かだ。
問題は、大卒者の増加に雇用の増加が追いついていないことである。
「一生懸命勉強して学位を取れば、中流以上の暮らしに近づける」と、多くの家庭が信じて、子どもの教育に時間とカネを投じてきた。
そうなれば、数少ない椅子をめぐる試験の価値は異常なほど高くなる。だからこそ、試験問題の漏洩は単なる教育行政の不祥事では済まないわけである。若者から見れば、それは「努力すれば上へ行ける」という最後に残されたルールまで壊されたことを意味する。
「ゴキブリ新党」への爆発的な支持は、大卒者を中心とする若者たちが、インド社会に対して抱える根源的な反発の表れなのである。
■高学歴の受け皿が足りていない
ここで疑問が浮かぶ。インドは近年、世界でも有数の高成長国だった。GDPは長期的に年6~7%前後で伸び、IT大国として世界的企業も生み出してきた。それなのに、なぜ若者の仕事が不足するのか。
一つの答えが、教育と産業の成長速度のずれである。
インドでは高等教育が急速に普及した。高等教育機関の数は2014~15年の5万1000余りから、2025年6月には7万を超えた。
(出典=インド財務省「経済調査 2025-26」。原データは全インド高等教育調査〔AISHE〕)
だが、ここには落とし穴がある。大学を増やし、学位を持つ人を増やすことと、その人たちが能力を生かせる仕事を増やすことは、まったく別の政策課題だからだ。
結果としてインドでは、三つの問題が同時に起きている。
一つは、大卒者の急増である。二つ目は、大学で身につける技能と企業が求める技能のミスマッチ。そして三つ目が、高学歴者を大量に吸収できる高生産性の雇用不足だ。高学歴化が失業を生んだのではない。高学歴化によって増えた人材を、産業側が十分に吸収できなかったのである。
教育政策そのものが失敗だったのではなく、教育政策と産業政策が噛み合わなかったのだ。
■「産業の階段」をすっ飛ばしたモディ政権
その背景にあるのが、インド特有の産業構造である。
多くの国は、農業から労働集約型製造業へ移り、さらに資本集約型・知識集約型の製造業やサービス業へと発展してきた。
この過程で製造業は重要な役割を果たす。工場で働く現場作業員だけではない。技術者、現場監督、品質管理、営業、物流、経理、管理職など、幅広い技能レベルの人間が働く巨大な雇用の受け皿になるからだ。農村から移ってきた人にも、中等教育を受けた人にも、大学を出た人にも、それぞれの「次の一段」を用意できる。
ところがインドは、十分に分厚い製造業を形成する前に、ITや金融など高度なサービス業が急成長した。モディ政権における経済政策の柱として「メイク・イン・インディア」が掲げられてきたものの、製造業のGDP比率は長く十数%台にとどまっている。
いわば、産業発展の階段をすっとばして、いきなり次の段階に飛んだようなものである。
■AIが「普通の大卒者」の仕事を奪う
世界的IT企業で働ける少数の高度人材には大きな機会がある。一方で、毎年大量に大学を卒業する平均的な若者を受け止める「中間の仕事」が薄い。
そこへ、AIの普及による自動化の波が押し寄せている。インドのITは基本的に他国からの「下請け」が多く、データ入力やコールセンターなど、若者が労働市場へ入る入口になってきた。
インドの問題は、単なる「仕事の数」の不足ではない。「学んだ人材を生産性へ変換する産業構造」の弱さである。
雇用の「受け皿」が薄いことは、実はもう一つの弱点と表裏一体である。消費を支える中間層の薄さだ。
■富裕層か、そうでないかの二極化状態
もともとインドは中間層が薄いと言われている。ある研究では、国際水準(絶対評価)で中間層とみなしていいのは全人口の15%にすぎず、GDPのかなりの割合を占めるとみられる富裕層が貯蓄する傾向が強いために、消費が伸びにくいと分析している。
(出典=Subramanian & Felman “Why India Can’t Replace China”, Foreign Affairs, 2022)
また、OECDの2019年の分析(相対評価=所得が中央値の75~200%の層)でも、中間層が6割以上ある国が多い中で、インドは最も低く4割程度にとどまっている。他方、所得が中央値の2倍を超える上位所得層が人口の約25%を占めており、分厚い中間層を欠いたまま上下に分かれる二極化の状態にあることがわかる。
(出典=OECD “Under Pressure: The Squeezed Middle Class”, 2019, p.18本文およびp.20 Figure 1.1)
中間層が薄いということは、新しい製品やサービスを買い支える層が薄いということでもある。それだけ「生活向上」のための市場が小さく、技術革新が生み出す新たな消費を、国内でうまく吸収し拡大していくことができない。人材の面でも、消費の面でも、成長のエネルギーが一部の富裕層に偏り、社会全体には行き渡らないのである。
■進学率も経済も伸びた韓国・台湾との差
もちろん教育が経済成長に役立たないなどと主張するつもりはない。実際、韓国と台湾は大学進学率が高まるとともに経済成長も高まっている。
ただし、両国が経済成長に成功した理由は、単に大学進学率を高めたことではなく、産業の高度化と、人材育成を同時に進めたことにある。1960年代には輸出向けの労働集約型製造業を伸ばし、それを支える初等・中等教育や職業教育を地道に整えてきたのである。
産業が重化学工業や機械へ進むと技術教育を高度化し、その後、知識集約型産業へ進む段階では高等教育と研究開発を強化した。世界銀行も、韓国・台湾の成長について、人的資本への投資と輸出志向の組み合わせが強力な工業化の力になったと分析している。
産業が高度化するとともに、それを担える人材が増えていくという好循環が生み出されたわけである。
重要なのは「高学歴化」そのものではない。産業が必要とする能力を教育で育て、育った人材が企業の生産性を高める。企業が成長して、より高度な人材を必要とする。そこで教育もさらに高度化する。この循環が重要だ。
韓国と台湾は「教育」と「産業」を同期させるのに成功したのに対して、インドは教育を受けた若者は増えたが、その出口となる産業の厚みが追いつかなかった。「教育」が先行しすぎて「産業」との同期に失敗したのである。
■「低生産性」日本に突きつけられる課題
「ゴキブリ人民党」に集まった若者たちの怒りは、単に一人の最高裁長官や教育相に向けられたものではない。教育を受けるよう促しておきながら、それを生かす機会を十分に用意できなかった国家の仕組みそのものに向けられたものだったのである。
この問題は形を変えて日本にも存在する。もちろん、日本はインドとは違って、大卒者の大量失業に悩んでいるわけではない。むしろ人手不足が深刻な業種すら多い。問題はそれにもかかわらず、日本の生産性が低いことである。
日本生産性本部によれば、2024年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中28位だった。G7でも最下位である。一方、日本には世界で競争できる製造業や高度な技術基盤がある。人材も技術も企業もある。それでも、経済全体の付加価値と賃金の伸びには十分につながっていない。
(出典=公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較」)
■人材も技術もあるのに賃金が上がらない
インドが「産業の階段」そのものを欠いているとすれば、日本は階段はあるのに、人がその上の段へ移れずにいる。日本生産性本部は、日本が多様な輸出品目を持つ「経済複雑性」で世界トップ級の高度な産業構造を持ちながら、生産性の高い部門へ労働力を移せていないと指摘する。
優秀な人材が、生産性の低い部署や旧来型の仕事に固定され、より付加価値の高い場所へ動いていかない。年功に縛られた処遇、乏しい労働移動、減点を恐れる組織文化などの仕組みが、せっかく育てた能力を発揮する機会を奪っているのである。
人材はいる。技術もある。それでも、一人ひとりが生み出す価値と賃金が上がらない。そういった状況が、優秀な若者に強い閉塞感を感じさせているのだ。
インドでは高生産性の雇用そのものが不足しているのに対して、日本では人材や資本を生産性の高い企業・産業へ十分に移し、新しい高付加価値産業を拡大する力が弱い。症状は正反対でも、根は同じところにある。
両国から導ける教訓は共通している。それは、人に教育を与えるだけでは、その人が生み出す付加価値は自動的には高まらない、ということである。
■中間層を守り、教育と産業を同期させる
そのうえで見落としてはならないのが、消費を支える中間層の存在である。技術革新が新たな消費を生み、その消費がさらなる成長を呼ぶ――この循環を回すには、成果を買い支える分厚い中間層が欠かせない。
インドのように一握りの富裕層に富が偏る二極化を避け、できるだけ多くの国民が経済成長を実感できる環境を整えることが、成長そのものの条件になる。
日本の政治でも「教育に投資すれば成長する」という議論はよく聞く。教育投資はもちろん必要である。しかし、それは必要条件であって十分条件ではない。
教育で育てた能力を生かせる企業を育て、新しい産業を生み、人材がより生産性の高い仕事へ移れる市場を作る。能力を高めた人が、それに見合った賃金を得られる仕組みを整える。そこまで含めて初めて「人材政策」であり、「成長政策」になる。
「ゴキブリ」と呼ばれた若者たちが突きつけたのは、教育を受ける機会と、その教育を生かす機会との断絶だった。
学位の数を増やすことが教育政策のゴールではない。教育と産業を同期させ、人材を付加価値へ変える仕組みを作れるか。現在も細りつつある中間層の厚みを守り、技術革新を消費拡大につなげられるか。それが、インドだけでなく、日本にも突きつけられている重要な課題である。
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白川 司(しらかわ・つかさ)
評論家・千代田区議会議員
国際政治や日本論など幅広いフィールドで活躍。YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」コメンテーターを経て、文化人放送局コメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。新刊に『習近平は何を恐れているのか?』(ビジネス社)。既刊書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。
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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)

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