■日本と組んだインド高速鉄道の現在地
インド西部、国内最大の都市・ムンバイと商都アーメダバードの間で、同国初の高速鉄道の建設が進んでいる。
マハラシュトラ州とグジャラート州にまたがる全長約508キロの路線は、東海道新幹線の東京―大阪間とほぼ同じ距離だ。インド高速鉄道公社(NHSRCL)によると、最高時速320キロで12の駅を結ぶ計画だ。現在は両都市間の移動に特急列車で約7時間かかるが、完成すれば主要駅3駅に停車する便で最短約2時間7分と、大幅な短縮を見込む。
いま、グジャラート州の平原には真新しい高架橋が延び、架線を支える鉄柱が立ち並び始めた。ムンバイ近郊では、インド初の海底トンネルも掘り進められている。
インド鉄道省によると、2025年11月末までに約8580億ルピー(約1兆4200億円)が投じられ、工事の進捗率は55.6%に達した。インド英字日刊紙のデカン・ヘラルドによれば、路線の中ほどに位置する先行区間であるスーラト―バピ間の約100キロは、2027年8月15日の独立記念日に開業する予定だ。
日印両国がこの路線の建設に合意したのは、2015年のことだ。
それでもこの路線には、土木、軌道、電化、資金、人材育成に至るまで、日本が深く関与している。日本をパートナーに選んだインドは、高速鉄道事業で成功できるか。迷走するインドネシア高速鉄道との違いが鍵になる。
■「時限爆弾」を抱えたインドネシア
インド洋を挟んで東に位置するインドネシアは、「安くて速い」と見られた中国をパートナーに選んだ。その後、計画は遅れ、利用も想定を大きく下回り、「時限爆弾」と呼ばれるまで事業は行き詰まっている。
一方、インドは駅の設置方式、資金調達、現地への技術移転の3点で、インドネシアと異なる道を歩むと予想される。両国で分かれた選択を、まず駅の立地による利用率の違いから見てみよう。
中国を選んだインドネシアが開業させた高速鉄道「Whoosh(ウーシュ)」は、首都ジャカルタと学園都市バンドン間の約140キロを結ぶ。同路線では今、運営会社が中国からの巨額の借り入れに苦しんでいる。
アジア専門英字ニュースサイトのアジア・センティネルによると、債務は116兆インドネシアルピア(約1兆400億円)に膨らみ、インドネシア国鉄トップは国会で「時限爆弾だ」と言い切った。
開業を約2カ月後に控えた2023年8月、バンドン在住の写真家はカタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラの取材に、駅が市中心部から1時間も離れていて多くの人には遠すぎると語り、自分は普通列車を使うと述べた。
■在来線ホームの直上に新駅を建てる難工事
インドが駅づくりで選んだのは、インドネシアのWhooshとは正反対の方針だった。NHSRCLによると、12の駅はいずれも、市街地や既存の在来線の鉄道駅に近い場所に置かれる。
なぜアクセスにこだわるのか。NHSRCLはその狙いを、「公共交通指向型開発(TOD)」という言葉で説明する。鉄道や地下鉄、バスと駅を一体化させ、駅を地域の拠点にする構想だ。街から切り離されたWhooshの駅とは、発想が根本から異なる。ただし、この立地を選んだ代償は、工事現場に回ってきた。
街の中心に駅を置くという選択が重い負担となって表れているのが、インド西部の商都アーメダバードの現場だ。
ここでは、列車が日々行き交う在来線ホームの真上に、新たな高速鉄道の駅が建設されている。インド政府広報機関のインド報道情報局(PIB)によると、高速鉄道のアーメダバード駅は、既存在来線である西部鉄道の10番・11番・12番ホームの上に構築される。
現在、コンコースや軌道、ホームスラブといった主要な構造はほぼ出来上がり、仕上げ工事を残すのみだ。既存の構造物にかかる荷重を抑え、振動を厳密に制御する。在来線の運行を長く止めることなく、その直上で重機を動かしてきた。鉄道土木のなかでも難度の高い工事である。
■インド高速鉄道の設計図を描いた日本企業
アーメダバード駅の現場を設計面で支援したのが日本だった。海外鉄道コンサルタントの日本コンサルタンツ(JIC)によると、同社は2016年12月、国際協力機構(JICA)からこの高速鉄道の詳細設計を受託した。日本工営、オリエンタルコンサルタンツグローバルと共同企業体を組み、設計図書や入札図書一式を作成して、NHSRCLの発注業務を支援してきた。
こうした支援の対象には、在来線との接続区間やムンバイの地下駅、海底トンネルも含まれる。
アーメダバードにはもう一つ、サバルマティ・ターミナル駅も置かれる。在来線の操車場跡に整備されるこの駅は、鉄道と地下鉄、バスが一カ所に集まる交通結節点となる計画だ。1つの都市に2つの停車駅を持つのは回廊沿いでアーメダバードだけで、ちょうど東海道新幹線の東京駅と品川駅のような関係にあたる。
こうした街中立地は、Whooshが陥ったような不振を避ける条件になる。鉄道業界専門ウェブメディアのレイルウェイ・テクノロジーによると、駅周辺の開発方針を固めた2018年の協議で、インド鉄道の高官はインドの通信社IANSに「駅が近隣地区とうまくつながらない限り、高速鉄道は採算が取れるだけの乗客数を集められない」と語った。在来線ホームの直上に建ち、地下鉄カルプール駅とも直結するアーメダバード駅は、その条件を最もよく満たす一例だ。
■日本の0.1%と中国の2%、桁違いの金利差
インドネシアとの差異を生む2つ目の鍵は、カネである。正確には、誰から、どんな条件で借りたかだ。ここにこそ、インドとインドネシアの明暗を分けた最大の理由がある。
インド高速鉄道の総事業費は、当初の見積もりで約1兆800億ルピー(約1兆7900億円)。NHSRCLによると、このうち約81%を、JICAの円借款で賄う。円借款とは、政府開発援助(ODA)の一環として供与される超低利の融資だ。金利はわずか年0.1%。返済期間は50年に及び、最初の15年は元本の返済が猶予される。
これと対極にあるのが、Whooshで中国側が提示した条件である。
■日本案から中国案に乗り換えた末路
JICAと中国国家開発銀行の金利差は、毎年の返済負担の格差となって国の財政にのしかかる。アジア・センティネルによると、Whooshを運営するインドネシアと中国の国営企業による合弁会社「インドネシア・中国高速鉄道会社(KCIC)」は、年に約1億2090万ドル(約192億円)の利息負担を抱える。インドネシア国鉄(KAI)のボビー・ラシディン社長は国会の公聴会で、「我々は本来黒字化できたはずだが、Whooshの債務のせいで赤字に陥っている」と明言した。香港の英字オンライン紙のアジア・タイムズも、不透明な条件や膨らむコストを挙げ、Whooshを一帯一路構想の問題点を映す事例と位置づけている。
Whooshの建設をめぐっては当初、新幹線の実績を持つ日本に打診があったが、2015年にジョコウィ政権は中国案に乗り換える決断をした。中国案が「インドネシア政府の財政支出・債務保証を求めない」とされた点が決め手のひとつだったが、結果として期待は覆された。アジア・センティネルによると、インドネシア政府はやがてKCICへの資本注入を開始し、2023年9月には当時のスリ・ムルヤニ財務相が署名した規則によって、事業の借入に国が保証を付ける道が開かれた。
一方のインドは、年0.1%という超低利のおかげで、こうした重い返済負担を免れている。
■新幹線の運転台に立った15人のインド人
3つ目の鍵となるのは、日本からインドへの技術移転だ。インドは日本から、建設などハード面での支援を受けるにとどまらず、新幹線を動かす人材の育成や安全を支える現場の規律などソフト面でも支えられている。
2026年初め、JICAとJR東日本の協力のもと、15人のインド人の候補生たちが日本で研修を受けた。彼らはムンバイ―アーメダバード高速鉄道を走らせる、インド初の新幹線運転士候補だ。選ばれたのは、地下鉄や在来線で経験を積んだ中堅の鉄道員たち。インド英字日刊紙のフリー・プレス・ジャーナルが2月、「技術的熟練度と、日本の鉄道の世界的に称賛されている安全文化」を習得する研修であると報じた。
研修の一場面が、SNSで広く拡散した。インド人研修生が、日本式の「指差喚呼」を実践する様子だ。指導官と共に、上越新幹線で営業運転中の列車の運転台に乗り込み、計器を指で差し、声に出して状態を確認する。この所作は、ヒューマンエラーを防ぐために日本の鉄道現場で受け継がれてきた。
こうした日々の取り組みがあってこそ、日本の新幹線は高い安全性を実現してきた。非営利ニュースサイトのカンバセーションは、日本の新幹線は1964年の開業から60年あまり、列車事故で乗車中の旅客が命を落としたことが一度もないと特筆している。インドへの技術輸出では、安全を守る精神も、あわせて受け継がれようとしている。動画のなかで研修生は、訓練の厳しさと、日本の規律に適応していく過程を語っている。
■軌道も電化も、すべて日本方式
外務省が明らかにしているように、日本政府としても、日本での研修のほか、現地の研修施設の建設を低利の円借款で支援することで、インドの鉄道技術と人材の水準を底上げできると見込んでいる。
技術移転は人材育成と並行して、ハードウエアの領域でも進む。PIBによると、軌道に採用されたのは日本の新幹線の軌道方式に基づく「Jスラブ軌道」で、砂利を敷かないこの構造はインド国内では今回が初の導入となる。スラブを製造する専用工場が、グジャラート州のキムとアナンドの2カ所に新設された。レールの溶接に使う機械の多くはインドで製造されたが、溶接仕上げと検査に関する訓練と認定は、日本の海外鉄道技術協力協会(JARTS)が担った。
電化も日本方式だ。受注したインドの建設大手ラーセン・アンド・トゥブロによると、電化設備は全長508キロにわたる。日本の新幹線の高速電化技術をインドで初めて適用し、時速320キロでの走行を支える。事業資金はJICAが拠出し、発注はNHSRCLに代わって日本側の機関が行った。
いずれも日本方式を採用したからこそ到達できた技術水準だ。対するWhooshは、運営や保守、人材育成の面で中国側への依存が残り、現地への技術移転がどこまで進むのかが懸念点となっている。
「速くて安い」の触れ込みになびかなかったインドは、結果としてインドネシアより堅実な道を歩む可能性がある。
■計画の遅れと費用増大には批判も
もっとも、インドの高速鉄道計画にも課題はある。
2017年の起工時、全線の開業は2023年12月に予定されていた。それが現在、先行区間のスーラト―ビリモラ間の開業すら2027年8月にずれ込み、全線の完成は2029年末に設定し直された。デカン・ヘラルドは、遅れの主な原因として、用地取得の難航、車両の調達先の選定、森林・環境に関する許認可の取得などを挙げる。
インド鉄道委員会のサティシュ・クマール委員長は、当初約1兆800億ルピーとされた総事業費が、遅延によって約1兆9800億ルピー(約3兆2900億円)に達する見通しだと明らかにした。当初見積もりから約83%の増加である。
こうしたことから、計画には批判も向けられている。アルジャジーラは、主に富裕なビジネス客が使う高速鉄道に巨費を投じるより、その資金を老朽化した既存の鉄道網の改善にこそ充てるべきだという反対派の声を伝えている。
ただし、最大の課題だった用地の問題はすでに決着している。NHSRCLによると、路線に必要な用地の取得は100%完了し、工事は本格的に動き始めた。
■間に合わなかった次世代新幹線
インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、2015年の日印覚書では、インドが日本から車両、信号システムおよび運行管理センターを調達すると定められていた。だが、このうち車両と信号システムについては、すでに日本と距離を置きつつある。
車両についてインドは当初、日本の主力車両であるE5系を導入する計画だった。その後、同モデルを前提とした価格交渉が折り合わず、次世代のE10系を日印同時にデビューさせる案へと変更されている。
国際鉄道業界誌のレイルウェイ・プロによると、E10系は試験列車「ALFA-X」の知見を取り入れており、従来モデルに比べて制動距離を15%短縮するほか、地震の振動を吸収する新機構を備えている。最高運転速度は時速320キロで、現行のE5系と同じだ。
JR東日本は日本での営業運転を2030年度に始める計画だが、2027年8月のインド高速鉄道の部分開通には間に合わない。しかもインド側の受け止めはさらに厳しく、当局者はE10系がインドに届くのは2034年になる、との見方をメディアに示している。代わりに、当初はインドが国内で製造する車両を投入する。
■複数国を競わせるインドのしたたかさ
ところが、情勢はさらに変わりつつある。この路線には最終的に8両編成の列車49本が必要になるのだが、インド側は日本製よりも安価に調達する道を模索している。
インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、日本は49本を2000億ルピー(約3320億円)で供給すると提示したが、インドは欧州のメーカーからおよそ半額で別の車両を購入できないか検討している。
同誌はインド政府に近い筋の話として、インドが最終的に日本の車両を調達しない見通しだと伝えている。日本と同時にE10系をデビューさせる選択はインドにとって悪い話ではなかったが、さらに安く調達する道を求め、欧州勢との契約を視野に入れている形だ。
信号システムについても、少なくとも当座の方式としては、日本方式は採用されなかった。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルによると、NHSRCLは2025年前半、信号・列車制御システムの製造から設置までをドイツのシーメンスとインドのDRAアガルワルの合弁企業に発注した。414億ルピー(約687億円)のこの契約では、欧州標準規格ETCSのレベル2に準拠したシステムを、「当面の」技術という位置づけで採用する。
中国方式を避け、計画段階から日本の協力を取り付けたインド。低金利の円借款を利用することで債務負担を軽減し、駅舎の街中立地などを実現することで国民が利用しやすい高速鉄道を目指した。だが、当初円借款と一体であった日本製車両の採用という条件が守られるかは不明だ。
複数の国を競わせ、したたかに旨味を引き出す動きが見え隠れする。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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