スカンジウム(Sc)添加による、O3型NaNi1/2Mn1/2O2正極の性能向上のメカニズムについて、結晶内部置換と表面装飾の効果を切り分けて評価することに成功しました。
結晶内部置換は充放電に伴う結晶構造の変化を抑制し、正極材料の構造安定性を向上させることが明らかになりました。
表面修飾は電極と電解液の電極/電解液界面で生じる副反応を抑制し、長期サイクル時の劣化を低減することが明らかになりました。
実験と計算科学の両面から、Sc置換が電池反応のボトルネックとなるO’3相の形成を抑制し、電圧向上に寄与するというメカニズムを示しました。
【研究の概要】
東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻の守谷 洸大氏(2024年度 修士課程修了)、同大学 理学研究科 化学専攻の鳥海 翔氏(2026年度 博士課程1年)、同大学理学部第一部 応用化学科の熊倉 真一准教授、駒場 慎一教授らの研究グループは、ナトリウムイオン電池の有望な正極材料であるO3型NaNi1/2Mn1/2O2に対し、スカンジウム(Sc)の結晶内部置換と表面修飾を施し、それぞれが電池性能に及ぼす影響を体系的に解明しました。本材料は高い可逆容量を示す一方、充放電の繰り返しによる構造変化のため容量劣化が課題でした。
本研究では、スカンジウム(Sc)による結晶内部置換と表面修飾を個別に設計した材料を用いることで、それぞれが電池性能に及ぼす影響を体系的に評価しました。その結果、結晶内部置換は充放電に伴う結晶構造の変化を抑制し、正極材料の構造安定性を向上させることが明らかになりました。一方、表面修飾は電極と電解液の界面で生じる副反応を抑制し、長期サイクル時の劣化を低減することが分かり、コイン型フルセルで300サイクル以上の安定動作を実証しました。本研究は、これまで一括して議論されることの多かったドーピング効果とコーティング効果を明確に切り分け、それぞれが異なる機構で電池の長寿命化に寄与することを実証した初めての成果です。
さらに、計算科学を専門とする東京科学大学の館山佳尚教授およびHuu Duc Luong特任助教と連携し、第一原理計算と各種電気化学測定・構造解析を組み合わせることで、O3型NaNi1/2Mn1/2O2における電池反応のボトルネックの一つであるO’3相の形成に着目しました。その結果、Scの結晶内部置換が充放電過程におけるO’3相への相転移を効果的に抑制し、より高い電位での可逆反応を維持できることを明らかにしました。さらに、Scドープ試料では放電プラトー電圧が約0.1 V上昇しました。さらに、実験結果と理論計算の双方から、Sc置換が反応経路を制御することで平均作動電圧を向上させることを実証し、高エネルギー密度化に向けた新たな材料設計指針を示しました。
ナトリウムイオン電池は、資源的な優位性から次世代蓄電池として期待されていますが、正極材料の耐久性とエネルギー密度の向上が大きな課題でした。本成果は、これらの課題を同時に改善できる可能性を示したものであり、特に長期間の運転が求められる再生可能エネルギー向けの定置型蓄電池や、高出力・急速充放電特性が求められる産業用途・特殊モビリティ用途などへの応用拡大につながることが期待されます。
また、本研究で確立した材料設計手法は、他の層状酸化物正極への展開も期待され、ナトリウムイオン電池技術全体の発展に貢献する成果です。
本研究成果は、2026年8月6日に国際学術誌「Small」にオンライン掲載されました。
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図. Sc³⁺の結晶内部置換と表面修飾が正極材料NNMOのサイクル特性および構造変化に及ぼす影響。
【研究の背景】
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、再生可能エネルギーの導入拡大や電動モビリティの普及が進む中、安全で低コストな大規模蓄電池の開発が重要な課題となっています。現在主流のリチウムイオン電池は高い性能を有する一方で、リチウムやコバルトなどの資源偏在による供給リスクや価格変動が懸念されています。この課題を解決する次世代蓄電池として、地球上に豊富に存在するナトリウムを利用できるナトリウムイオン電池が世界的に注目を集めています。
ナトリウムイオン電池の正極材料の中でも、O3型NaNi1/2Mn1/2O2は高い可逆容量を示すことから、高エネルギー密度化が期待される有望な材料として活発に研究されています。特にニッケルとマンガンを主成分とするため、コバルトを含む正極材料と比較して資源面・コスト面で優位性を有しており、ナトリウムイオン電池の基本コンセプトである低コスト化と高性能化を両立できる材料として期待されています。東京理科大学の駒場教授らの研究グループも早くから本材料の電極反応機構を報告し、その後の研究の発展に大きく貢献してきました。
しかし、O3型NaNi1/2Mn1/2O2は高容量である一方、充放電を繰り返す過程で結晶構造が変化し、容量低下や電圧低下が進行するという課題を抱えています。
これまで、元素ドーピングや表面コーティングによる性能改善が数多く報告されてきましたが、結晶内部への元素置換がもたらす効果と、表面修飾による効果が複合的に作用するため、それぞれの寄与を明確に区別して理解することは困難でした。そこで本研究では、スカンジウム(Sc)による「結晶内部置換」と「表面修飾」の効果を意図的に切り分けて比較し、それぞれが電池の長寿命化および高電圧化にどのように寄与するのかを明らかにすることを目的として研究を行いました。
【研究結果の詳細】
本研究では、O3型NaNi1/2Mn1/2O2正極に対してスカンジウム(Sc)を用いた結晶内部置換および表面修飾を施し、それぞれが電池性能に果たす役割を詳細に解析しました。そのために、Scを結晶内部に導入した試料と、主として表面近傍をScで修飾した試料をそれぞれ作製し、X線回折(XRD)、透過型電子顕微鏡(TEM)、オペランド解析、充放電試験などを用いて比較評価を行いました。これにより、これまで明確に区別されてこなかった結晶内部置換効果と表面修飾効果を個別に評価することに成功しました。
その結果、結晶内部置換は正極材料の結晶構造安定化に大きく寄与することが明らかとなりました。O3型NaNi1/2Mn1/2O2では充電中のNa脱離に伴って結晶構造が大きく膨張収縮することで大きな格子ひずみが生じることが、長期サイクル特性を悪化させる要因の一つと考えられています。本研究では、Scを結晶内部に置換することで、この膨張収縮が抑制できることを見いだしました。その結果、充放電に伴う構造変化が緩和され、サイクルを繰り返しても安定した結晶構造を維持できることが確認されました。
一方、表面修飾は主として電極表面と電解液界面における副反応を抑制し、充放電時の劣化を低減する役割を果たすことが分かりました。
また、東京科学大学の館山佳尚教授およびHuu Duc Luong特任助教との共同研究により、第一原理DFT計算と実験結果を組み合わせた解析を実施しました。計算により、Sc置換がO’3相を相対的に不安定化するとともに、O3相とP3相の間の層すべりに必要なエネルギーを低下させることが示され、実験で観測された相転移挙動が理論的にも支持されました。実験で観測された相変化の挙動と計算結果が良く一致したことから、Sc置換による性能向上メカニズムが実験・理論の双方から実証されました。これは、層状酸化物正極の高電圧化を実現するための新たな材料設計指針を示す成果と言えます。
本研究を主導した駒場教授は、「ドーピングによる電池寿命の改善効果については多くの研究報告がありますが、その改善機構を突き止めることは容易ではありません。本研究では、ドーピングとコーティングの効果を切り分けて評価することに成功し、改善機構の理解を深めることができました。本研究の成果を活用することで、ドーピングとコーティングを目的に応じて適切に使い分ける材料設計が可能となり、ナトリウムイオン電池の性能向上につながることが期待されます」と、コメントしています。
今後は、ドーピングとコーティングをそれぞれ最適化するとともに、両者を併用した場合の相乗効果を検証することが課題です。
- 本研究は、文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(DxMT)の再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM, JPMXP1122712807)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR21O6)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE, JPMJAP2313)、革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23S4)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP25H00905, JP24H00042, JP25K23611, JP20H02849)の助成を受けて実施したものです。
【論文情報】
[表: https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/271_1_db6acd069fc99d275ed23e5584dcd70a.jpg?v=202608101145 ]
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