煌びやかな勝利の歴史に彩られたフランスのフットボール。ワールドカップで英雄となり、バロンドールを手にした特別な選手たちは、「レ・ブルー」の精神を体現する存在といえる。
これまでにワールドカップを2度、欧州選手権を2度制してきたフランス。今回は『Football Fancast』から「フランスが生んだ歴代最高のフットボールプレーヤーたち」を紹介する。
10位:カリム・ベンゼマ
代表でのキャリアはクラブほど順風満帆ではなかったが、彼がフランス史上最高の選手の一人である事実は揺るがない。
レアル・マドリーでは、得点源であったクリスティアーノ・ロナウドを支える「賢利な脇役」から、世界で最も要求の厳しいクラブの「主役」へと進化を遂げた。その連動性や決定力は、同世代で最も完成されたFWと言わしめるものだった。特にクラブを欧州制覇に導き、バロンドールを手にした2021-22シーズンは、彼の偉大さを証明する究極のシーズンとなった。
代表では追放や復帰、負傷による離脱など複雑な物語を歩んだが、その才能が疑われたことは一度もない。ワールドカップ制覇こそ叶わなかったが、彼ほど洗練されたアタッカーは歴代でも稀だろう。
9位:マルセル・デサイー
1990年代から2000年代初頭にかけて、ディフェンスの柱として君臨したのがデサイーだ。強靭なフィジカル、冷静沈着さ、そして戦術眼を兼ね備え、センターバックだけでなく中盤でも圧倒的な存在感を放った。
クラブレベルでは1993年にマルセイユ、1994年にACミランと、異なるクラブで2年連続のチャンピオンズリーグ制覇という極めて珍しい偉業を達成。後にチェルシーでも重鎮となり、プレミアリーグに経験と権威をもたらした。
代表では1998年W杯、ユーロ2000を制した黄金世代の礎となり、通算116キャップを刻んだ。フランスは多くの優雅な選手を輩出してきたが、デサイーが体現したのは、強さ、信頼性、そして勝利のメンタリティという、チームに不可欠な要素だった。
8位:リリアン・テュラム
フランスが生んだ史上最高のディフェンダーであり、その時代における世界最高の右サイドバック兼センターバックでもあった。アスリート能力が高く、知的で規律正しく、モナコ、パルマ、ユヴェントス、バルセロナといった名門で一貫して高いパフォーマンスを見せ続けた。
代表でのレガシーはさらに輝かしい。歴代屈指の142キャップを数え、1998年W杯とユーロ2000の連覇に貢献。通算でわずか2ゴールしか挙げていないが、その2得点があの1998年W杯準決勝クロアチア戦で生まれたという事実はもはや伝説だ。テュラムは単なる守備者ではなく、フランスの守備の象徴そのものだった。
7位:キリアン・エムバペ
エムバペの物語はまだ執筆の途中だが、すでにフランスの歴史に名を連ねるに十分な実績を築いている。これほど若くして多くのを成し遂げた選手は、サッカー界全体を見渡してもほとんどいない。
2018年W杯では10代にして主役となり、決勝でゴールを決め、新世代の象徴となった。4年後の2022年大会でも決勝でハットトリックを達成し、アルゼンチンを相手に敗色濃厚だったチームを一人で引き戻してみせた。
そのスピードと決定力、大一番を決定づける力は現代サッカーで最も恐れられている。PSGで絶対的なスターとしての地位を確立し、現在はレアル・マドリーで新たなキャリアを築く。今後さらにタイトルやバロンドールを積み重ねれば、この順位が低すぎると言われる日が来るはずだ。
6位:ジュスト・フォンテーヌ
フォンテーヌのキャリアはあまりにも短かったが、フットボール史に刻んだ衝撃は計り知れない。1958年W杯で記録した1大会13ゴールという数字は、後に続いた数多の名ストライカーをもってしても破られていない不滅の記録だ。
この数字は決して偶然ではない。彼はスピードがあり、鋭く、ゴールの前では極めて冷徹だった。同大会では全試合でネットを揺らし、西ドイツとの3位決定戦では4ゴールを叩き出している。
ニースやスタッド・ランスで国内タイトルを獲得し、欧州カップ戦の決勝にも進出したが、負傷によりわずか28歳で引退。もし怪我がなければどれほどの記録を残したかと思わずにはいられないが、それでも代表21試合で30ゴールという効率は、驚異的の一言に尽きる。
5位:パトリック・ヴィエラ
「パーフェクトな近代的ミッドフィールダー」という言葉が安っぽく聞こえるほど、ヴィエラは完璧な存在だった。長身でエレガント、それでいて物理的に圧倒的な彼は、ボールを奪い、運び、テンポを作り、同時に相手を威圧することができた。
アーセナルではヴェンゲル監督の下、3度のリーグ優勝に貢献し、2003-04シーズンの無敗優勝「インヴィンシブルズ」の主将を務めた。ロイ・キーンとの激闘はプレミアの語り草だが、彼は単なる戦士ではなく、技術に長け、ハイレベルな試合をコントロールできる知性を持っていた。
フランス代表としても1998年W杯とユーロ2000を制覇。パワーと気品をこれほど高い次元で融合させたMFは、後にも先にも彼くらいだろう。
4位:レイモン・コパ
フランス・フットボール界における「最初の世界的スーパースター」だ。輝かしいドリブルと創造性溢れるプレーメイクを武器に、フランス代表がまだ国際的な地位を確立しつつあった時代にテクニックと度胸をもたらした。
スタッド・ランスで名を上げると、黄金期のレアル・マドリーに加入し、1957年から1959年にかけて欧州カップ戦3連覇の一翼を担った。
代表では1958年W杯でジュスト・フォンテーヌと見事な連携を見せ、準決勝進出に貢献。同年にはバロンドールも受賞している。プラティニ、ジダン、アンリ、エムバペが登場する以前、フランスには扉を開いたエレガントな「将軍」コパがいたのである。
3位:ミシェル・プラティニ
1980年代を支配した至高のフットボーラーであり、サッカー史上最高の攻撃的ミッドフィールダーの一人だ。パス、ビジョン、フリーキック、そして得点能力。そのどれもが突出しており、一つのポジションの枠には収まりきらない選手だった。
ユヴェントスではセリエAと欧州カップを制し、3年連続でバロンドールを受賞。そしてフランス代表での傑作は、何と言ってもユーロ1984だ。わずか5試合で9ゴールを叩き出し、開催国フランスを悲願の初タイトルへ導いた。
一人の選手が国際大会を支配した例として、これ以上のものはないだろう。FIFAに入ってからの不祥事は彼のイメージを損ねたかもしれないが、選手としてのプラティニは純然たる天才だった。
2位:ティエリ・アンリ
近代フランスが生んだ最高のアタッカーだ。アーセナルでは、速く、優雅で、冷酷なまでにスムーズなプレーを見せ、フィジカルバトルの場と言われていたプレミアリーグのイメージをも変えてしまった。
クラブの歴代最多得点記録を持ち、無敗優勝チームの攻撃の象徴として、得点とアシストを驚異的なレベルで両立させた。バルセロナ移籍後には念願のチャンピオンズリーグ制覇も成し遂げている。代表でも1998年W杯とユーロ2000を制し、123キャップで51ゴールを記録。
常にフランスの主役だったわけではないが、そのキャリア全体を見れば、並ぶ者のない実績を誇る。全盛期のアンリは、世界トップクラスのディフェンダーをまるで赤子のように扱った。
1位:ジネディーヌ・ジダン
(C)Getty Images
ジネディーヌ・ジダン、彼こそが頂点だ。フランスはこれまで多くの点取り屋、守備の達人、リーダー、魔術師を生んできたが、ジダンは芸術性と運命的な輝きを一身に集めた存在だった。
ユヴェントスで世界最高のMFとしての地位を確立し、レアル・マドリーでは2002年欧州決勝のあのボレーシュートで伝説を作った。しかし、彼の最大のレガシーは代表チームにある。1998年W杯決勝でブラジルから奪った2つのヘディングは、彼を国民的英雄へと押し上げた。
2年後のユーロ2000でも、魔法のようなエレガンスでフランスを頂点へと導いた。キャリアの終焉となった2006年W杯でさえ、まるで演劇のようなパフォーマンスでチームを再び決勝へと導いた。
イタリア戦でのレッドカードもまた彼の物語の一部だが、それが彼の価値を貶めることはない。ジダンは、コントロール、美しさ、そして偉大さを一つの肉体に宿した究極の選手だった。
※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。
筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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