メッシに驚きの秘話!なんと曾祖父がブラジル生まれ…イタリア系で後にアルゼンチンへ移住

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39歳のリオネル・メッシ擁するアルゼンチンは、ワールドカップ決勝でスペインに敗れて涙を呑んだ。



一方、南米でしのぎを削ってきた宿敵ブラジルは、ラウンド16で敗退となった。



そうしたなか、ブラジル大手紙『Globo』が「アルゼンチンのスターであるメッシは、ブラジルにもルーツがあった」と興味深い話を伝えていた。



「メッシの曾祖父のひとりは、サンパウロ州内陸部生まれで、姓が変わっていた――その知られざる物語。メッシの家系にはブラジル、サンパウロ州内陸部とのつながりがある。



あるイタリア人男性の調査により、メッシの曾祖父のひとりが1900年代初頭にサンパウロ州で生まれていたことが判明した。



このアルゼンチン人選手の家系図をたどったのは、本業は銀行員でありながら歴史研究を情熱的に行うフィオレンツォ・サンティーニ。



この調査のきっかけは、メッシがバルセロナで頭角を現し始めた頃。インテルの熱烈なファンでもあったフィオレンツォは、メッシという姓のルーツに興味を抱いた。



そこで発見したのは、イタリアとのつながり。メッシの曾祖父のひとりであるアンジェロ・メッシは、イタリア中部マルケ州マチェラータ県のレカナーティという町の出身だった。



彼は1893年、妻とともにイタリアを離れ、アルゼンチンのロサリオへ渡った。



『2015年にメッシの父親と連絡を取ってこの経緯を伝えた。数年後にイタリアの市民権を取得するために母親側の家系も調べてほしいと父親から再び連絡があった』



同氏によると、メッシの母方の家系調査は、彼の高祖父ラニエロ・コチェッティーニから始まる。

彼は父方の家系と同じイタリアのマルケ州サン・セヴェリーノで生まれた。



同じ地域のわずか数キロ離れた場所には、アルゼンチン代表のリオネル・スカローニ監督、元NBA選手マヌ・ジノビリ、そして現大統領ハビエル・ミレイらアルゼンチンを代表する著名人の家系を示す証拠も存在する。



ラニエロはその後結婚して、イタリアでジュリアとフランチェスコという2人の子供をもうけた。



一家はワシントン号に乗船し、ブラジルへ出航。サンパウロ州移民博物館の歴史資料によると、1899年9月20日にサンパウロ州サントスに到着した。



しかし、港に到着すると、ラニエロ・コチェッティーニの名前は、ラミエロ・コンチェッティーニに変更。当時、移民の姓名の変更は、母国語の綴りや発音の難しさからよく行われていた。



ラニエロ(ラミエロ)は、博物館の歴史記録では農民として記載されている。



一家はサンパウロの内陸部に定住。その後、さらに2人の子供が生まれた。1900年1月1日生まれのエルミニア、1904年1月27日生まれのアルデリーゴ。



同氏によると、リオネル・メッシの姓の変更は、アルデリーゴを通じて起きたという。



『ブラジルでアルデリゴはフェデリコになり、コチェッティーニはクッチッティーニへ変わった。フェデリコはメッシの曾祖父のひとり』



後にフェデリコとなる人物が生まれてから1年後、一家はアルゼンチンへ移住した。



1905年9月27日に現地に到着すると、ロサリオ地域に定住。この地は、メッシの祖父や母が生まれた場所であり、1987年6月24日にメッシ(Lionel Andres Messi Cuccittini)も生まれた。



イタリアには『クッチッティーニ』という姓の記録がなかったため、この姓こそが、ブラジルとのつながりを発見する手がかりとなった。



『調査中、この姓がイタリアに存在しないことに気づいた。メッシの母親のいとこから書類を受け取り、ブラジル到着時に名と姓が変更されたという経緯を聞いて状況が理解できた』



同氏の調査が実を結び、メッシは2022年にイタリアのサン・セヴェリーノ・マルケ市の名誉市民に選出された」



メッシの曾祖父のひとりは、移住先のブラジルで生まれていたとか。ただ、もともとはイタリア系のようだ。



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「1905年に親族全員がアルゼンチンへ移住したため、現在ブラジルにメッシの親族は暮らしていない」とのこと。



筆者:井上大輔(編集部)
画像提供:Getty Images

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