「ジャングルの象徴」になった5年間
焼けつくような暑さの金曜の午後、ロンドン中心部のパブの外にある木のベンチを囲んでニア・アーカイヴスと話すのは、なかなか心地よい時間の過ごし方だ。とはいえ、もともとの予定はこうではなかった。前日、私たちはブラッドフォード生まれの彼女の自宅で会い、大胆な2ndアルバム『Emotional Junglist』について話すことになっていた。それに、ヨークシャーで淹れる紅茶は本当にイギリスで一番おいしいのか、ついに決着をつけられるかもしれないという楽しみもあった。ところが、ロンドンを襲った熱波がそれを阻んだ。ニアが新しく買ったポータブル・エアコンが、前日ずっと熱気を外へ排出するどころか家の中へ送り返してしまい、床が「触ると熱い」ほどになっていたのだ。少なくとも、幻となった彼女の紅茶はなかなかおいしそうだ。濃いめで、ミルクをほんの少し、砂糖はなし。子どもの頃は、嬉々としてマグカップに砂糖を6杯も放り込んでいたというのだから大違いだ。
もっとも、その前夜には26歳の彼女に会うことができた。ニアはジョルジャ・スミスとともに、最近発表したコラボ曲「Get Me Down」を祝うため、ショーディッチの洒落たペントハウスに集まっていた。
テキーラソーダを飲み、タバコを吸いながら自分自身について語る彼女は、前夜、音楽業界の重役たちで埋まった部屋を堂々と仕切っていた人物とはかなり違って見える。「私は全然外向的な人間じゃない。でも仕事ではそうならなきゃいけない」と、本名デハニー・ニア・リシャーン・ハントは語る。「実際の私はかなりぎこちないし、変わってる。ニア・アーカイヴスは、自分を誇張したバージョンなんだと思う。私自身ではあるけど、同時に私じゃない。だって、いつもああいう人間なわけじゃないから。
この5年間で、ニア・アーカイヴスは英国音楽界でもひときわ鮮烈なサクセスストーリーのひとつとなった。かつて学生ローンを使ってデビューシングル「Sober Feels」の制作費を自ら捻出していたプロデューサーは、いまや歴史を塗り替える存在となっている。ジャングル・アーティストとして初めてBRIT Awardsで通算3度のノミネートされ、同ジャンルのアーティストとして20年以上ぶりにマーキュリー・プライズの候補入りを果たし、ロンドンのスタジアム公演ではビヨンセのサポートアクトも務めた。フェスを席巻し、雑誌の表紙を飾り、業界から数々の栄誉を受けるなかで、彼女はジャングルの新世代を象徴する紛れもない存在となった。この5年ほど、英国のエレクトロニック・シーンが新たな”顔”となる女性を探していたのだとすれば、その答えがニア・アーカイヴスだった。
彼女自身、その肩書きを拒んではいない。むしろ、そこには自分自身も少なからず関与したと思っている。「自分でそういう状況を作ったところも少しあると思う。でも、そうした以上はちゃんと背負わなきゃいけなかった」と認める。そして、ジャングルにもっと大きな声で支持を表明する存在が必要だったとき、彼女はその役割からほとんど逃げなかった。
2022年には公開書簡を発表し、MOBO AwardsのBest Electronic / Dance Act部門を復活させるよう働きかけた。テーブル越しにニアは、そのとき「これであの団体には一生嫌われる」と思い込んでいたことを明かす。
Nia Archives (Picture: Salomé Gomis-Trezise)
ポスト・レイヴと音楽性の拡張
その考え方こそ、間もなくリリースされる新作の核心にある。タイトルから受ける印象とは裏腹に、彼女は実のところ、これがジャングル・アルバムではないと強調する。「『Emotional Junglist』っていうタイトルだけど、ジャングルのアルバムじゃない。オルタナティブな作品なの」。そして、作品を形作った音楽をほとんど反射的に次々と挙げていく。マドンナの『Ray of Light』、ブラー、パルプ、セイント・エティエンヌ、マッシヴ・アタック。
音楽のリスナーとして、そしてファンとして、ニア・アーカイヴスは昔から、ひとつの場所にとどまらず変化し続けるアーティストに憧れてきた。「マドンナは、どの時代でもそれを見事にやってきた。常に先を切り拓いて、いつも『次は何?』と問い続けている」と彼女は言う。「マドンナやビョークみたいに、革新を続ける人たちからすごく刺激を受けている。FKAツイッグスもそう」。そして今、ニア自身も「ジャンルを融合させて、自分の好きなもの同士の新しい組み合わせを見つけたい。それが今いちばんワクワクすること」と語る。
彼女が不安を感じているのは、音楽そのものではない。それを世に送り出すことだ。
その自由は、プロダクションだけにとどまらない。彼女は以前から自分の人生について率直に曲を書いてきたが、かつては音楽の目まぐるしい勢いを使って、自分が実際にはどれほど多くをさらけ出しているのかを覆い隠していたと認める。「歌うことを、ボーカルそのものを聴かせるためというより、音楽的な手段として使っていた」と彼女は言う。感情をさらけ出した作品として広く称賛されたデビューアルバム『Silence Is Loud』でさえ、彼女は自分を明かしすぎることに慎重だった。
Nia Archives wears shirt and mules by Burberry, skirt by SRVC (Picture: Salomé Gomis-Trezise)
そうした新たな率直さの一因は、タイミングにもある。彼女が『Emotional Junglist』を書いたこの1年間に、激しい恋に落ち、失恋し、本人の言葉を借りれば、感情のコンパスが振り回されるほどの「カノン・イベント」をいくつも経験した。「この1年で、この世にある感情を全部味わったような気がする」と彼女は笑い、それにかかった代償は「心の平穏と、眠れない夜だけ」と冗談めかす。26歳になった今、彼女はそうした経験を、自分の人生に起きているもっと大きな変化の一部として捉え始めてもいる。「20代半ばって、自分が何者なのかを探っている時期だと思う」と彼女は言う。「自分のセクシュアリティを探ったり、恋に落ちたり、恋から醒めたり……。みんな、どこか”少女”のままでいることにとらわれてしまうところがあると思う。でも実際、私はもう26歳で、女性として大人になっていく時期に入ったんだと感じてる」
『Emotional Junglist』には、そんな移行期に伴うあらゆる混乱が封じ込められている。前作が主にレイヴそのものを待ちわびる高揚と、そこで得られる解放感を捉えていたのに対し、彼女は今作を「レイヴ後の体験」と呼ぶ。つまり、音楽が止んだ翌朝、ロマンスや悲しみ、欲望、屈辱、安堵といった感情が、疲れ切った頭の中でひしめき合う時間だ。「レイヴ後っていうのは、自分が経験してきたあらゆること──ネガティブなことも、ポジティブなことも、陶酔的なことも──を思い返す時間」と彼女は言う。「私たちは『Brat』後の社会を生きてる。『Brat』は音楽業界全体を変えたし、みんなあのサウンドやムード、レイヴで遊ぶパーティーガール的な、『360』のエネルギーを追いかけてきたと思う。でも、チャーリーXCXがやったことは誰にも再現できない。実際にはもう”ポスト・レイヴ”の社会を生きているのに、それでもレイヴ的なものをやろうとし続けるのは……」。流行に乗ることよりも、まだ誰も踏み込んでいない領域にずっと大きな興奮を覚えている様子で、彼女はそう話す。「今の私は、音楽をそういうふうに捉えてるんだと思う」。
「”エモーショナル・ジャングリスト”であるということは、すべてを感じながら、同時に何も感じていないこと」と彼女は続ける。「穏やかなのに混沌としていて、正気なのに狂騒的でもある──上へ、下へ、横へと、あらゆる方向に揺さぶられる」。それほど広大な感情のスペクトラムを表現するには、猛烈な速さで駆け抜けるドラムだけでは十分な余白がなかった。彼女自身の変化を受け止められるように、音楽の器もまた広がる必要があった。
「女性であることに、ひとつの形なんてない」
女性として大人になっていくなかで、ニアは自分の音楽が誰の視点を映し出しているのかについても、より深く考えるようになった。彼女はよく「ジャングルをもっと女性的なものにしたい」と口にするが、その野心は、単にDJブースに立つ女性を増やすことだけにとどまらない。「このアルバムは、本当に20代の女性である私自身の視点から作られたもの」と彼女は言う。その考えは『Emotional Junglist』を取り巻くクリエイティブの世界にも及び、クリエイティブ・ディレクターやフォトグラファーには女性だけのチームを揃えた。「女性だからこそ見えるものがあって、それは男性には見えない」と彼女は説明する。「そういう視点を入れることが大事だった」
それでも彼女は、女性であることを、自分が演じなければならないもうひとつのアイデンティティとして捉えることには慎重だ。「もっと若い頃は、自分のことを女性だとすらあまり思ってなかった」と彼女は認める。「ややボーイッシュだったし、その頃は自分の女性性とのつながりをあまり感じていなかった。でも、それだって女性であることのスペクトラムの一部。女性であることって、ひとつの決まった形じゃないと思う。今ミニスカートを履いているからって、あの頃より女性らしくなったわけじゃない」。今の彼女は、女性として生きる”正しい形”を探すことよりも、自分がすでにさまざまな形で女性として生きていることを認めようとしているように見える。「いつも変わっていくし、いつも進化していくもの」と彼女は言う。
その進化には、音楽制作のすべてを自分でコントロールしようとする姿勢を少し手放すことも必要だった。プロデューサーたちに振り回されることに嫌気が差し、10代の頃に独学でLogicを身につけた彼女は、自力でやり遂げることを土台にキャリアを築いてきた。『Silence Is Loud』でさえ、その大半は自室にこもってひとりで作られたものだった。「私、ものすごいコントロール・フリークなんだよね」と彼女は笑う。「ほかの人を信頼することを学ぶのが大きかった。以前は、誰かと同じ部屋で曲を書くことすら好きじゃなかった。人の前で音楽を作ると不安になってた」。だが『Emotional Junglist』では、これまで以上に大きく扉を開き、ジョルジャ・スミスやサンファを作品に迎え、ジェームス・フォード、ジュリア・マイケルズ、イーサン・P・フリンとともに制作した。「今はむしろ楽しいと思える」と彼女は言う。「ほかの人にも本当に素晴らしいアイデアがあるし、みんながどう考えているのか聞くのが楽しみ。以前ほどコントロール・フリークじゃなくなるという意味でも、人として成長する助けになったと思う」
Nia Archives wears coat, dress and slingback heels by McQueen Autumn/Winter 2026 Pre-Collection (Picture: Salomé Gomis-Trezise)
ジャングルから受け取ったものを、次の世代へ
自分のクリエイティブなプロセスを他人と共有することを学ぶのもひとつだが、彼女は今、自分自身を中心に回るものではない何かを築くことにも、ますます関心を寄せている。パーティー・シリーズとして始まり、その後レーベルへと発展したUp Ya Archivesは、”ジャングルの顔”になったその先に何があるのかという問いに対する、彼女なりのもっとも明確な答えとなっている。これまでに新世代のジャングリストたちの作品を10作ほどリリースし、今後はワークショップにも活動を広げたいと考えている。最近V&A East Museumで行ったイベントでは、赤ん坊からベテランのレイバー、若いプロデューサーまでが集まり、トークやコミュニティ・イベントが催された。「愛のためにやってるビジネス」と彼女は言う。「アーティストをやってると、どうしても自分のことばかりになる。いつも自分について話して、自分について音楽を作ってる。だから、ちゃんとほかの人たちのためになることをするのはいいことだと思う」
ニアにとって、そうした活動は、アクティビストとしての評判に箔をつけるためというより、自分が受け取ってきたものを返すことに近い。彼女はDJ Flight、SHERELLE、Jaguarを「土台を作っている」人々としてすぐに名前を挙げる一方、自分が成功したからこそ、後ろに手を伸ばし、次に続く人たちを引き上げる責任があるともはっきり考えている。「カルチャーから受け取るだけ受け取って、何も返さない人がたくさんいる」と彼女は言う。「この音楽の多くは、社会の周縁に置かれてきた労働者階級のコミュニティから生まれている。ジャングルやダンス・ミュージックを通じてこれだけ成功できた私みたいな人間が、いわば自分のキャリアを築かせてくれたコミュニティから、ただ受け取るだけで何も返さないのは正しいとは思えない。どれだけ上へ行ったとしても、自分がどうやってここまで来たのかを忘れず、ほかの人たちも一緒に連れていかなきゃいけない」
Nia Archives wears top by Jawara Alleyne, jeans by Miss Sixty (Picture: Salomé Gomis-Trezise)
ニア・アーカイヴスが自分自身のためにやりたいことも、まだ山ほどある。自分の最高の音楽はまだ作れていないと言い切る一方、「Get Me Down」のミュージックビデオを監督したことで、もっと映像作品やアートを作りたいという意欲も湧いてきた。匿名でのプロデュースや、ラッパーのためにビートを作ることも、すでにやりたいことのリストに入っている。「正直、まだ何もやってないような気がする」と彼女は言う。「これまでやってきたことには本当に感謝してる。でも、自分にできることをまだやれていないと思う」。どうやらゴールラインは今も動き続けている。変わったのは、それを追いかけるうえで、自分がどんな人間でいる必要があるのかについての理解だ。
長年、ニア・アーカイヴスであることには、ひとつの使命が伴っていた。ジャングルを支持し、その価値を認めさせるために闘い、このジャンルの歴史からあまりにも長く取り残されてきた黒人女性たちのための場所を作ること。そのどれも、なくなったわけではない。だが彼女はもう、誰かを代表するためには、”黒人女性とはこうあるべき””ジャングリストとはこうあるべき””ニア・アーカイヴスとはこうあるべき”という固定された型に自分を押し込めなければならないとは考えていない。「黒人だからって、みんな同じじゃないってずっと思ってきたし、それぞれ違うものに興味を持っていていい」と彼女は言う。「それで自分が黒人であることが失われるわけじゃない。ただ、自分なりに好きなものを持っている、ひとりの人間だっていうだけ」。ひょっとすると『Emotional Junglist』とは、何年ものあいだ自らの野心とともにひとつのジャンルまで背負ってきたニア・アーカイヴスが、その個性そのものに宿る力を発見していく作品なのかもしれない。「ただ自分自身でいればいい」と彼女は言う。「だって結局のところ、自分以外の何者にもなれないんだから」
Nia Archives wears shirt and mules by Burberry, skirt by SRVC (Picture: Salomé Gomis-Trezise)
From Rolling Stone UK
ニア・アーカイヴス来日公演
2026年9月9日(水)大阪・Yogibo META VALLEY
2026年9月10日(木)東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)
OPEN 18:00 / START 19:00
出演:ニア・アーカイヴス
Support Act:Peterparker69
チケット:8,000円(税込/オールスタンディング/1ドリンク別)
※未就学児(6歳未満)入場不可
公演詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/nia-archives26


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