音楽プロデューサーやコメンテーターなど多方面で活躍する写真家の浅井愼平さん(89)が、「星空のハローグッドバイ 浅井愼平」(高橋書店、税込み2750円)を発売した。1960~90年代を中心に写真とエッセーで当時を振り返った一冊には、ビートルズとの出会いを筆頭に、浅井さんの人生において「宿命」として起きた出来事や思い出が詰まっている。

(高柳 哲人)

 「宿命」と「運命」。似た意味で使われることもあるが、運命が自らの力で変えられるものを指すのに対し、宿命は“天の配剤”によって決められるものを言う。本書で浅井さんは、ビートルズとの出会いを「宿命」と記している。

 「表現者の端くれの中で僕とビートルズとの共通点があるとすれば、その時代が作った、見付けた作家ということでしょうか」。1966年6月、ビートルズの来日が決まった際に、浅井さんは新人の写真家でありながら公式カメラマンとして、約100時間の滞在に密着した。

 「当時ビートルズを知っている写真家はいなかった。僕が分かってたわけじゃないけど、主催者にすれば分かりそうな若者。そんなふうに映ったんでしょうね。運良く選ばれたということなんですけど」。まさに宿命によって舞い込んだ大仕事は、浅井さんの人生に大きな影響を与えていく。

 「ビートルズっていう存在を節目節目で意識せざるを得なかった。(来日から)時間がたっても、何かこうビートルズが浮かび上がってきて、遠くに行ったり近くに来たり。

不思議な存在だったように思うんですよね」。その折々に感じたことが、第1章にはエッセーとして当時の写真と共につづられている。各項の最後に西暦が記されているのは、その年に書かれた文章だからだ。

 「僕は日記とかを書く習慣はなかったですから、原稿は依頼されていない限り書いていないんですね。だから、もう今は忘れているようなこととか、文体なども含めて僕の今の感覚と違っているものもある。今回、自分で読んでも『へえ~』なんて思ったところもありました。『こんなこと考えていたのか』と」

 出版が決まった当初は回顧録の形にする案や、内容をビートルズに絞る案もあった。だが、最終的にはタモリ渥美清さん、伊丹十三さんとの交流、過去に訪れた海外での旅の記憶などを、当時の言葉を通じてアンソロジー(作品集)の形でまとめることになった。これもまた、宿命のようなものだったという。

 「割といつもそうなんですけど、時の流れがこう、周りで何かのきっかけになることが多いんでね」。ビートルズ来日からちょうど60年という節目のタイミングでの出版も「むしろ後からそっちが付いてきたみたいな感じ」とした。

 多才で知られるが、自らの肩書を聞かれれば「写真家」と答える。

「自分の立ち位置っていうのはね、一つは必要なんだと思うんですよ。僕の場合、たまたま職業として写真家を選んだところで、それになったんですけどね。でも、写真家として人生のキャリアをスタートさせたけれど、さまざまな世界とつながっている。ジャンルを超えた流れ、うねりみたいなものの影響を受けて、たぶん僕のポジションがあるんだろうと思うんです」。そのうねりに身を任せながら、浅井さんは人生を謳歌(おうか)している。

 ◆浅井 愼平(あさい・しんぺい)1937年7月1日、愛知県瀬戸市生まれ。89歳。早大政経学部中退後の65年に日本広告写真家協会賞受賞。66年、写真集「ビートルズ東京 100時間のロマン」で写真家としてメジャーデビュー。84年からテレビ朝日系「象印クイズ ヒントでピント」の回答者、TBS系「サンデーモーニング」ではコメンテーターを務めた。

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