テレビ、舞台などで人気を集めた女優の小川眞由美(おがわ・まゆみ、本名・真由美)さんが、急性冠動脈症候群のため3月26日に鹿児島県内で死去していたことが9日、分かった。86歳だった。

 別れた夫、細川俊之さん(2011年死去、享年70)が亡くなった時、小川さんにコメントをもらうためダメ元で連絡した。けんもほろろかと思ったが「ご遺族の気持ちを考えるとコメントする立場にない」としながら、「舞台上での大恋愛を思い出す。類いまれなあの甘い声をもう聞くことができないと思うと、とても残念」と答えてくれた。

 電話を切った数分後、今度は小川さんから着信が。考えが変わり「記事はボツに」という要求かと覚悟した。違った。「細川さんの訃報の窓口が分かれば教えてほしいの。娘に教えてやりたいから」。今さらのように、そうだった、この人には娘がいたんだ、と思った。ほどなく連絡先が分かり伝えるとお礼の後「娘から連絡させてみるわ」と言って切れた。

 20年ほど前、小川さんの自宅で取材したことがあった。「報知といえばね」と言ったかと思うと、突然立ち上がってどこか別の部屋に行ってしまった。

戻ってきたとき、手には変色した大昔の新聞記事が。「見て。私が文学座のとき、最初にほめてくれた劇評が報知なの。うれしくて。いまもこうして大事に持っているの」。報知映画賞の受賞者が振り返る企画(15年)の際も「いただいたブロンズ像のかわいいライオンちゃん。私、大好き。重すぎて3・11(東日本大震災)のとき、落ちて床に穴が。頭に当たってたら凶器ね」。賛辞を生きる力にしているように映った。

 話が始まれば、言葉に迷いやあいまいさがなく明瞭。記憶力にも驚かされた。

特に精神を病む母親を演じた「食卓のない家」(85年、小林正樹監督)では「生きた金魚をかみ砕き、小骨で口内は傷だらけよ。ガリガリかんで。金魚が動くから、もう早く逝ってちょうだい、と思ったわ」。ちょっと信じられない部分もあったけれど、新聞記者から見た小川さんは奇人の印象を与えつつも、常識におさまらない天才女優だった。(内野 小百美)

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