元宝塚歌劇団星組トップスターの湖月わたる(55)がBS日テレで5日と12日に前後編で放送(前9時~時30分)する対談番組「森田健作アワー 人生ケンサク窓」に出演することになり、都内の日テレスタジオで収録が行われた。

 元千葉県知事で俳優の森田健作(76)が、ゲストと共に人生を振り返りながら、今を生き抜くヒントを“ケンサク”する番組に出演した湖月。

宝塚を目指した少女時代から音楽学校受験、トップスター時代、退団後、ブロードウェイミュージカル「シカゴ」来日公演に唯一の日本人女性として出演したことなど、現在までを振り返った。

 収録で湖月と対面した森田は、開口一番「やっぱりオーラがありますね」と感嘆。「その昔、松竹の撮影所の近くに宝塚音楽学校があって、撮影所の食堂にいると、スラッとした背の高い女性が来るんですよ。とにかく礼儀正しかった」と当時を回想した。自身も宝塚の舞台を過去4回観劇しているといい、「今回は改めてタカラジェンヌの苦楽について聞きたい」と興味津々だった。

 湖月が宝塚歌劇団に憧れたのは小4の時だった。埼玉・入間市の出身だったが、地元テレビで早朝に放送されていた宝塚の舞台を目にしたことがきっかけだった。「友よこの胸に熱き涙を」を観た途端に「心を鷲掴みにされた」そうで、一気に宝塚に夢中となった。

 小5年の夏休みに東京宝塚劇場で麻実れい主演の「ジャワの踊り子」を観劇。「将来、私も必ずこの舞台に立つ」と心に誓った。それからはバレエに打ち込みながら、宝塚の舞台やテレビ放送を見る日々となった。

 宝塚音楽学校受験では、当日のくじ引きで1次試験の受験番号が「1番」。

面接とバレエ、新曲歌唱に臨み、「オー・ソレ・ミオ」を歌った。周囲の受験生に圧倒され、「自分のことより『みんなすごいな』という記憶しかない」と振り返る。

 2次試験でも、くじで引いた番号は「1番」。面接では周囲がかわいらしいワンピース姿だった中、自分だけ制服だったというエピソードも明かした。

 「落ちたらどうするか」との問いには、高校に3年間通い、それでも気持ちが変わらなければ再び受験すると決めていたと明かす。「受けないという選択肢はなかった」。一方で高校受験では私立にすべて不合格。2人の兄につきっきりで勉強を教えてもらい、県立高に「ギリギリで受かった」とも明かした。

 「人生を支えた1曲」として挙げたのはAIの「Story」。宝塚退団を意識し始めた時期に歌詞と自身の気持ちが重なったという。限られた時間の中でファンのために何ができるのかを考え、退団前のリサイタルでも歌唱した。「ファンの皆様と共有できた」と語る思い出深い一曲で、現在も歌い続けている。

 また、今年11月には、宝塚歌劇団退団20周年記念公演「Tumble Weed(タンブルウィード)」を開催することも明かした。タイトルの「Tumble Weed=風に吹かれて身を任せる人生」に込めた思いは、これからの人生観そのもの。明確に「ここへ向かう」と決めるより、「気づけばここにいた」という生き方をしたいという。「割と自分自身を信用しない性格」と苦笑いするが、未来については前向きだ。「これからの人生がどうなっていくのか、どんな夢に出会えるのかが楽しみ」

 小4で心を奪われた宝塚という夢を現実にし、トップスターとして大舞台に立った湖月。退団から20年という節目を迎えても、次の行き先を決めつけることはない。風に身を任せながら新しい夢との出会いを待つ―。それが、湖月わたるの生き方だ。

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