JR新横浜駅から歩いて10分ほど。オフィスビルやチェーン店が並ぶにぎやかな駅前とは反対側の閑静な住宅街の中に、個性的な個人商店が集まる一角があります。
1・2階に食料品店やカフェバー、3階に賃貸住宅が入る「新横浜食料品センター」は、地域の人たちの日々の生活を支える食の複合施設。企画から設計・運営まで手掛けるのは、建築設計事務所・ウミネコアーキの若林拓哉(わかばやし・たくや)さん。少し離れた山の上に、小商いもできるコミュニティスペース付き賃貸住宅「森庭山荘(もりにわさんそう)」も2025年10月に竣工しました。新しい地域の拠点が、街にどのような交流を生み出しているのか、取材しました。
新横浜食料品センターの外観(写真/筆者)
地域の人にとって欠かせない毎日の食を支える「新横浜食料品センター」
新横浜食料品センターの土地は、代々地主を営んできた若林家が所有する土地の一画です。もともとは若林さんの祖父が建てた、食料品を扱う小さな商業施設がありました。建物の老朽化に対応するため、半分は建て替え、もう半分は耐震補強をして改修することに。「近隣にはスーパーやコンビニしかなく、個人の商店がありません。長年地域の人たちに親しまれてきたお店を同じ場所で営業してもらえるよう、食料品センターという形態は受け継ぎたいと考えました」(若林さん)
若林拓哉さん(写真/筆者)
食料品センターをつくるうえで考えたのは、建築を「閉じた資産」ではなく、まちに開かれた「共有財産」としてつくること。今後若林家の土地を受け継ぎ、管理していく若林さんは、そこに生まれる人と人の関係性という、数字には表れない価値を、時間をかけて育てていくことを重視しているといいます。長い時間軸でまちと向き合うつくり方です。
食料品センターは2025年に新築棟がオープンし、2026年に既存建物の改修が完了しました。既存建物の1階には改修以前から営業を続けている青果店や、新規でキムチ屋が入居し、2階は民間の図書館と、入居者だけでなく周辺住民も使うことのできるコモンキッチンになっています。
新横浜食料品センター、2階共用部。小さな区画の商店が間隔を空けて並ぶ(写真/筆者)
その一角、2階に店を構え、店と直結する3階に暮らしているのが「NOSTARIC(ノスタリック)」の阿部緋真梨(あべ・ひまり)さんです。カフェバー兼アメリカンダイナーを掲げるこの店は、小学生のころからカフェを持つのが夢だったという阿部さんが、「好き」を詰め込んだ場所。阿部さんは広いダイナーではなく、あえてカウンターだけの小さなお店を開業できる場所を探していたのだそうです。
「お客さん一人ひとりと関わるほうが、自分に向いていると思って。お客さんにとって、ただ食事をしに行く場所ではなく、喋りに行く場所にしたかったんです」(阿部さん)
阿部緋真梨さん(写真/筆者)
カウンター席のみの店内。満席時には、共用部のベンチや隣接するコモンキッチンの座席も案内する(写真/筆者)
阿部さんはできるだけお店に割ける時間を少しでも長くしたいという思いから、店舗と住まいをなるべく近い場所で借りられるよう、物件を探していました。ところが理想のテナントは見つからず、半年ほど難航します。
「入った瞬間のワクワク感が建物にあって、即決でした。建物に愛着があるほうが、自分もお店を大事にできますよね」(阿部さん)
限られたスペースを無駄なく生かす工夫もあります。NOSTARICの厨房は、実は住居のキッチンを兼ねたもの。店と暮らしがひとつながりだからこそ成り立つ、コンパクトな設計です。
厨房の裏に階段があり、3階の住居へ続いている(写真/筆者)
新横浜駅のにぎやかな駅前の反対側はチェーン店ばかりで、個人店はほとんど見当たりません。だからこそ、タブレットで注文して人と話さずに済むチェーン店ではなく、「ここでゆっくりしゃべりたい」という人が集まってくる。阿部さんいわく、常連さんのなかには同じ建物内のいくつもの店にはしごして通う人も多く、新横浜食料品センターそのものが「目的地」になりつつあるといいます。ひとつの店に来た人が、まち全体とつながっていく入口になっているのです。
入居する店同士の距離も近く、月に一度は若林さんも交えたミーティングを開いて、困りごとや掃除の分担を相談します。賞味期限の近いお菓子を分け合ったり、商品を交換し合ったりといったやりとりも自然と生まれているそうです。
既存棟2階のコモンキッチン(奥)と民間図書館(手前)。耐震補強のために導入された鉄骨は、いずれ木造部分を解体する際にも残し、構造体として活用する予定(写真/筆者)
関わりは、ご近所付き合いにとどまりません。この日はお店の前のスペースで、阿部さんが声をかけてアガベなどの多肉植物を取り扱う売り手さんがPOP UP(短期の出店)を開いていました。珍しい株を目当てに遠方から訪れる人もいたそうで、個人店ならではの身軽さが、まちの外からも人を呼び込んでいます。
NOSTARIC店舗前の共用スペースでのPOP UP準備の様子(写真/筆者)
山の上の賃貸「森庭山荘」。森を眺めるくらしと、ゆるやかなつながり
もう一つ、若林さんが手がける「森庭山荘」は、少し離れた山の上に建つ賃貸住宅です。前面が斜面の庭、北側の背面が雑木林という敷地に、2階建ての建物が3棟並んでいます。通路に面する出入口側を店舗にもできるよう設計されており、住まいと小さな商いをゆるやかに両立できるつくりになっています。自由に使える共用スペースも設けられ、コミュニティ醸成のための場として計画されました。
森庭山荘外観。道路から下っていく斜面の庭も、居住者が共同で管理している(写真/筆者)
森庭山荘、居住者が自由に使える共用スペース(写真/筆者)
ここで一緒に暮らしているのが、川上さんと鳥羽さんです。
「コミュニティのある住宅の良さを知っていたので、転居先もその条件で探していました。でも、コミュニティのある物件は単身向けのワンルームが多くて、リモートワークの多い僕らには不向きでした。かといって2部屋以上ある物件を選ぶと、今度は子育て世帯向けになってしまう。ちょうど僕らくらいの人に向いた住まいが、なかなか見つからなかったんです」(川上さん)
川上さん(左)と鳥羽さん(右)(写真/筆者)
探すこと約3カ月。諦めかけたころ、不動産サイトでたまたま森庭山荘を見つけました。決め手は、内見で若林さん本人と直接話せたことだったといいます。
「一般的な物件では管理会社やオーナーとの距離があり、条件を出したら関係が終わってしまう。でもここでは、若林さんと直接いろいろ相談できた。『ここしかない』と、即決でした」(川上さん)
森庭山荘では、入居にあたり若林さん本人との面談が必須となっています。コミュニティのある物件では、暮らしを共にする人たちとの相性は重要です。
室内から見える森の眺め。リモートワークの作業スペースとしても活躍している(写真/筆者)
暮らしはじめて何より気に入っているのが、部屋から見える森の眺めだといいます。
「毎日家に帰るたびに、別荘やホテルに帰ってきたみたいな気分になるんです。朝起きて森が見えると、それだけですごく嬉しい。毎日、ここに住んでよかったなと思います」(鳥羽さん)
森庭山荘では駄菓子屋やマッサージのサロンなど、住みながら小さな店を営む人たちが少しずつ増えています。コミュニケーションのきっかけにもなっており、廊下やテラスで出くわせば、ちょっとした立ち話が生まれる。そんな距離感が心地よいといいます。
「地震があった日は、みんな自然と庭に出てきて、『大丈夫でしたか』と声をかけ合うんです。誰かがいると思える。それがすごく安心しますね」(鳥羽さん)
住戸から見た共用庭(写真/筆者)
つながりは、建物の外にも広がります。植物が生い茂る広い庭は、隣接する幼稚園の子どもたちが遊ぶ場所にもなっています。
“香り”が好きな2人は一緒にお香をつくっており、いつかこの場所で自分たちの店を始めることも考え始めているそう。「部屋を探しているとき、いつかそんなこともできたらいいなと漠然と話していたことが、ここなら具体化していけそうです」(川上さん)
店舗も持てる家のつくりが、住む人の「やってみたい」をそっと後押ししています。
森庭山荘室内。玄関回りが広く取られており、店舗として表に開くことも想定したつくりになっている(写真/筆者)
一棟に詰め込まず、まちに広げる。エリアでリノベーションするという発想
2つの拠点は、どう生まれたのでしょうか。出発点は、新横浜食料品センターの建て替えでした。父親が営む株式会社ワカバヤシの事業として、2018年ごろから計画が始まりました。ところが、考えていくうちに「やりたいこと」がどんどん増えていきます。ひとつの建物に全部を詰め込むと採算が合わなくなる。そこで若林さんは、発想を切り替えました。
「1つの建物に全部を詰め込むのではなく、周りの空き家などの資源を活用して、エリアでリノベーションしていったほうがいいんじゃないかと思ったんです」(若林さん)
この発想が最初に形になったのが、食料品センターに先駆けてオープンした拠点「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-(アルノー)」でした。特徴的な鉄骨造の元郵便局で、建て替えれば「普通の建物」になってしまう――それはもったいないと一棟丸ごと借り受け、運営を始めます。約100平米の小さな建物の中に、シェアキッチンやフローズン・カフェバー、シェアハウスなど6つもの機能が詰め込まれています。ひと区画35cm角ほどの小さな棚でお店を持てるチャレンジショップも併設し、小さいながらも多数の人たちとの関係を築いてきました。その経験が、設計事務所の経営を主軸としながら施設運営も並行する、現在の基盤になっているそうです。
元郵便局の建物をリノベーションしたARUNŌ店内(提供/ウミネコアーキ)
「仕組みさえ考えれば、属人化させずに、誰でも回していけるようにできる。それをあそこで確かめられたのは、すごく大きかったですね」(若林さん)
このとき芽生えたのが、「晴れの場をなるべくつくらない」という考えです。若林さんは、施設を貸し切りにするイベントがあまり好きではないといいます。
「近所の人がたまたま『今日行こう』と思ったときに『本日貸し切りです』となっていたら、大きな機会損失だなと思って。だから、お客さんが集まる時間帯には貸し切り運営はしない、と決めているんです」(若林さん)
そのため食料品センターで定期的に開く「オープンデー」も、特別な出店を呼ぶマルシェではなく、「お店がいつもどおり開いていて、そこを若林さんが案内して回るだけ」という肩の力の抜けたもの。無理をして頑張るのではなく、最小限の力で無理なく続けられる環境をつくる――それが、まちに根づく拠点を長く育てるコツなのです。
2026年7月に行われたオープンデーの様子。若林さんが新横浜食料品センターの建物や店舗を案内して回る(提供/ウミネコアーキ)
目先の利回りより、まちに還元する。地主だからできる長い時間軸のまちづくり
森庭山荘は、地域への貢献を意図した食料品センターとは性格の異なる「収益物件」として計画されました。ただし収益物件でありながら、住人が自由に使える共用スペースをわざわざ設けた設計は、貸せる面積を最大化して利益を追うのとは逆の設計。まちに開き、還元するための「余白」を残すことを優先しているのです。
また建物を建てるにあたり、基礎を造成して平らにするのではなく、杭を打って建物を地面から離すことで地下水が浸透していけるように計画しています。建物を北側の雑木林と同じ環境の一部として位置づける試みです。この選択に、若林さんの考え方がよく表れています。敷地の北側に広がる雑木林は、新横浜駅からすぐの場所にありながら、植樹されたものではない原生林に近い森。代々個人で守られてきましたが、数千平米にも及ぶ森を個人で管理し続けるのは、もう現実的ではありません。
「この立地で、この条件の森は、いまから手に入れたくても手に入らない。土地に造成してしまえば、その瞬間に価値はむしろ下がると思うんです。だから、この森を価値だと思ってくれる人たちが、みんなで見ていく。そういうあり方が一番いいかなと考えて、森庭山荘の人たちが今後出入りできるように整備する予定です。入居希望の方との面談を必須にしているのは、その価値観を共有できる人に入ってほしいという思いもあります」(若林さん)
森庭山荘の背後に広がる雑木林(写真/筆者)
かつての「入会地(いりあいち)」(地域のみんなで共有し、手入れをした土地)のように、森を分かち合いながら守っていく。その根底にあるのは、幼いころから育まれた地主としてのメンタリティです。
「本来の地主には、持っている土地を共有財産として地域のためにうまく活用し、還元していくことが、宿命づけられているものだと思います。いまわれわれが土地を持っているのは、先祖がたまたま早期にこの土地に入植したからであって、それを全部自分のために使っていいとは思えないんです。事業として稼ぐことも、もちろん大事。でも、それを最大化することが、本来の地主のあり方ではないと考えています」(若林さん)
では、まちに還元する建築は、事業として成り立つのでしょうか。ここに若林さんのユニークな投資観があります。ポイントは、初期の利回りを最大化しないこと。一般的な賃貸は、築年数とともに家賃を下げていきますが、若林さんが目指すのは逆で、年を重ねるほど家賃を上げられる状態です。
「駅からの距離や築年数といった、数字では測れないところに価値が生まれる。人と人の関係性が生まれていく場所ですよ、という価値です。それは年数を重ねるごとに積み重なって、いずれ金額に反映していけると考えています」(若林さん)
手間もかかり、一見遠回りに見える計画も、20年30年という長い目で見れば、関係性という目に見えない価値が積み重なることで、結果的に投資の効果が高まっていく――それが若林さんの見立てです。
開かれた場が、まちを編み直す。生まれはじめた新しいつながり
こうしたつくり方は、実際にまちに何をもたらしているのでしょうか。若林さんが手応えとして挙げるのは、意外なほど身近な変化でした。
「ご近所さんが増えました。挨拶する人が増えたんです。食料品センターに来てくれる常連さんで、これまで会ったことのなかった地域の人と、初めて会って仲良くなったり。同じまちに住む人たちに対する解像度が、一気に上がりました」(若林さん)
しかもこれは、若林さんだけに起きていることではありません。森庭山荘に暮らす住人も、新横浜食料品センターで店を営む人も、お店を訪れるお客さんも、同じように、これまで出会わなかった人と出会い、地域とのつながりを結び直していく。開かれた場があることで、関わる誰にとっても、まちの解像度が少しずつ上がっていくのです。
思い描くのは、こうした拠点を若林家が所有する土地だけでなく、エリアの中にぽつぽつと増やしていくこと。若林さんが設計してきた建物の周辺に広げていくことが重要だといいます。
「山の上から、川のほうまで、少し歩けば僕らが関わった物件に行き当たるくらいのペースで、まちに関わっていけたらいいなと。建築を知らない人が見ても、ワクワクするものをまちにつくっていきたい。工事中の建物を、みんな楽しみに見てくれるんですよ。よくわからないけど、なんだか面白そうなものができたぞ、と。面白いものが、まちをつくっていくと思うんです」(若林さん)
目先の利回りではなく、まちに還元する価値に投資する。その効果が実を結ぶには、まだ時間がかかります。それでも、個人店が集まり、住人が声をかけ合い、朝はパン屋に行列ができる。そんな小さな変化がすでに芽吹いています。新横浜を訪れたら、駅の表側だけでなく、新横浜食料品センターや森庭山荘の周りで生まれつつある、新しいまちの風景を、ぜひのぞいてみてください。
新横浜食料品センター、1階のパン屋「Proof Bakery」は、開店前には行列のできる人気店となり、まちに新たな人の流れを生んでいる(写真/筆者)
●取材協力
ウミネコアーキ
新横浜食料品センター
NOSTARIC(ノスタリック)
森庭山荘
ARUNŌ(アルノー)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
