前編では、ポール・サイさんが台湾で生まれ、米国へ移住し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)での学びやフィデリティ投信での経験を通じて投資家として成長してきた歩みを伺いました。後編では、プロのアナリストとして経験した失敗、現在実践している「AI×エネルギー」のバーベル戦略などに迫ります。
J-REIT、不適切会計、オプション取引。プロでも避けられなかった失敗
トウシル:前編では、ポールさんがUCLA時代に投資デビューを果たし、その後フィデリティ投信でプロのアナリストとして磨かれていくまでのヒストリーを伺いました。著書を拝読すると、プロの環境に身を置いていながらも、大きな失敗を経験されたというお話でしたが、具体的にどのような苦い経験をされたのでしょうか。
ポールさん:投資のプロとして徹底的なリサーチを行っていても、読みが甘く、痛手となる損失を出したことはあります。例えばリーマンショックの時期には、日本の新興不動産投資信託(J-REIT)に投資をしていたのですが、市場の急激な冷え込みと流動性の枯渇によって、その銘柄の価値がほぼゼロになってしまいました。損失は数百万円です。当時は自分の見通しの甘さを本当に痛感しました。
トウシル:機関投資家のアナリストであっても、市場の予測不可能な暴落を完璧に見抜くことは難しいのですね…。
ポールさん:さらに、企業の不適切な会計処理を巡る問題を見抜けなかったこともあります。ニデック(6594)の株を持っていた時のことです。私はかつて創業者である永守重信さんの投資家向け広報(IR)ミーティングに参加したことがありました。
その時の永守さんの圧倒的なカリスマ性や熱量に触れて、この会社なら大丈夫だと確信を持って投資をしたのです。
トウシル:企業のトップに直接会って話を聞いても、見抜けないリスクがあるのですね。
ポールさん:経営者の個性や社内の空気感を知ることは重要なインプットですが、それだけでは防げないリスクもあると痛感しました。しかし、これらの個別株での失敗以上に、私が身に染みて「自分の強みではない投資をしてしまった」と感じた取引があります。それが*オプション取引への挑戦です。
*オプション取引:[1]あらかじめ定められた期日(満期日)までに [2]ある商品(原資産)を [3]あらかじめ決められた価格(権利行使価格)で [4]売買できる権利を売買する取引
投資のカギは「エッジ(優位性)」にあり。プロより個人投資家が有利な理由
トウシル:「権利」を売買するオプション取引は、予測が外れると購入額(プレミアム)が全額ゼロになるハイリスク取引ですね。深い知識と厳格な資金管理が不可欠な取引です。
ポールさん:この失敗は私に大切な教訓を与えてくれました。相場で勝ち続けるために何より不可欠なことは、ご自身の「投資におけるエッジ(優位性)」や「強み」がどこにあるのかを正しく理解することです。これを見失うと、どれだけ知識があっても勝ち続けることは難しくなります。私のオプション取引での大失敗は、まさに自分のエッジを無視した結果でした。
トウシル:ポールさんほどのプロでも、自分のエッジから外れると勝てないものなのですか。
ポールさん:オプション取引という世界では、私が得意とする企業のビジネスモデルの分析や、長期的なファンダメンタルズの視点はほとんど重要視されません。代わりに重視されるのは、短期的なイベントの予測やテクニカル分析、そして個別銘柄の需給関係です。これらは非常に予測が困難であり、何より私の強みではありませんでした。
自分のエッジではない領域で戦ってしまったため、結果として大きな損失を出すことになったんです。この経験から「自分のエッジが及ばない場所には絶対に手を出してはいけない」という教訓を痛烈に学びました。
トウシル:では、プロのファンドマネージャーと比較したときに、私たち個人投資家が持っているエッジとは何なのでしょうか。
ポールさん:個人投資家が持つ最大のエッジは「長期的な時間軸」です。これはプロに対して大きな優位性になります。プロのファンドマネージャーは、顧客のお金を預かって運用している以上、四半期ごとのパフォーマンスを厳しく問われます。
四半期ごとの成績が悪ければ、どれだけ将来性に自信がある銘柄であっても、顧客からの解約や説明責任のプレッシャーを受けることがあります。しかし、個人投資家にはそのような短期的な制約が一切ありません。
トウシル:じっくり待てること自体が最大の武器なのですね!
ポールさん:そのとおりです。さらに、ある製品を実際に使用する熱心なユーザーであったり、ご自身の本業において特定の分野の専門知識を持っていたりするなら、プロのアナリストよりも早く市場のトレンドを察知できる場合があります。それも個人投資家ならではの強力なエッジになり得ます。自分がよく理解し、かつ長期でじっくりと待てる領域だけで戦うべきです。
トウシル:自分のエッジを理解した上で、実際の資金配分において気をつけるべきポイントはありますか?
ポールさん:もう一点、長期投資において大きな損失を回避するために極めて重要なのが、「ポジションサイジング(投資額の調整)」です。投資をする際、どの銘柄にも同じ金額を均等に投じるのではなく、ポジションのサイズは、その投資に対する自分自身の確信度、あるいは自分のエッジの大きさに比例させるべきです。
確信度が低ければ小さく買い、自分の得意分野で勝算が非常に高いと判断したときに初めてポジションを大きくします。この適切なサイズ管理を徹底していたからこそ、私はいくつかの失敗を経験しながらも、致命傷を負わずに資産を拡大させてFIREを達成することができました。
ホットな時に買うな!悲観の中にチャンスを探す
トウシル:自分の強みを理解し、適切な投資額で戦うことが大切なのですね。それでは、現在のポールさんが実践されている、具体的な投資手法について教えてください。
ポールさん:私が現在採用しているのは「バーベル戦略」と呼ばれる手法です。筋トレをするときに使用する「バーベル」の両端のように、対極にある二つのセクターを組み合わせてポートフォリオを構築しています。
具体的には、ポートフォリオの一端に未来の成長をけん引するイノベーションとしての「AI・テクノロジー株」を置き、もう一端にはインフレ対策や地政学リスクへのヘッジとして「エネルギー・資源株(石油やウランなど)」を配置しています。
トウシル:ハイテク株とエネルギー株。確かに全く毛色の異なる組み合わせです。
ポールさん:フィデリティ投信時代に学んだことの一つに「個別銘柄の差よりもセクター(業界)選びの方が重要である」という法則があります。
例えば、どの石油会社を選ぶかという細かい分析よりも、そもそも今この瞬間に石油セクターに投資をするかしないかという意思決定の方が、リターンに与える影響がはるかに大きいのです。銀行や資源セクターは、業界全体が同じ値動きをする傾向が強いですからね。
トウシル:だからこそ、マクロの視点でセクターの組み合わせを考えるわけですね。
ポールさん:そのとおりです。毎日市場の動きをチェックしていますが、デイトレードをしない、私のような長期投資家であっても、セクターの相関関係はよく見えます。
大抵の場合、テクノロジー株が上がる日は石油株が下がり、逆に石油株が上がる日にはテクノロジー株が下がります。この二つを組み合わせることで、日々の資産変動に対して一定のヘッジ効果を期待できます。
トウシル:テクノロジーの中でも、特にAIセクターの未来には強い確信をお持ちなのですか。
ポールさん:非常に強い確信を持っています。
世の中の多くの有形資産は、つくりすぎると供給過剰になって価値が暴落します。パンを無限に作っても需要には限界がありますし、石油も同様です。しかし人間の知恵やインテリジェンスには、つくりすぎや飽和という状態は起こり得ないでしょう。
トウシル:知恵に対する需要は、人類にとって無限であるということですか?
ポールさん:そう考えています。新しい長寿の薬の開発や、想像もつかないようなテクノロジーの進歩など、知恵への投資のリターンは、長期的に存在し続ける可能性があると考えています。現在もAIは恐ろしいスピードで進化を続けていますから、この知恵の需要が伸び続ける限り、テクノロジーセクターへの投資価値は大きいと考えていいでしょう。
トウシル:一方で、もう一端のエネルギーセクター、特に石油やウランなどに注目されたのはなぜですか。
ポールさん:コロナ禍の直後、石油やエネルギー関連の株価が極端に売り込まれて安くなっていた時期がありました。先ほど申し上げた通り、投資でやってはいけない最大の過ちは「世の中が非常にホットになっている時に高値で飛びつくこと」です。逆に、多くの人が悲観し、市場が冷え切っている時こそがチャンスになります。
フィデリティ投信時代の元同僚たちと連絡を取り合う中で、エネルギーやパイプラインの価値に対して株価が安すぎるという議論になり、そこから仕込みをはじめました。現在のAIの進化には膨大な電力やエネルギーが必要不可欠ですから、この「AI」と「エネルギー」の二つのメガトレンドは、実は裏で深くつながっていると考えています。
安心して暮らせる日本で、米国企業の成長を取り込む
トウシル:ポールさんは米国株を中心に世界中の資産へ分散投資をされていますが、これから本格的に米国株投資や海外資産への投資をはじめようとしている日本の個人投資家へ向けて、アドバイスをお願いします。
ポールさん:私が考える個人投資家にとって理想的な生き方の一つは「日本に住みながら米国の市場に投資をすること」です。これは日本の個人投資家にとって、非常に合理的な生存戦略の一つではないかと思います。
トウシル:「日本に住んで、米国に投資する」が最強ですか? 詳しく理由をお聞かせください!
ポールさん:まず、世界的に見ても、日本ほど治安が良く安心して幸せに暮らせる国はありません。夜遅くに外を歩いていても犯罪に巻き込まれる心配が少なく、医療や生活保障制度もしっかりしています。
米国のシアトルや大都市に行けば、ホームレス問題や治安の悪化、高額な医療費など、非常に厳しい現実があります。米国は一部のエリートにとっては大富豪になれる夢の国ですが、多くの一般人にとっては生存競争が非常に残酷な社会でもあるのです。
トウシル:住む場所としては、日本が圧倒的に快適であるということですね。
ポールさん:日本という素晴らしい平和社会の恩恵を受けながら、世界のイノベーションをリードし続けている米国の企業に投資をして、そのリターンを受け取る。これが幸福度と合理性を両立しやすい投資スタイルだといえます。
FIRE生活10年。次の夢はヨットで世界一周
トウシル:ポールさんはFIREを達成されてから約10年間、ご自身の人生の重点を家族やコミュニティーへと移されてきました。これからの人生における次の目標や夢は何でしょうか。
ポールさん:今、私が住んでいる米国のシアトル周辺は、カナダも含めて世界でも指折りのヨットの名所で、私自身もこれまでヨットでアラスカやカナダまで航海をしてきました。そしてこれからの最大の夢は、ヨットでの世界一周を成し遂げることです。
中東の不安定さなど、世界情勢も考慮しながら計画を進めなければなりませんが、時間の自由を手に入れたからこそ挑戦できる、大きな夢の一つです。
トウシル:ぜひその際には日本にもお立ち寄りください! その夢が実現する日を、日本の多くの投資家とともに心から楽しみにしています。本日はスケールの大きなお話をありがとうございました!
▼前編はこちら
「20代の1ドルは50代の10ドルになる」 米国株投資家 ポール・サイさんインタビュー[前編]
(トウシル編集チーム)

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