今回は、日本でもこれまで以上に話題に上がることが多くなっている「台湾有事」について、改めて考えてみたいと思います。中国の習近平国家主席は台湾問題をどう捉えているのでしょうか。
改めて考える~「台湾有事」とは何か?
日本や欧米、香港やシンガポールを問わず、大きな資金を預かり、運用している機関投資家と議論する際、しばしば地政学リスクが話題に上がります。
「中国の実質国内総生産(GDP)が1%下がった」という類のニュースよりも、地政学リスクのような、世界経済の構造そのものをめぐる長期トレンドに「地盤沈下」のごとく影響を与える事象を定点観測し、それが原因で市場が揺れる「Xデー」に向けて備えておきたいということなのでしょう。
「台湾有事」の現状や行方について、彼らからしばしば以下のような質問を受けます。私がこの言葉にかぎかっこをつけているのには、理由があります。
「台湾有事って本当にあるのですか?」
「台湾有事はいつ起こりますか?」
「中国の台湾侵攻はいつになる見込みですか?」
私から見ると、このような質問には違和感を覚えます。例えば、「台湾侵攻」という言葉。後述するように、習近平氏率いる中国共産党は「台湾統一」という政治目標を本気で狙っています。それは間違いありません。
問題は、いつ、どのように、その目標を達成するか、すなわち、時期と方法の問題です。その意味で言えば、「侵攻」というのは一つの手段ではありますが、必ずしもそれを通じて「統一」という目標を達成しようとするとは限りません。
また、「台湾有事」は起こるのかどうか、いつ起こるのか、という設問も、事の本質を見誤っていると思います。
中国の人民解放軍や海警局(日本の海上保安庁に相当)が、頻繁に台湾海峡や日本により近い台湾東部で軍事演習や[パトロール]を展開しています。
中国側は、頼清徳(ライ・チントー)総統を含めた、多くの台湾側の要人や議員を「台湾独立分裂分子」と呼び、政治的圧力をかけ続けています。
台湾における前政権、すなわち蔡英文(ツァイ・インウェン)政権が発足した2016年当時、台湾と国交を樹立していた国は22カ国ありましたが、それから10年が経ったいま、12カ国にまで減っています。
理由は明らかで、中国がこれらの国に経済支援、インフラ建設といった「アメ」をちらつかせ、アプローチすることで、台湾と断交させる政策が功を奏した、裏を返せば、台湾への外交圧力が強化されているということです。
国際機関への参加も制限されるようになっており、台湾が生存、発展するための「国際空間」はますます収縮しています。
整理すると、中国は、政治、軍事、外交、経済、世論といった分野にまたがり、台湾への圧力を複合的に強化しており、現状はもはや「平時」ではありません。日本においてこれほど「台湾有事」という言葉が普及し、政府や企業、地方自治体を含め準備や対策に乗り出すようになったのも、日本と日本人が台湾有事を自分ごととして捉えるようになってきたからです。
つまり、「台湾有事」はすでに起きている。問題は、「有事がどう推移していくか」。現状維持なのか、これまで以上に緊迫していくのか、それとも情勢が緩和する可能性があるのか。「有事の存在」を前提に、それらを丁寧に追っていく必要があると思っています。
習近平氏が語る「台湾問題の解決」と「祖国の完全統一」
中国は台湾問題をどのように捉えているのでしょうか。
7月1日に北京で行われた中国共産党創立105周年記念式典において、習近平総書記が談話を発表し、台湾問題について語っています。
「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現することは、わが党が揺るぐことなく追求してきた歴史的任務であり、全ての中華民族の子女に共通する願いである」
「新時代における党の台湾問題解決の基本的方略を深く貫徹し、『一つの中国』原則と『九二コンセンサス』を堅持し、広範な台湾同胞を結集し、両岸の交流・協力と融合発展を深化させるとともに、『台湾独立』を掲げる分裂勢力を断固として取り締まり、外部勢力の干渉に反対し、祖国統一の大業を揺るぎなく推進しなければならない」
注:「九二コンセンサス」とは、1992年、中台双方の窓口機関の間での事務レベルの折衝過程で、「一つの中国」原則に関して口頭で確認されたとされる共通認識の通称。中国側はこれを「一つの中国原則を口頭で確認した合意」と解釈。一方の台湾の国民党は「一つの中国の中身についてそれぞれが(中華民国と中華人民共和国と)述べ合うことで合意した」と解釈している。このように、この合意をめぐり、中台双方の解釈は異なる。
習近平氏が「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現すること」を中国共産党にとっての「歴史的任務」と明確にうたっています。そして、その目標を実現するための手段・アプローチとして、「新時代における党の台湾問題解決の基本的方略」を深い次元で貫徹していくと主張しています。
私から見て、習氏が近年主張する「新時代における党の台湾問題解決の基本的方略」という概念が重要です。「方略(ほうりゃく)」というのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、「目的を達成するためのはかりごと、計画、手だて、または具体的な方法やストラテジー(戦略)」を指します。
私の理解では、「方略」は「戦略」よりも大きく、マクロ的であり、これを「台湾問題の解決」という目標に適用させると、中国は、あらゆる可能性を排除せず、あらゆるシナリオを念頭に、あらゆる方法を大きく、広く、オープンに考えていることが分かります。
しかも、「方略」の前に「基本的」という形容動詞をつけることで、さらに(良くも悪くも)あいまいにしているのです。
要するに、「侵攻」ありきなどでは決してなく、もっと言えば、可能な限り武力行使という経済やレピュテーションを含め不確実で甚大な代償を伴う方法ではなく、政治、軍事、外交、経済、世論といった複合的見地から台湾に対する圧力を強め、台湾側を「統一」に向けた攻防や交渉の場に引きずり出し、可能な限り[平和的]に解決したいと考えているのでしょう。
その意味で、引きずり出すためのプロセスはとっくに始まっている。「台湾有事はすでに起きている」と私が考える所以(ゆえん)です。
イラン、ウクライナだけでなく…台湾問題でも鍵を握るトランプ大統領
この期間、欧州と中東では戦争が起こってきました。
言うまでもなく、戦争の当事者たちが納得し、互いの利益を主張しつつも、交渉によって落としどころを見つけ、停戦、そして終戦に持ち込むことがその地域に生きる人々にとっても、世界経済やビジネスにとっても最適解なのでしょう(ここでは、戦争が勃発、継続によってもうかる企業や得をする国家については深入りしません)。
それで言うと、ロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領のそれぞれとどのようなテーマについて話し、場合によっては両者間を仲介するという意味で、やはり米国のトランプ大統領の動向が最大の注目ポイントといえるでしょう。トランプ氏は昨年1月の大統領就任に際し、「ウクライナで戦争を終わらせる」ことを一つの[公約]に掲げていました。
イラン情勢に関しては、トランプ氏の思惑や言動はより重要といえます。イラン、イスラエル、その他中東地域をはじめとするその他のステークホルダーたちとどう折り合いをつけるのか。中東が落ち着きを見せるかどうかは「トランプ次第」と言っても過言ではありません。
そして、この論理は、「台湾有事」にとっても相当程度当てはまると私はみています。
本連載でも扱いましたが、5月中旬、トランプ氏が2泊3日の旅程で中国を訪問し、習近平氏と首脳会談を行う過程で、米中両首脳は「台湾海峡で戦争はしない」という一種の、暗黙の了解を得たのではないかという解釈をしました。約束などしていませんし、記録にも残っていません。
ですから、いつどのような形でこの[合意]が破られるかは分かりません。
ただ、ここで大事なのは、中国が、「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現」する上で、最大の阻害要因が、米国による(特に軍事レベルにおける)干渉と介入だと考えている点です。
要するに、中国側がどのような行動を取ることで、米国側が介入してくるのか、という思惑や戦略を互いに見極める必要があるということです。それ次第で、中国側が「基本的方略」に基づき、米国の介入を招かないギリギリのラインでアクセルを踏んでくるかもしれないということです。
それが、「台湾有事」の緊迫を意味するのか、それとも緩和を意味するのか。最後は、習近平氏の政治的決断にかかっているというのが私の見方ですが、その決断に影響を与えうる最大の外部要因が、トランプ氏の動向ではないか、というのが私の仮説です。
「台湾有事」は、当事者である台湾だけでなく、日本を取り巻く安全保障環境、ひいては、冒頭で引用した機関投資家たちが懸念するように、世界経済や株式市場にも甚大な影響を及ぼす可能性のある問題でありテーマです。私自身真剣に定点観測し、この連載でも適宜取り上げていきたいと思います。
(加藤 嘉一)

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