2026年7月17日、日経平均株価はAI・半導体株を中心に大幅下落しました。こうした相場の急変は、相続の現場に思わぬトラブルを運んできます。
はじまりは「遺産分割協議後の株価暴落」から…
70代で亡くなった佐藤一郎さん(仮名)の相続人は、長男の健一さん(仮名・40代)、長女の由美さん(仮名・40代)、次男の直樹さん(仮名・40代)の3人でした。一郎さんの遺産のうち動産は、預貯金約2,000万円と株式および投資信託8,000万円、総額約1億円です。
3人は当初、値動きのある株式について、誰が相続するかを巡って対立していました。協議を重ねた結果、2024年6月ごろ、長男の健一さんが株式と投資信託の大部分を取得し、その時点の評価額を前提として、由美さんと直樹さんにそれぞれ一定額の代償金を支払う内容で遺産分割協議書を取り交わしました。
もっとも、証券口座の名義変更や売却手続、必要書類の収集には時間がかかります。手続が完了しないまま迎えた同年8月上旬、日経平均株価が歴史的な急落に見舞われ、健一さんが取得する予定だった株式・投資信託の評価額が大きく下落しました。
すると健一さんは、「株価が大幅に下がったのに、6月の高い評価額を前提に決めた代償金をそのまま支払うのは納得できない」と主張し、金額の減額や遺産分割のやり直しを要求。すでに遺産分割協議書を締結していたにもかかわらず、株価下落の負担を誰が引き受けるのかを巡り、解決したはずの相続問題が再び紛争になったのです。
株価下落→遺産分割やり直しは通用する?
株式や投資信託には日々値動きがあるため、遺産分割協議では、協議時点の評価額と、実際に名義変更や売却が完了した時点の価格が一致しないことも珍しくありません。実務上も、通常想定される範囲の値動きまで考慮して、細かな評価基準日や調整方法を遺産分割協議書に定めるケースはまれです。
もっとも、2024年8月2日から5日にかけて日経平均株価が約12%下落したような局面では、健一さんが「高い株価を前提に決めた代償金を、そのまま支払いたくない」と感じること自体は理解できます。
2025年4月にも、米国の関税政策への懸念から、日経平均株価が3万5,900円台から一時3万700円台まで急落しました。
こうした中、相続人全員が協議し、健一さんが「株式を取得する代わりに、由美さんらに一定額の代償金を支払う」という内容の遺産分割協議書を締結した以上、原則として、その合意には拘束力があります。
株価は上昇する可能性も下落する可能性もある財産です。協議書に価格変動時の調整条項がなければ、株価が下落したという事情だけで合意を白紙に戻したり、代償金を一方的に減額したりすることは難しいでしょう。
健一さんは、株価の急落を理由に協議のやり直しを主張しています。しかし、もし仮に株価が高騰していたとしたら、健一さんがその利益を得ていたはずでしょう。よって、下げたときだけやり直しはおかしい、というのが法的な考え方です。
詐欺や強迫、重大な認識の食い違いなど、合意の効力を争う特別な事情があれば別ですが、単に「その後、予想以上に株価が下がった」という事情だけでは足りません。健一さんは、株式の値上がりによる利益を得る可能性とともに、値下がりのリスクも引き受けたと評価されるのが基本です。
「株式を含む遺産分割」で揉めないために
株式を多く含む相続では、評価額だけでなく、合意から名義変更・売却までの価格変動を誰が負担するのかを決めておくことが重要です。
具体的には、基準日を明確にした上で、一定以上の変動があった場合に限って代償金を調整する方法です。例えば、「2026年7月31日の終値で株式を評価する。ただし、実際の名義変更日までに評価額が20%以上変動した場合は、変動後の価格を基準に代償金を再計算する」といった条項です。
数%の通常変動では再協議せず、暴落や急騰の場合だけ調整することで、合意の安定性と公平性の両立を図れます。
なお、より明確なのは、株式を売却した実際の手取り額を割合で分ける「換価分割」です。
「株式と投資信託を売却し、税金や手数料を控除した残額を、長男40%、長女30%、次男30%の割合で取得する」と定めれば、売却までに株価が上下しても、相続人全員が同じ割合で値動きの影響を受けます。これにより、固定額の代償金を定める場合に比べ、「誰かだけが暴落を負担する」という争いを避けやすくなるでしょう。
そのほか、協議書に、売却対象や売却期限、売却を担当する相続人、税金・手数料の負担、売却代金の分配期限を記載しておくという方法も考えられます。一方の相続人だけが売却時期を自由に決められる状態では、「もっと早く売るべきだった」「値上がりを待つべきだった」という別の紛争が生じるからです。
株式相続では、正確な将来価格を予測することはできません。だからこそ、具体的な金額だけを固定するのではなく、暴落時の調整条件や、実際の換金額を分ける割合まで、あらかじめ合意しておくことが有効です。
株式相続では「価格」より「変動リスク」を分ける
今回取りあげた事例について結末を話すと、なかなか折り合いがつかず、すでに遺産分割協議書があることを前提に、「遺産分割後の紛争調整調停」という特殊な手続を行うに至りました。
もっとも、一度合意した以上、簡単に異なる分割案では調整ができなかったところ、幸いにも株価が下落前の水準まで回復したことで、これなら当初の合意書通りでよいと双方納得して、解決に至ったのでした。
株式を含む遺産分割では、合意時の評価額と、実際の名義変更・売却時の価格が大きく異なることがあります。暴落後に不公平感が生じても、一度成立した遺産分割協議を株価下落だけでやり直すのは容易ではありません。
株価を正確に予測することはできません。だからこそ、値動きの大きい近年の市場環境では、誰が価格変動のリスクを負うのかまで見据えて遺産分割協議を作成する必要性が高まっているといえるでしょう。
※本稿の事例は実際の事件をもとにしていますが、守秘義務およびプライバシー保護のため、登場人物は全て仮名とし、人物関係、年齢、財産額その他の事情を一部変更しています。
(山村 暢彦)

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