東京駅から1時間余りという通勤圏の場所にありながら、立地する県の住民から「あの駅の周りには何もない」と嘆く声を耳にしていた駅があります。関東地方の新幹線駅としては所在地が唯一「町」にある駅、上越新幹線の上毛高原駅(群馬県みなかみ町)です。
筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)はみなかみ町を10回近く訪れていますが、上毛高原駅は一度も利用したことがありませんでした。訪問時は多くの場合、高崎から上越線の蒸気機関車(SL)が牽引する列車「SLぐんま みなかみ」(現在は運休中)に乗り込み、水上(みなかみ町)で降りていたためです。
「周りには何もない」と聞いて探究心をそそられたこともあり、東京から上毛高原まで上越新幹線に乗り、路線バスに乗り換えて猿ケ京温泉へ向かう旅行に出かけました。わずかな時間の経由地のつもりで下車した上毛高原でしたが、散策すると“拠点駅”としての立ち位置があることに気づきました。
上毛高原は国鉄時代の1982年11月15日、上越新幹線が大宮―新潟間で開業したのに伴って産声を上げました。国鉄の分割民営化で87年4月1日にJR東日本へ引き継がれ、「びゅうプラザ」の前身となる旅行センターも開設されました。
ところが、名称が「びゅうプラザ」に変わった旅行センターは1998年10月に閉鎖。「みどりの窓口」も2023年11月30日で営業を終えました。
背景には、停車する列車が上下それぞれおおむね1時間1本で、利用者数が低迷しているという事情があります。JR東日本によると、2024年度の1日当たり平均乗車人員は744人と、上越新幹線で最少でした。
飾られたヘッドマークに隠された意味上毛高原は2面2線の相対式プラットホームで、高崎・大宮・東京方面の列車が発着するのが1番線、越後湯沢(新潟県湯沢町)・長岡(同県長岡市)・新潟方面は2番線です。
東京発新潟行き「とき」を上毛高原で降りたのは、筆者を含めてほんの数人。階段を下りると、改札口の脇に「SLぐんま みなかみ」の円形のヘッドマークが飾られていました。これは1940年製のSL「D51形498号機」の先頭部にかつて装着されていました。
ヘッドマークには、みなかみ町と湯沢町の境界にある日本百名山の一つ、谷川岳をバックに飛ぶタカが描かれています。この絵にはメッセージが隠されており、タカは下り列車の出発駅の高崎を指し、谷川岳がそびえる水上へ向かう列車という意味が込められています。
自動改札機を通って改札外に出ると、正面に待ち構えているのが利根沼田広域観光案内所。左手にきっぷ売り場、右手にコンビニ「ニューデイズ」があります。
案内所の奥には自動扉で仕切られた待合室があり、冷房が効いた室内にいすが並んでいます。正面の画面には次の列車の発車時刻や行き先などを表示しており、その下のモニターには観光のPR動画が流されていました。
駅の西口と東口をつなぐ通路沿いには駅そば店と、飲み物や土産物を販売する「イヌワシストア」があります。さらに通路を挟んだ反対側に待合室があるにもかかわらず、ベンチが置かれたコーナー「tanigawa hanare(タニガワハナレ)」があります。
奥には、岩肌がむき出しになった絶壁があり、命綱のザイルを身に着けてヘルメットをかぶり、リュックサックを背負ってロッククライミングをする人物の後ろ姿が視界に入ったのです。
その絶壁は、同じみなかみ町内の谷川岳東麓にあり日本三大岩場の一つとなっている「一ノ倉沢」をほうふつとさせます。ロッククライミングをしているのは人形で、駅構内に谷川岳の景色を再現していました。
このタニガワハナレは、JR東日本グループのミネラルウオーター「From AQUA(フロムアクア)」の発信“拠点”でした。
フロムアクアは谷川連峰直下1000mのトンネル内を水源としており、近くにある上毛高原は「採水地の玄関口」の位置づけです。そこで、「谷川岳の離れ」のような空間としてタニガワハナレを2017年7月に開設しました。
絶壁の手前には、商品の沿革を説明したパネルや、記念撮影用に実物より大きくしたフロムアクアのペットボトルの写真パネルを陳列。左脇に置いた自動販売機では、お膝元で採水されたフロムアクアを買えます。
フロムアクアの前身は、旧国鉄が1984年に売り出したミネラルウオーター「谷川連峰の源水 大清水(おおしみず)」です。上越新幹線の大清水(だいしみず)トンネル(全長2万2221m)の掘削工事中に出てきた大量のわき水が美味だったため、商品化されました。
読み方がトンネル名と異なる「おおしみず」を採用したのは、「おいしい水」と似た響きがふさわしいとの判断もあったそうです。
上毛高原の西口には、住宅が点在しています。一方、東口にはみなかみ町観光協会、トヨタレンタカー上毛高原駅前店があるものの、中核となる集客施設はありません。
つまり、駅周辺に建物はあるものの、目的地となるような施設が不在のため「周りに何もない」と言われているのだと納得しました。
ただ、東口を出た場所には、バス停留所の標識が行き先別に3本並んでいました。上毛高原は在来線に接続していない代わりに、群馬県北部に路線網を持つ関越交通(群馬県渋川市)の路線バスの発着“拠点”となっているのです。
1番乗り場が水上駅・谷川岳ヨッホ行き、2番乗り場がともに上越線の後閑駅・沼田駅・沼田市保健福祉センター前・老神温泉・尾瀬戸倉・大清水行き、3番乗り場が猿ケ京行きでした。筆者は、「とき」で上毛高原に到着した28分後に出る猿ケ京行きバスに乗り換えました。
JR東日本管内の自動販売機やニューデイズで広く売られているフロムアクアの採水および情報発信の拠点があり、路線バスの発着拠点も備えている上毛高原。一見すると閑散としていながらも、地元が誇る名水とバス網の“拠点駅”としての役割はしっかりと果たしていました。

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