トヨタ・レーシング 中嶋一貴副会長 インタビュー前編

 トヨタ・レーシング副会長としてWEC(世界耐久選手権)でチームディレクターを務めながら、若手ドライバーの育成も担当する中嶋一貴。日本人として初めてル・マン24時間で3連覇を達成し、モータースポーツの最高峰F1でも戦ってきた彼が今、情熱を注いでいるのが世界のトップカテゴリーで活躍できる日本人ドライバーの育成だ。

 かつて自身も歩んだモータースポーツの本場ヨーロッパのフォーミュラカーレースに今、トヨタの若手たちが挑んでいる。トヨタの育成プログラムの現状と、直面している課題とは? そして、日本人F1ドライバー不在の現状をどう見ているのか? F1オーストリアGPが開催されたレッドブルリンクで、F1フォトグラファーの熱田護が中嶋に話を聞いた。

トヨタの若手育成は「まだまだ足りないところが多い」 中嶋一貴...の画像はこちら >>

【F1ステップアップの分かれ目は?】

熱田護(以下、熱田) 中嶋さんは現在、トヨタのドライバー育成プログラム「TOYOTA GAZOO Racing ドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)」に関わっていますが、どんな基準で育成ドライバーを選んでいるのでしょうか?

中嶋一貴(以下、中嶋) いきなり難しい質問ですね(笑)。いろいろな要素がありますが、技術的な部分で言えば、純粋なスピードだけでなく、安定感や適応力といった要素にプラスしてコミュニケーション能力も必要です。

 もちろん人間性の部分も非常に大事になってきますが、人それぞれキャラクターがあるので、「これが絶対に正解だ」というのはないと思います。あと日本と海外のレースでは、求められるものは微妙に違ってくる部分もあります。

熱田 TGR-DCの最終的なゴールはF1ですか?

中嶋 F3やF2などのジュニア・フォーミュラのプログラムのドライバーに関しては、そういう側面が強いと思います。モリゾウさん(トヨタ自動車・豊田章男会長)が2024年秋にハースとの提携を発表する時におっしゃっていましたが、若いドライバーがまず何を目指すかと言えば、一番尖った部分、つまり世界一速いF1というクルマに乗ることです。それが自然なことだと思いますし、自分自身が若い頃もそうでした。そういう意味で今、トヨタの育成プログラムでF1を目指せる環境があるのはすばらしいことだと思います。

 F1を目指すことで、若い子たちがドライバーとしてより成長できるチャンスがあると思っていますが、個人的にはF1ドライバーになることがすべてだとは考えていません。成長していくなかで、F1ドライバーになることができればすばらしいですが、たとえF1に乗れなかったとしても、それ以外のフィールドでも活躍できる素養がどんどんついていくと考えています。

 僕たちの活動についてちょっと大げさな言い方をすると、F1を目指して活動していく若い選手たちをサポートし、彼らがいろいろなカテゴリーで活躍していってくれることが、巡り巡ってモータースポーツの発展につながっていくと思っています。

熱田 僕はこれまでカメラマンとして国内外でたくさんの日本人ドライバーを見てきました。F3や F2までステップアップしてきた選手はどこか光るところがあるから、ここまで来ることができたわけじゃないですか。そのなかでうまくいった人といかなかった人がいます。もちろん運やタイミング、その時代の経済状況など、いろんな要素が絡みますが、中嶋選手、小林可夢偉選手、佐藤琢磨選手のようにF1にステップアップできた人とできなかった人の差はどこにあると思いますか?

中嶋 F1に乗れる、乗れないに関しては、最後はもうタイミングの要素が大きいので、乗れたら成功、乗れなかったら失敗という評価にならないと、個人的には思っています。ただ、メーカーの育成プログラムでヨーロッパのF3やF2に連れてくるようなドライバーは、純粋にマシンを転がす才能に関して言えば、間違いなく全員がそれなりのものを持っています。

 それでもうまくいく人といかない人が出てきますが、それはドライバーが環境に合う、合わないという部分や、本人だけでなくチームの実力不足が原因かもしれません。そこに関しても、さまざまな要素がからんできます。

 僕らの仕事は、それぞれのドライバーの個性にある程度合った環境にしっかり入れてあげることが大事だと思います。適切ではない環境の下で戦うことは、ドライバーにとって大きなハンデにはなってしまう。なんでもかんでもお膳立てしてあげるという意味ではないですが、やっぱりドライバーが実力を発揮できるような環境を整えてあげることが、僕らに求められることだと思っています。

 もうひとつポイントになるのは、今のトヨタのプログラムでは日本である程度育ってから海外に連れてくるというステップになっています。もちろん日本で学べることもたくさんありますが、海外で必要な要素をできる限り早い段階で学べる機会を作ってあげることも大事だと思っています。

 そういう準備もなしにポンと海外のレースに放り込んでいった時に、たまたまそれでうまくいくドライバーもいるのでしょうけど、そうじゃない人もいます。でもヨーロッパの自動車メーカーやF1チームなどの育成プログラムを見ていると、とにかく必要な要素を全部学べる機会をきちんと作ってやったうえで、「ではレースを戦ってください」という感じになっています。

 そういう環境と比べると、まだまだ僕らも足りないことがあると思いますし、とくに日本人は育ってきた環境や言語も含めて違うというハンデを抱えたなかで、ヨーロッパ人の若い子たちと同じ位置から「よーい、ドン」で戦うのは非常にハードルが高いと感じます。

【トップドライバーが持っているもの】

熱田 トヨタは1995年にフォーミュラ・トヨタ・レーシングスクール(FTRS)を設立し、ドライバー育成の取り組みを始めています。そして2020年、FTRSの仕組みを受け継ぎ、TGR-DCがスタートしていますが、まだ課題が多いということですね。

中嶋 そうですね。TGR-DCとして本格的な育成プログラムがスタートして、それほど時間が経っていませんので、まだまだ足りないところが多いです。周りを見わたすと、メルセデスの育成はすごくよくできていますが、彼らには長い経験があり、人材やノウハウも積み上がっています。そこに比べるとTGR-DCは体制面も含めてまだまだこれからですが、意識としてはメルセデスのようになっていかなければならないなと思っています。

熱田 中嶋さんは日本の入門用のフォーミュラレースを経験したあと、ヨーロッパに渡ってF3と、F2の前身であるGP2に参戦。その後、F1にステップアップしてウイリアムズに乗って、のちにチャンピオンとなるニコ・ロズベルグ選手と2008~2009年にチームメイトになりました。日本からヨーロッパに来ると、とんでもなく速いドライバーがいるわけですよね。

たとえば、メルセデスの育成プログラム出身のキミ・アントネッリ選手もそういうドライバーのひとりだと思いますが。

中嶋 僕の経験で言わせてもらうと、想像もしないようなレベルの違いを感じたことはないです。まあマックス・フェルスタッペンはちょっと次元が違うかもしれませんが、ニコやルイス・ハミルトンも含めて、別に次元が違うというほどの差はないと、僕自身は思っていました。彼らの背中は見えてはいました。

 逆に言うと、もっと才能のある日本人ドライバーが若いうちからいろんな経験も積むことができれば、勝負はできると思います。角田裕毅選手だってそういうポテンシャルは十分にあります。平均的なレベルのF1のトップドライバーに比べても、そんなに違いはない。一発の速さに関してはそれほど変わりません。ただ高いレベルでコンスタントに走るという点が、トップドライバーとの最後の違いになると思います。

後編へつづく

<プロフィール>
中嶋一貴 なかじま・かずき/1985年、愛知県生まれ。トヨタ・レーシング副会長。2003年、フォーミュラトヨタでチャンピオンを獲得。

その後、トヨタの育成ドライバーとしてステップアップを重ね、2008年からF1に2シーズン参戦。2011年からフォーミュラ・ニッポン(現・スーパーフォーミュラ)に参戦し、2012年と2014年にチャンピオンとなる。2011~2019年にはスーパーGTのGT500クラスに参戦。2015年から世界耐久選手権(WEC)にもレギュラー参戦し、2018−2019シーズンには2勝して日本人初のチャンピオンとなり、ル・マン24時間では2018年から3連覇。2021年限りで現役引退。

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