「医師を労働者として見ていない」過労死ライン2倍の残業、“28時間勤務”許容も…財務省が「医学部定員削減」提言で労働組合反発
過労死ラインの約2倍にあたる年1860時間の時間外労働を医師にのみ例外的に認める制度や、実態と乖離した「宿日直許可」の乱発などが医師の過重労働を招き、医療の安全を脅かしている――。
日本医療労働組合連合会(医労連)と全国医師ユニオンは3日、厚生労働省に対し「勤務医の命と健康及び人権を守ることを求める要請書」を提出。
要請後の記者会見で両団体は、財務省が医学部定員の削減を提言していることなどにも触れつつ、「医師を労働者として見ていない」と訴え、労働法の適切な運用と、問題の速やかな解決を求めた。

深刻な医師不足と「働き方改革」の現状

要請の背景には、深刻な医師不足を、医師個人の長時間労働によって補わざるを得ない日本の医療提供体制がある。
国は2019年に働き方改革関連法を施行したが、医師については業務の特殊性を踏まえ、時間外労働の上限規制の適用を5年間猶予した。その後、2024年4月に適用されたものの、医師には一般の労働者とは異なる高い上限が認められている状態が続く。
全国医師ユニオンの植山直人代表は、夜間を含む長時間勤務や、病院からの呼び出しにすぐに応えなければならないオンコール対応などで、現場の過重労働は依然として深刻だと訴える。
要請書では、特に問題となっている点を4つ挙げた。
①時間外労働「年1860時間」の上限特例
まずは「年1860時間の時間外労働上限」である。一般的な過労死ライン(年960時間)の約2倍に相当するが、地域医療の維持や研修等のために不可欠な特定の病院で働く医師に対し、2036年3月末までの暫定的な特例として認められている。
植山代表は、そもそも一般の労働者と違う上限が設けられていることが問題だとしつつ、「例外措置の期限まで10年を切ったが、国からは、例外措置を縮小していくための具体的な工程表が示されていない」と指摘し、次のように述べた。
「医師の労働時間の短縮には、医師の確保や救急体制の再編など病院側にも多大な準備が必要だ。いまだ具体的な計画を示さない国の姿勢は、医療機関に対しても勤務医に対しても不誠実だ」
②「宿日直許可」の乱発
次に「宿日直許可」の問題だ。宿日直許可とは、本来「ほとんど労働の必要がない」軽度な業務であることを条件に、労働基準監督署の許可を得ることで、院内に泊まり込む時間を労働時間から除外できる制度である。
医師においては、定時的な見回りや緊急の文書収受など、身体的・精神的な負荷が極めて低い業務が対象とされる。
しかし、実態は、入院患者の急変対応や救急患者の診療といった通常の診療業務に追われているという。
要請書で示されたデータによると、労働基準監督署が出した宿日直許可の件数は令和2年(2020年)の144件から令和5年(2023年)には5173件へと急増。令和6年(2024年)には2715件と減少したが、植山代表は「本来の『宿日直許可』の趣旨から逸脱した不適切な許可が乱発されている実態がある」と批判した。
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医師の宿日直許可の件数(厚生労働省「医療機関の宿日直許可に関するFAQ」(2024年8月6日ver.))より

③労働時間から除外される「自己研鑽」
三つ目は、研修医や専攻医(専門医を目指す若手医師)の学習が「自己研鑽」名目で労働時間から除外されている問題だ。担当患者の診療に不可欠な標準的知識の修得は、本来は病院が命じるべき「業務」であるにもかかわらず、個人の自発的な研鑽として処理されているという。
④「地域枠制度」には人権侵害の疑い
そして、自治医科大学や大学医学部の「地域枠」制度が、医師の人権を侵害している問題も挙げられた。
地域枠制度とは医師偏在の解消を目的として導入された制度で、高額の修学金(奨学金)と引き換えに、大学卒業後9年間にわたり指定された地域での勤務を強制するもの。この制度については現在、入学前の説明が不足していること、修学金に年10%という高額な利息がかかること、長期にわたり勤務先を拘束すること等が違法・違憲だとして裁判が行われている。
植山代表は「医師偏在の問題をどう解消するのか。裁判で違法性が認められた後に考えるのでは遅い。厚生労働省は前もって考えておくべきだ」と述べた。

他業種との「法的不整合」

要請書では、医師の長時間労働が患者の安全に直結する問題であることも強調された。

トラックやバスの運転手には、安全確保のため1日の拘束時間に厳しい制限(原則13時間、最大16時間)が設けられ、違反には刑事罰も伴う。これに対し、医師には28時間の連続勤務が許容されており、植山氏は「法的な整合性が全く取れていない」と断じた。
全国医師ユニオンなどが行った「勤務医労働実態調査2022」では、8割以上の医師が「長時間労働は医療過誤の原因に関係している」と回答。また、日本外科学会の調査でも、医療事故の原因として「過労・多忙」が81.3%でトップだった。
一方で、こうした現場の窮状とは対照的に、政府内からは医療人材の削減を求める声も出ている。
医労連は5月15日、財務省の財政制度等審議会財政制度分科会が「医療専門人材が過剰になる」として医学部定員の削減を提言したことに対し、「現場の実態を無視した恣意的なデータに基づくものだ」とする抗議声明を発表している。
会見で医労連の森田進氏は、「財務省は、過労死ラインを超える医師の残業を前提とした厚労省の推計を根拠に、『医師過剰となることは既に確定的だ』などと断定している。医師を労働者として見ていない、扱わないと言ってるに等しい」と厳しく批判した。
日本の人口1000人あたりの医師数はOECD加盟31か国中29位(2022年データ)と低迷しており、OECD平均である3.76人に達している都道府県は現在一つもない。
医労連と医師ユニオンは、年1860時間の例外解消に向けた具体的な計画の公表や、実態に即した宿日直許可基準への改正、交代制勤務の導入、そして医師の増員など約20項目にわたる改善を求めている。


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