「もっと金が欲しいのか」——。街頭で活動していると、そう言って迫ってくる人がいるという。
1945年3月10日の東京大空襲で母と幼い弟2人を失った河合節子さん(全国空襲連事務局次長)らが7月17日、都内で会見し、「私たち空襲被害者は何もいただいた覚えはありません」と訴えた。
“総力戦”の中、軍人・軍属への年金などは支払われてきたが、民間人空襲被害者には国が援助していない。この事実を「ほとんどの方がご存知でない」と河合さんは指摘する。
そうした空襲被害者に一時金50万円を支給する「特定空襲等被害者に対する一時金の支給等に関する法律案」が野党8党会派と無所属議員によって、7月8日に参議院へ提出された。
全国空襲連運営委員長の黒岩哲彦氏は「政治路線や政策が異なる8党会派が一緒になって法律案を出したことは極めて画期的だ」と評価。
一方、「このまま会期が閉じられると、私たちの法律は審議未了、廃案になってしまいます。これは絶対に避けたい」とも語っており、河合さんも「もしこの機会を逃せば、本当に民間人の戦争被害がなかったことにされるのではないか」と恐れを口にした。

参議院で“吊るし”の状態続く

法案は、1941年12月8日から1945年9月2日までに国内で行われた空襲などの戦闘行為で負傷し、身体上の障害や外貌の醜状、精神障害が残る生存者に、国が一時金50万円を支給する内容だ。
対象は外国籍を含む約3000人と推計され、総額は約15億円程度の見込み。法案には被害の実態調査や犠牲者追悼事業の実施も盛り込まれている。
提出したのは立憲民主党、日本共産党、国民民主党、公明党、れいわ新選組、社会民主党、参院会派「沖縄の風」、チームみらいの8党会派と無所属議員で、空襲関連法案の国会提出は38年ぶりだという。
ただ、今国会に議員提出された参議院の法案21本のうち、委員会に付託されたのは1本のみ。同法案も審議入りの見通しが立たない“吊るし”の状態が続く。

「吊るし」とは、提出された法案が委員会に付託されず審議が行われない状態を指す国会用語だ。黒岩氏は、まず参議院厚生労働委員会に付託したうえで、発議者による趣旨説明の機会を与えるよう強く求めた。
全国空襲連によると、過去には旧社会党を中心に空襲関連の援護法案が14回提出され、当時の参議院社会労働委員会で趣旨説明や厚生大臣の答弁が行われた実績があるという。
黒岩氏は、1981年に園田直厚生大臣(当時)が「もう二度とこういうことをやっちゃならぬということが一貫して政治になきゃならぬ」と答弁した例を挙げ、委員会付託と大臣答弁の前例は「とても大事な事例だ」と語った。

“戦争PTSD”を裁判所が認定した意味

沖縄・民間戦争被害者の会の顧問弁護団長である瑞慶山(ずけやま)茂弁護士は、沖縄戦の被害実態を報告した。県民約60万人のうち約10万人が死亡したとされる沖縄戦では、精神的被害の存在すら十分に語られてこなかったと指摘。
2012年提訴の沖縄戦国家賠償訴訟と翌年の南洋戦・フィリピン戦訴訟では、那覇地裁と福岡高裁那覇支部が、原告の一部について戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を認定したという。
ただし、賠償請求そのものは、いわゆる「戦争被害受忍論(※)」によって退けられた。瑞慶山弁護士は「裁判所は事実を認定したが、請求は認めなかった。しかし最高裁もこの事実認定を覆しておらず、確定している」としたうえで、「司法が判断した戦争PTSDの認定を立法で生かして救済する責任が国会には当然ある。そうでなければ誰も救済されない」と主張した。
※戦争によって生じた犠牲・損害は国民が等しく受任しなければならず、国は補償を行う義務を負わないという考え方

「入り口にたどり着いただけ」

法案の成立には野党の賛成だけでは足りない。
約15億円の予算編成権は内閣にしかなく、支給実務を担う厚生労働省の設置法改正も内閣提出の法律でしか行えないためだ。

「全政党の賛成、内閣の賛成を実現しなければ、この法律は通りません」と黒岩氏。付託が進まない現状に抗議文の提出も考えたが、相談した議員から寓話“北風と太陽”を引いて「北風を吹かせるだけでは有害だ」と助言され、与党への働きかけを粘り強く続ける方針に転じたと明かした。
会見の終盤、河合さんは国会での審議や被害者救済が進まない背景について、「問題が全く知られていないことがある」と語った。
「人と話をしていても『えっ、全くないですか?』と言われるんですね。驚かれるんです」と河合さん。
軍人・軍属への年金などは広く知られており、「そうした手当がされているのであれば、民間人も何らかの援助をされていたに違いないという無意識の思いがあるのではないか」とみている。
街頭でかけられた「もっと金が欲しいのか」という言葉も、「すでに何らかの援助を受けているのに、それが不満で活動していると思われているのだと思う」と振り返った。
「そういう一般の方の認識がほとんどないというのが、広まっていかない理由なのかなと思う。それでもやっと法案を提出することができた。
ただ、入り口にたどり着いただけで、まだ中には入れていない。ちゃんと中に入れていただいて、話をちゃんと聞いてほしいです」(河合さん)


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