日本の水産業界は、漁獲量の減少や就業者の高齢化といった構造的な課題に直面している。その中で、尾鷲物産株式会社(三重県尾鷲市)は、自社養殖から加工、物流、販売までを一気通貫で手がける強固なバリューチェーンを構築し、持続可能な水産業の実現に向けて躍進を続けている。
- 漁業法改正を背景とした水産業界の再編と、ノルウェーをモデルとした成長戦略の推進
- 自社養殖から加工・物流までを一気通貫で担う強固なバリューチェーンの構築
- 海外市場への輸出拡大と、次世代の担い手確保に向けた労働環境の抜本的改善
漁業法改正とノルウェーに学ぶ水産業の未来像
──水産業界における資源の制約や技術の高度化について、市場の見立てと今後の戦略をどのようにお考えですか。
玉本 卓也 社長(以下、玉本) 2020年に、戦後間もなく制定された漁業法が約70年ぶりに改正されました。もともとの漁業法は、漁民の生活を守り、食料を調達するという目的で作られ、長らく機能してきました。しかし、1985年頃をピークに日本の水産漁獲量と生産額は減少し続け、就業者の高齢化も進んでいます。今回の法改正の大きな目玉は、資源管理の徹底と、一般企業の新規参入を促すための規制緩和です。
インターネット草創期にIT業界が劇的な変化を遂げたように、水産業界も今、大きな転換期を迎えています。私たちがモデルとしているのは、約50年前に同様の法改正を行ったノルウェーです。ノルウェーは国策として水産業を振興し、アトランティックサーモンなどを海外へ高く輸出するマーケティング戦略を構築しました。日本もそれに倣い、新たな業界の形を作ろうとしていますが、まだ道半ばというのが現状です。
──日本の水産業がノルウェーのような成長を遂げるために、何が課題となっているのでしょうか。
玉本 法律は変わったものの、これまでのやり方を続けてきた方々の意識や、現場の慣習が完全に抜けきっていない部分があります。漁業権の扱いなど、大枠では変わっていない部分も多く、規制緩和が現場レベルで浸透するまでには、もう少し時間がかかると見ています。
一気通貫のバリューチェーンと物流網がもたらす競争優位性
──御社の最大の強みや差別化のポイントはどこにあるとお考えですか。
玉本 私たちの強みは、お客様のニーズに合わせて部位別に細かく加工できる対応力と、市場に近いという立地条件にあります。輸送にかかるリードタイムが短いため、その分を加工時間に充てることができ、鮮度を保ったまま高品質な商品をお届けすることが可能です。
桑原 宏 取締役常務執行役員 (以下、桑原) それに加えて、自社で構築した物流網も大きな武器です。例えば、深夜に加工した魚を、翌日には中部や関西、さらには東南アジアの店舗にまで届けることができます。これは、歴代の社長が社員に「どんどん出張に行け」と推奨し、現場の営業マンたちが自らの足で稼いだ知見から生まれたアイデアです。会社にない機能を社員たちが自ら提案し、実行に移していく。そうした現場の推進力と好奇心が、尾鷲物産の強固なバリューチェーンを支えています。
──自社養殖と外部仕入れのバランスについては、どのような戦略をお持ちですか。
玉本 現在、年間約130万匹の魚を扱っていますが、中期的にはこれを200万匹まで引き上げたいと考えています。そのうちの約75%を自社養殖で賄い、残りの25%を外部からの仕入れとする方針です。すべてを自社で賄うのではなく、外部調達を残すことで、出荷タイミングのズレを補い、相場変動に対する柔軟性を持たせることができます。
桑原 魚の生産原価は、水温や季節によって毎月変動します。
海外輸出の拡大とグローバル市場を見据えたブランド戦略
──国内市場が縮小する中、海外需要の取り込みについてはどのようにお考えですか。
桑原 直近のデータでは、ブリの生産量の約30%が海外へ輸出されています。国内の生産量は年間約2000万匹で頭打ちとなっているため、海外市場への展開は不可欠です。政府も「緑の食料システム戦略」を打ち出し、ブリを重点品目として輸出を後押ししています。私たちが重視しているのは、単に輸出業者に魚を卸すのではなく、現地の小売店や外食チェーンと直接結びつくことです。例えば、回転すし「スシロー」を運営する株式会社FOOD & LIFE COMPANIES(以下F&LC)様<3563>のようなパートナーを通じて輸出することで、現地の顧客層や売れ筋の曜日など、生きたマーケット情報が入ってきます。末端の消費者がどこにいるのかを把握しながら販売網を広げていくことが、真のグローバル展開だと考えています。
玉本 海外では、天然資源の搾取に対する目が厳しくなっています。そのため、稚魚の段階から人工的に育て、持続可能な飼料を用いた養殖魚の需要が高まっています。私たちも、産学官、企業間連携等によりゲノム解析などの最新技術を取り入れた種苗(稚魚)の開発協力を行い、環境に配慮した高品質な魚の生産を目指しております。
海外市場への展開と次世代を見据えたM&A・投資戦略
──今後のビジョンや新たな領域への展開、M&Aの可能性についてお聞かせください。
桑原 国内の人口が減少する一方で、世界的には人口増加に伴いタンパク質の需要が急増しています。
また、海外展開においては、F&LCなどのパートナー企業とともに市場を開拓していくことが重要です。単に現地のインポーターに卸すだけでは、消費者の生の声やマーケティング情報が得られません。小売店と密に連携することで、どの曜日にどの価格帯で売れるのかといったデータを蓄積し、次の戦略に活かしています。
魚種についても、ブリだけでなく、世界中で認知度が高く調理法が確立されている「スズキ」の養殖に大きな可能性を感じています。スズキはエネルギー消費が少なく、効率的に育てることができるため、グローバル市場を攻める上での強力な武器になります。
今後、バリューチェーンをさらに強固にするためには、加工機能の拡充や、消費者へ直接販売する「真の6次産業化」も視野に入ってきます。その過程において、優れた技術や販路を持つ企業とのM&Aや資本業務提携は、成長を加速させるための重要な選択肢になると考えています。水産業界の未来を切り拓くため、あらゆる可能性を排除せず、果敢に挑戦を続けていきます。
──水産業の未来に向けたビジョンをお聞かせください。
桑原 水産業を持続可能なものにするためには、労働環境の抜本的な改善が急務です。
玉本 日本の水産文化、特に生魚を安全に美味しく食べるという文化は、世界に誇るべきものです。海外に進出する際にも、私たちが培ってきた徹底した衛生管理のノウハウが最大の武器になります。これからも、安全で高品質な魚を安定的に供給できるインフラを磨き上げ、世界中の食卓に日本の豊かな水産文化を届けてまいります。

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