【東証ウォッチ】機関投資家は企業をどう評価する?――東証アンケートに見る企業価値向上の条件

前回の「東証ウォッチ」では、企業側から見た「有意義な機関投資家との対話」について取り上げた。企業が投資家に対して求めていたのは、短期的な業績や株主還元への一方的な要求や形式的な質問ではなく、自社や業界に関する十分な理解を踏まえた中長期的な視点や投資家ならではの知見だった。

今回は、東京証券取引所(以下、東証)が2026年8月12日に公表した、「『取組みの進展が見られる企業』等に関する機関投資家アンケートの結果について」を取り上げる。これは、前回取り上げた企業アンケートと対をなしており、国内外の機関投資家を対象として、資本コストや株価を意識した経営の観点から「取り組みの進展が見られる企業」に関するアンケートを実施したものだ。このアンケートには74名(43機関)の投資家が回答しており、投資家が取り組みの進展を評価した企業は延べ300社となった。

機関投資家は企業による取り組みの何を評価し、何を改善してほしいと考えているのか。実は、企業が「対話から得たいと思っていること」と、投資家が「企業に求めていること」の距離はかなり近い。以下、本アンケートの結果から考察する。

投資家が評価する5つの取り組み

機関投資家は、企業のどのような取り組みを評価しているのだろうか。

【東証ウォッチ】機関投資家は企業をどう評価する?――東証アンケートに見る企業価値向上の条件
出所:東京証券取引所上場部「『取組みの進展が見られる企業』等に関する機関投資家アンケートの結果について」(2026年8月12日)p.5

東証は、投資家からの主な評価の声を、「①資本配分方針の明確化と進展」「②事業ポートフォリオ改革の進展」「③資本コスト・資本効率を意識した経営管理の進展」「④経営トップ・取締役会の強力なリーダーシップ」「⑤情報開示・IRの進展、対話を通じた取り組みの改善」の5つに分類している。

これらを踏まえると、投資家が評価している取り組みは、大きく分けて以下の3つに整理できる。

(A)資本をどう使って資本収益性や成長力を高めるか(①~③) (B)企業価値を高める取り組みに対する実行力があるか(④) (C)投資家との対話をどう活かすか(⑤)

(A)で問われているのは、企業の資本をどう配分し、稼ぐ力や成長力を高めるのか、という視点だ。ここでは、成長投資と株主還元のバランスを含め、キャピタル・アロケーション(資本配分)の方針を明確化することが求められる。また、資本効率を高めるうえでは、政策保有株式や非効率資産の圧縮も欠かせない。さらに、収益性を改善することでキャッシュを創出し、成長投資と株主還元を拡大することが重要だ。

稼ぐ力や成長力を高めるうえで重要となるのは、事業ポートフォリオ改革だ。収益性が低い非中核事業から、資本効率や成長力の高い事業に軸足を移す必要がある。これは、経済産業省がまとめた「成長投資ガイダンス」においても強調されていたポイントだ。

そして、そのためには、資本コストと資本収益性を定量的に把握し、事業部門別にROICやWACCを管理して、投資判断や資本配分に活用することが重要になる。

(B)は、そうした企業価値を高める取り組みに対する着実な実行力を求めるという視点だ。事業ポートフォリオの見直しや資本政策を通じて企業価値を高めるためには、経営トップのコミットメントが欠かせない。また取締役会には、経営陣の執行を監督することで、改革の実効性と透明性を担保することが求められる。

(C)では、投資家との対話を事業戦略や資本政策にフィードバックする姿勢が求められている。前回取り上げた企業アンケートにおいても、自社の課題や改善点についての新たな気付きと、事業戦略や資本政策の見直しにつながるフィードバックを得られることが、企業にとっての機関投資家との間の対話の満足度を高めるうえで重要だと示唆されていた。こうした点を踏まえれば、実は対話において企業と投資家が求めていることには、共通点が多い。

投資家は「経営の実質化」を求めている

また、資本コストや資本収益性を意識することは、取り組みの出発点に過ぎない。いわゆる「PBR1倍、ROE8%」という目標だけを掲げても、企業価値を高めるうえでの実質的な取り組みとしては不十分だ。投資家が求めているのは、それを踏まえていかに企業価値を高めるのか、という点であることに留意する必要がある。

本アンケートの「日本企業に対してさらなる改善を期待する点」においては、機関投資家から「PBR1倍、ROE8%」という目標を掲げるだけの形式的な開示に対する批判的な指摘がなされている。また、単に数値目標を掲げるだけではなく、目標達成に向けた事業戦略、事業ポートフォリオの見直し、成長投資、資本配分、株主還元等の具体的な施策の進捗状況について、継続的に開示を行うことも期待されている。

言ってみれば、投資家が見ているのは、「ROICを導入したか」ではなく、「ROICを使って経営をどう変えているのか」なのだ。前回取り上げた企業アンケートにおいて、企業は投資家に対して形式的な対話ではなく、「対話の実質化」を求めていたが、投資家は企業に対して形式的な対応ではなく、「経営の実質化」を求めているといえる。

企業アンケートから見えた「投資家の違い」

企業は機関投資家との対話をどのように捉えているのだろうか。ここで、改めて企業アンケートの結果も見てみよう。

【東証ウォッチ】機関投資家は企業をどう評価する?――東証アンケートに見る企業価値向上の条件
出所:東京証券取引所上場部「『投資家への期待・要望』等に関する企業アンケートの結果について」(2026年8月12日)p.26

アクティブ運用を行うロング機関投資家とインデックス運用を行うパッシブ運用機関投資家との対話については「有意義である」と感じる企業が大きく上回る一方で、ヘッジファンドに対しては「有意義でない」がやや上回り、国内アクティビストについてはほぼ拮抗、海外アクティビストでは「有意義ではない」がやや上回る結果となった。

企業側から見ると、投資家の属性によって対話の有意義さに違いがある。ただしこれは、ロング機関投資家とパッシブ運用機関投資家との対話が有意義で、ヘッジファンドとの対話が有意義ではない、という単純な話ではない。

こうした差の背景には、投資家との「対話の質・プロセス」の違いもあると推察される。企業側が機関投資家との対話を「有意義でない」と感じる場合、その理由として「対話の質・プロセス」に関する課題が多く挙げられていた。企業と投資家の間の対話の質を高めることが、対話の「有意義さ」につながるということだ。

【東証ウォッチ】機関投資家は企業をどう評価する?――東証アンケートに見る企業価値向上の条件
出所:東京証券取引所上場部「『投資家への期待・要望』等に関する企業アンケートの結果について」(2026年8月12日)p.28

企業価値向上をめぐる、企業と投資家の対話のあり方

では、投資家自身は企業との対話をどう捉えているのだろうか。

機関投資家アンケートでは、企業の投資家との対話の姿勢について、一対一での対話の実施の検討や、投資家に対して前向きにフィードバックや建設的な批評を求めてほしいとの指摘がなされている。

また、具体的な施策として「余剰資金は株主に還元すべき」という意見も見受けられる一方、「今後求められるのは、資本コストを上回るリターンを持続的に生み出す事業構造の変化であり、そのためには規律ある成長投資を実行することが重要」といった意見や、「成長投資案件がないなら株主還元に回すと結論づける前に、無形資産にも目を向け長期視点での先行投資も検討してほしい」といった意見も目立つ。

つまり、今回のアンケート結果には、単に「もっと株主還元してほしい」という要求だけではなく、「資本をどう配分すれば、将来の企業価値向上につながるのかを説明してほしい」、「投資家からのフィードバックを前向きに受け止めてほしい」と求める意見も含まれている。

加えて、投資家は企業に最初から精緻な数値目標や完成度の高い施策を求めているわけではない。まずは、経営者としての「現状の課題認識」、改善に取り組んでいくうえでの「対応の方針」、そしてトップの「コミットメント」を示すことが、対話の第一歩として求められている。

こうした声から垣間見えるのは、「企業に要求を突きつける投資家」だけではなく、「企業価値の向上について企業と対話する投資家」の姿だ。こうした対話を通じて機関投資家が評価しているのは、単に「PBR1倍、ROE8%という目標を達成した企業」ではなく、「資本コストを上回るリターンを生み出す事業構造へと変わろうとしている企業」なのではないだろうか。

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