黒沢 薫(ゴスペラーズ)と中西アルノ(乃木坂46)がMCを務める『Spicy Sessions』は、ゲストの音楽的ルーツや音楽観を掘り下げながら、生バンドとともにその場でセッションを作り上げていく音楽番組だ。完成したパフォーマンスを披露するだけではなく、歌割りやアレンジについて歌い手とバンドが話し合い、音楽を立ち上げていく過程から見せることが、この番組の醍醐味となっている。
第28回のゲストは松崎しげる。MCからの紹介を受け、ステージに登場すると、バンドメンバーに目配せをし、握手を交わし、「よろしくお願いします」というように一礼する。バンドを尊重するその様子に、松崎の音楽に対する真摯な姿を見る。松崎しげるは、1970年のデビュー以降、数々の名曲を歌い続け、ソウル、ポップス、歌謡曲を横断してきたスタンダードシンガーだ。松崎が、自身が高校球児だったことに触れ、甲子園には行けなかったが、選抜高校野球大会の入場行進曲として“夢を叶えてくれた”と1曲目を紹介。国民的大ヒット曲「愛のメモリー」を披露する。サビで真っ赤に染まるステージ。MC席では黒沢が一緒に口ずさんでいる。松崎が歌い終えると、「胸いっぱいです」と黒沢。“これ以上言葉が出てこない”といった表情だ。中西も「人って歌い続けていたらここまでいけるんだ」と、興奮気味に話した。
「愛のメモリー」松崎しげる
「愛のメモリー」松崎しげる
続くトークコーナーでは、黒沢が自身のラジオ番組で松崎と「愛のメモリー」を一緒に歌った話をし、「コテンパンにされました。
松崎が黒沢とのセッション曲に選んだのはレイ・チャールズの「Georgia On My Mind」。スタッフが譜面などをステージに運び込み、打ち合わせが始まる。事前に歌唱する曲は決めているが、歌も演奏も、収録日に初めて合わせる。
「Georgia On My Mind」松崎×黒沢
「Georgia On My Mind」松崎×黒沢
続いて、松崎が「坂本九さんと一緒に歌って、涙が出るほどうれしかった」と思い出を語り、中西と「見上げてごらん夜の星を」をセッションすることに。「このダミ声と天使のような声が」と、松崎が会場を笑わせる。中西はセッション曲について「父が好きだったから、生活の中にあった」とコメント。松崎は、歌割りやキー、フレーズの受け渡しを中西、バンドと丁寧に確認しながら、アイデアを重ねていく。そんな中、松崎からパフォーマンスのリクエストも飛び出した。バンドもウッドベースを準備し、ふたりがこれから作り出そうとしている世界観に寄り添う。
そうして始まった「見上げてごらん夜の星を」で、松崎は自身の圧倒的な歌唱力を誇示することなく、中西の透明感のある歌声を包み込むように歌う。坂本九が作品に込めた温もりを大切にしながら、一つひとつのフレーズを受け渡し、受け取っていくようなふたりのセッション。その歌声に、少しずつ気持ちが解放されていく様子が感じ取れた。黒沢は、会場全体を穏やかな表情で見守り、最後の方では目を閉じてバンドの演奏とふたりの歌に聴き入っていた。黒沢も中西も、バンドメンバーも、そしてゲストである松崎も、全員が熱心な音楽リスナーであるからこそ、セッションを楽しめるのだ。歌い終えた後、「(中西の声を)ずっと聴いていたい感じがした」と松崎。
「見上げてごらん夜の星を」松崎×中西
「見上げてごらん夜の星を」松崎×中西
松崎と一緒に歌いたい曲として黒沢が挙げたのは、松崎の「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」。1979年放送のTBSドラマ『噂の刑事トミーとマツ』の主題歌として親しまれた一曲であり、黒沢も「このドラマが大好きだった」という。「いつか一緒に歌いたいと思っていた。ついに歌える」と、喜びを隠しきれない黒沢。松崎は「この曲をやるってなって、もう1回調べてみて、いい曲だなと思いましたね」と笑顔で語った。
「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」のイントロがピアノで奏でられる。松崎と黒沢の円熟した歌声が真正面から向き合い、後半では黒沢がこの番組では珍しく、突き抜けるような全開のハイトーンを放った。そこには、この日も圧倒的な歌唱力を披露し、日本の音楽シーンの中で、男性ハイトーンボーカルのパイオニア的存在である松崎への心からのリスペクトがあったように思う。歌い終わり、がっちり握手を交わした松崎しげると黒沢 薫。
「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」松崎×黒沢
「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」松崎×黒沢
「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」松崎×黒沢
この日のラストを飾ったのは、黒沢と中西による「I Just Can't Stop Loving You」。マイケル・ジャクソンとサイーダ・ギャレットによる名デュエットを選曲したのは黒沢だ。中西がマイケル・ジャクソンの楽曲を本格的に歌うのは今回が初めてだったという。演奏が始まると、黒沢のソウルフルなボーカルと中西の艶のある歌声が、美しいコントラストを描き出した。松崎とのセッションを経たことで、互いの声を受け止めながら歌を組み立てる意識がより鮮明になっていたことも印象的だった。歌い終えたふたりは自然とハイタッチを交わし、その表情からは、セッションを楽しんだ充実感が滲んでいた。
「I Just Can't Stop Loving You」黒沢×中西
「I Just Can't Stop Loving You」黒沢×中西
「I Just Can't Stop Loving You」黒沢×中西
松崎しげるは今回の収録で、圧倒的な歌唱力を披露しただけではない。相手の声を聴き、バンドと対話し、その場で最良の形を探しながら音楽を育てていく――そんな姿勢を体現してみせた。「Georgia On My Mind」では黒沢と洋楽を分かち合い、「見上げてごらん夜の星を」では中西の歌声に寄り添い、「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」では円熟した歌声で、リスペクトをリスペクトで返す。
収録後、黒沢 薫と中西アルノにインタビューを行った。
【黒沢 薫 / 中西アルノインタビュー】
――収録、お疲れさまでした。松崎しげるさんとのセッションはいかがでしたか?
黒沢:番組が始まった頃から、ずっとお呼びしたかった歌手のひとりだったので、うれしかったです。
――「愛のメモリー」の迫力、すごかったですよね。
中西:もう、横で聴いていて“やばいこれ!”って。
――本当にやばかったんだろうなというのが伝わってきます。
中西:はい(笑)。とにかくパワーがすごくて、今日この後セッションするのに「愛のメモリー」を超えられるはずがないって思っちゃいました。もちろん松崎しげるさんの歌力、すごさをわかっていたつもりだったんですけど、近くで聴いたらこりゃ敵わないって思いました。でも、本番中も言ったんですけど、歌い続けていたらここまでやれるようになるんだと思って。そしたら『Spicy Sessions』で歌い続ける意味って、すごくあるなと。まだまだたくさん、いろいろな意味が見つかりそうだなと思ったんです。
――黒沢さんはどうでした?
黒沢:いやもう……神々しかったですよ。照明じゃなくて、光って見えました。松崎さんが白いスーツを着てたからかもしれないけど(一同笑)。「愛のメモリー」って、もうみんな知った気になってるし、実際聴いてるし。松崎しげるさんご自身が結構いろんなバージョンを歌ってたり、自分でギャグにもしてる。で、実際に目の前で歌われると「あ、すみませんでした、今までって。こういう曲だったんですね」って。説得力というか、重みが違う。本当に神々しいって言い方が一番合ってるかもしれない。
――確かに。ハイトーンの権化、降臨って感じでしたよね。
黒沢:本当にね。で、ほら、松崎さんくらい歌い続けていると、こちらが思い出で補完して聴いてるみたいなことって、起きてくるじゃないですか。
――わかります。どうしても当時の声と違ってくるから、聴き手が思い出で補完してるってことですよね。
黒沢:そうそう。でも松崎さんの歌は、それが起きないんですよね。今が一番良い部分がちゃんとある。若々しく歌っていた時ももちろん良いんだけど、いや、これ今が一番良いんじゃないかなって思わされるというのがすごかった。
――圧倒感、そこにありますよね。歴史を越える圧倒感というか。
黒沢:そうそう、歴史を積み重ねた上でさらにっていうすごさ。本当に出演いただいて良かった。
――「Georgia On My Mind」について。黒沢さんが松崎さんとやりとりをしていた時、中西さんに「僕を見るんだ。こんな感じでやる時もあるんだ」と冗談混じりにおっしゃっていましたけど、こんな感じとは?
黒沢:松崎さんに、まぁまぁ奔走させられましてね。本当に決まらないまま歌ったので。こんな感じだけど、どう?みたいな。MCとしてはアルノさんとは対等だし、むしろコメント力ではアルノさんの方が上だと思うこともあるんですよ。でも歌い手としては先輩なので、こういう場合は、こういうふうに歌うんですよってところを見せなきゃいけないと思ったんです。だから出た言葉。でも本当にわからなかったから。しげるさんが「一緒に歌う」って言っているのは、ユニゾンではないんですよ。だから、本当に歌いながら探って、その場でやっていました。後で収録音源を聴いたら、ちょっとヒョロってしてるところもあると思うんだけど、でもそれがリアル。これこそセッションだと思う。不安もあったけど。
――歌唱前の歌割りで、松崎さんがどういう感じでくるかは、予想できたんですか?
黒沢:レイ・チャールズの音源通りにはいかないだろうなとは思いました。で、やっぱりいかなかったんですけど、そうなった時にどうするかっていうのは『Spicy Sessions』ですごく鍛えられたと思う。歌い散らかすだけじゃなく、相手を受けて、ちゃんと歌、曲として成立させられるようになったのは、この番組のおかげかなと思います。
――「見上げてごらん夜の星を」について伺います。中西さん、後半にサビをリピートする箇所があったじゃないですか。あそこは、本番で打ち合わせをした通りに松崎さんは歌われました?
中西:いや、一切(笑)。(黒沢に)ですよね?
黒沢:もう全然(笑)。
中西:同じだったかどうかすら、もはや考えないようにしていたというか。絶対自由に歌われる方だろうなと思っていましたし、「Georgia On My Mind」で翻弄されている黒沢さんを見ていましたし。私の番が来るぞっていう(笑)。特にラストのハモリのところは寄り添いつつ、どう崩していっても私もついていけるようにっていう心構えをしつつ、歌いました。
黒沢:いいね。歌心の膝を柔らかくする。いつでもどの動きでもダッシュできるように。そうそうそう、最高ですね、アルノさん。
――ステージングまでやったのは初めてっておっしゃっていましたね。
黒沢:僕も正面から見てないから。楽しみですね。映像を見るのが。
――黒沢さんが本番中におっしゃったように、ちゃんとデュエット曲になってましたよね。
黒沢:そうなんです。ちゃんとデュエットになってた。すごく良かったです。
――「Georgia On My Mind」も「見上げてごらん夜の星を」も、ある意味、スタンダードナンバーじゃないですか。それぞれの解釈で、原曲にも寄り過ぎず、ちゃんとゲストとの共通点を見つけて。そういうセッションのすごさが、スタンダードナンバーだからこそ、はっきりわかりました。
黒沢:皆が知っている曲だからこそ、違いがよくわかるっていうのはあると思う。結局、本番で完成させるしかない。でも完成形はどうなるか、最後までわからない。そこが面白いわけで。そこを改めて提示できたのが、今回の『Spicy Sessions』だったのではないか、と。
――「マイ・ラブ(I Gave You My Love)」はいかがでしたか?
黒沢:この曲は、ゴスペラーズのツアー中、なんとなく朝テレビをつけてたら『噂の刑事トミーとマツ』の再放送がやっていて。好きなドラマだったから、そのまま観ていて、最後にエンディングの曲を聴いた時に「めちゃくちゃいい曲じゃん、何この曲?」って思ったんですよ。好きで観てたのに、しばらく忘れてたんだよね。でもこの曲を歌う機会って、やっぱりないんですよね。いい曲なのに。最近は、あまり歌われていないようないい曲を「これいい曲でしょ?」ってプレゼンするのも、『Spicy Sessions』の役割としてあると思っていて。いろんな世代に、名曲があるじゃないですか。例えば僕らの世代のリスナーは、アルノさんが過去に歌ったさユりさんを知らない人も多いと思うんですよ。でもこの番組で知って、さユりさんを聴く人もきっといるし。majikoさんもそう。アルノさんがああやって絶賛していなかったら知らなかった。でもいい曲いっぱいあるじゃん。今回は、その逆バージョンというか。昔の曲でも、こんなにいい曲ありますよって紹介することは、番組として意味があるかなって。
――意味のある曲にするには……セレクトも重要ですよね。
黒沢:そうなんです!ちゃんといい曲でなきゃいけないし、いい曲として歌わなきゃいけない。今回、それはできたかな。
――ふたりで歌ったマイケル・ジャクソンの「I Just Can't Stop Loving You」も、同じ文脈になりますね。もちろん、それだけじゃないと思いますが。
黒沢:そうですね。これはもう映画に乗っかったところもあるんだけど。
――中西さんはマイケル・ジャクソンを歌われたのは初めてでしたよね?マイケル・ジャクソンを知ったのは?
中西:おばあちゃんがマイケル・ジャクソン大好きで。
黒沢:おばあちゃんかっこいいな。アルノさんのおばあちゃんは、話を聞いてるとずっとかっこいい。
中西:エルヴィス・プレスリーとか、洋楽が大好きなおばあちゃんで。おばあちゃんの部屋に行くと、いつもマイケル・ジャクソンが流れていて、その中にこの曲もあったんです。
黒沢:あ、じゃあ聴いてたんだね。
中西:はい。今日、おばあちゃん、観覧に来ていて……。
黒沢:そうなの?おばあちゃんに後で感想聞いて。
中西:はい、わかりました!超満足してると思います。
――黒沢さん、「I Just Can't Stop Loving You」は、マイケル・ジャクソンの歌い方に結構寄せてるなと思ったんです。その理由は?
黒沢:セッションやカバーって、ふたつあると思っていて。ひとつは、完全に自分の解釈に寄せるパターン。俺はこの歌をこういうふうに歌いたいっていう。もうひとつは、原曲のテイクがすごく良いから、このテイクの良さを表現したいっていうパターン。「I Just Can't Stop Loving You」の場合、アルバム『BAD』のバージョンは、そんなに寄せたいと思わないけど、今回はドキュメンタリー映画『THIS IS IT』(2009年公開)の中で、本当にリハーサルの初回で、マイケルが「はい、こういうことやるんですよ、デュエットの女の子にこうだよこうだよ」って煽ってる感じがすごく好きなのと、なんていうのかな……これって僕とアルノさんの関係性の相似形なのかなとも思って。ちゃんと歌っていてキャリアもあるけど、でも今回このセッション初めてですよっていう人に対して、俺はこうだよこうだよってやってる感じが、面白く伝わるかもなと思ったんです。
――つまり、映画のワンシーンと『Spicy Sessions』のMCふたりの関係性が重なったわけですね。
黒沢:そうそうそう。で、まさに翻弄されているアルノさんっていう図があるわけですから。ちょっと戸惑いつつ、それに乗っかっていって、最後のアドリブのところも、自分から積極的にいくんじゃなくて、なんか黒沢がやってるから私もやろうかな、くらいの。
中西:引っ張り出されてる感じ、ですよね。
黒沢:そうそうそうそうそう。お前もやれよって言われて「え?私やんの?」みたいな感じ。あの温度感が欲しかったの。
――黒沢さんと歌っていて「師匠、私になんか投げるでしょ?」みたいな気持ちはあるんですか?
中西:その感じはありつつも、こういうアドリブの、完全に丸投げっていうのは「Bring It On Home to Me」(2024年7月放送/第7回目)の時とか。
黒沢:あれはワンフレーズだけだからね。
中西:そうですね。今回は結構ラリーがありましたよね。きた、うけた、まだもう一回、もう一回来る!みたいな。だから内心ではちょっともう限界と思いつつやってたんですけど(一同笑)。でも確かに、さっき黒沢さんがおっしゃった映画のシーンを観た時に、すごく重なったというか。マイケル・ジャクソンが「ほら戸惑ってないで、やってみて」っていうのと、この戸惑いつつ、私も乗っかりつつっていうのが重なって。これが黒沢さんのやりたかったことなんだっていうのは理解して歌えました。
――中西さんは、黒沢 薫のすごい理解者ですね。
黒沢:ほんとありがたいですよね。僕がアルノさんに求めていることって、ある意味、めちゃくちゃじゃないですか(一同爆笑)。
――こうして言葉にするとね。でも歌は最高でしたよ。
黒沢:だからあれが最適解だったんですよ。で、アルノさんはもう一回来たらやばいやばいって思ってたかもしれないけど、ちゃんと自分のアドリブで、ここで終わりですよっていうのを示してくれた。物足りなかったら、僕、もう一回行くんですよ。でもアルノさんは、ちゃんと順を追って、「はい、ここでおしまいです、黒沢さん」っていうのを歌声で伝えてくれるんです。ふたりで会話をしながら歌うことができた。本当にいい表現ができたと思ってます。
『Spicy Sessions』MC / 黒沢 薫&中西アルノ
<放送情報>
『Spicy Sessions with 松崎しげる』
2026年7月25日(土)23時30分~深夜0時30分
CS放送TBSチャンネル1
『Spicy Sessions』オフィシャルサイト
https://www.tbs.co.jp/tbs-ch/series/yRNA2/

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