ザ・ローリング・ストーンズの新アルバム、『フォーリン・タングス』が発売された。ミック・ジャガー、キース・リチャーズは御年82歳というから驚きだ。
本記事では、ロンドンの薄暗いアパートで食料にも事欠く生活を送りながら、ひたすら音楽に没頭していたデビュー前のローリング・ストーンズの秘話を紹介。現在では「聖地」と呼ばれるイーディス・グローブ通りのアパートで彼らは何を信じ、何を目指していたのか。64年前の作品作りの原風景を明らかにする。
ローリング・ストーンズデビュー前夜
その汚れた薄暗い部屋に暖房はなく、電灯は一つだけであとはローソクの明かりで暮らしていた。皮肉なことに食料や食器を入れる棚だけはたっぷりあったが、いつも食べ物が不足していた。
電気の配線はむき出しになっていた。壁紙は剥がれていたし、家具も壊れていた。汚れた皿が積み重なり、あちらこちらに空きビンが並び、音楽雑誌やレコードが床に無造作に置いてある……。
そこは1962年から1963年にかけて、ローリング・ストーンズとしてデビューする前のブライアン・ジョーンズとキース・リチャーズが共同生活し、いつもミック・ジャガーが通っていた部屋。
彼らは隙間風が入るその埃だらけのアパートの部屋に集まって、ギターを抱えてアメリカから仕入れたブルースやR&Bのレコードを聴いて、ひたすら研究と練習を重ねた。
ブライアンとキースは、日に一度はどこかのパーティーに押しかけて、失敬してきたビール瓶を3ペンスで売り、近くのスーパーマーケットからジャガイモや卵をくすねる計画を立てていた。
時々、キースの母が心配してやって来て、少なくとも食器棚などにたまっていた埃の層だけはとり除いてくれたという。
「あの子たちはこういったんですよ。
ブライアンが切り出したバンドをつくる話は、そんな状況でもその部屋でどんどん進行していった。それはいかにしてブルーズとR&Bを広めていくかということだった。
転がり始めたローリング・ストーンズ
金がなくて危機を感じていたという事実を別にすれば、彼らは金儲けを考えたりはしていなかった。3人が問題にしていたのはいつだって、自分たちが信じている音楽のことだけだった。そして無為に時を過ごすにつれて、髪の毛は伸びてボサボサになっていった。
「ミックは、ぼくたちが信じていることをやっていかなければだめだ、というんだ。そして我々は自分たちがベストを尽くせば、あとになって後悔することはないだろうと思っていた」(ブライアン・ジョーンズ)
ミックは自宅からロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに通う学生だったが、その奨学金で家賃などをある程度まで支えていたという。しかし、彼らのブルーズやR&Bへの熱狂は、ファンを獲得することにまではつながらなかった。
プロモーターやクラブ経営者にあてて売り込みの手紙をせっせと書いたが、それもうまくいかなかった。そんな状態が半年以上続いた。
それでも1962年7月12日、記念すべき最初のギグがマーキー・クラブで行われて、ローリング・ストーンズが転がり始めた。
次第にブライアンとキースは完璧な協力関係を築き上げて、それまで誰もやったことがない独特のアンサンブルによるギターサウンドを作り上げていた。ボロアパートでの研究と練習が遂に実ったのだ。
ロンドンのチェルシー地区イーディス・グローブにあった汚れた部屋は、こうしてストーンズ発祥の“聖地”となった。
お前ら黒人だと思ったぜ
デビューした翌年の1964年6月10日、ローリング・ストーンズは少年時代から憧れていた“聖地”に着いた。
「サウス・ミシガン・アベニュー2120番地は、俺たちにとって聖地だった。シカゴのチェス・レコードの本社の住所だ」(キース・リチャーズ)
ストーンズの最初のアメリカツアーは惨敗続きで最低だった。まだアメリカではヒット曲がなかったので、コンサートでも反応が悪く、取材やインタビューでもこき下ろされた。テキサスでの屋外コンサートでは、観客がカウボーイと子供たちばかりだったこともある。
「おれたちは、芸をする猿の後に演奏しなければならなかった。いったい全体おれたちはここで何をしているんだ! 客はおれたちを真面目に鑑賞すべきか、冗談とみなすべきかもわからなかった。」(ビル・ワイマン)
ストーンズのメンバーもスタッフも、誰もがすっかり落ち込んでいた。彼らを落ち込んだままロンドンに帰すことはできない。
その2日間のスタジオ・セッションは、ストーンズに生命の水を与え、歴史的なものになった。憧れの空間で4トラックのマルチ・レコーディングをすることに、メンバーは喜びと興奮が隠せなかった。
スタジオにはブルーズ・ギタリストのバディ・ガイとソングライターのウィリー・ディクソンが訪ねてきた。2日目には、彼らのヒーローであるマディ・ウォーターズとチャック・ベリーと対面した。
録音された即興の「サウス・ミシガン・アベニュー2120番地」は、ストーンズには珍しいインストゥルメンタルだが、憧れのチェス・レコードでセッションしていることの喜びが伝わってくる。
のちにイギリスで初めてヒットチャート1位に輝く「イッツ・オール・オーバー・ナウ」や、アメリカで初めてベスト10入りする「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」もここで誕生した。
最後はキースの言葉で締めくくりたい。
「よくこんな風に言われた。『初めて聞いた時は、お前ら黒人だと思ったぜ。このすげえやつら、どこのどいつだって』。俺自身はどうしてかわからない。
あんな町で育ったミックと俺が、なんでああいうサウンドつくり出せるのか。まぁ、朝から晩までロンドンのじめじめしたアパートに閉じこもってブルーズをガンガン聴いて、すげえ勢いで吸収してたから、シカゴで吸収しているのと大差ないんだろうが。俺たちの音はイギリス的じゃなかった。当の俺たちだってびっくりするくらい」
文/佐藤剛 TAP the POP
参考・引用文献
キース・リチャーズ著/棚橋志行(訳)『キース・リチャーズ自伝 ライフ』(サンクチュアリ・パブリッシング)
ビル・ワイマン、レイ・コールマン著/野間けい子(訳) 『ストーン・アローン/ローリング・ストーンズの真実』(ソニー・ミュージックソリューションズ)
『新宿プレイマップ』1972年3月号「瞑想ライフ・スタイル③ 20世紀の荒野をいく転石たち ザ・ローリング・ストーンズ」(中上哲夫)

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