芥川賞を史上最年少19歳で受賞したのが2004年。あれから約10年、綿矢りさが若手美人作家のイメージを自ら否定するような、負け女感漂う“こじらせ系作家”に大化けしていた? 男子も共感必至の“非リア充”な物語の秘密から、イタすぎる恋愛経験まで、本人を緊急直撃!

■蹴る側じゃなくて蹴られる側です

―あの、本題に入る前にですね、ある筋から綿矢さんがかなりのAKB48好きだという情報をキャッチしまして……ホントですか。


綿矢 ……ついにきましたか、この話をするときが(笑)。

―そのための場なんでぜひ。

綿矢 公に話すのが初めてでちょっと緊張するんですけど、あの……好きです。卒業した前田敦子さんを非常に推してたんですよ。『あっちゃん』とか『不器用』っていう写真集を買ったり、卒業の東京ドーム公演もダーッてめっちゃ泣きながら見てました。

―大ファンじゃないですか!

綿矢 “ゼロ”っぽい感じが好きなんですよね。
いろんなキャラの人がいるAKBの中で、自分のままでいられる感じっていうか。YouTubeに上がってる動画に、あっちゃんがサロンでエクステを外してもらいながら寝そうになってる場面があるんですけど、すごくイイんです。カメラがあるって知ってるのに全然気にしないで、「最近ちょっとこのへんが痛くて……」とか言いながら自分でもエクステを外してる感じとか、天然でカワイイなって。

―無防備な感じですね。

綿矢 演技じゃない、ライブ感っていうか。アイドルらしくないって批判する人もいるけど、見られる職業でそれを保ち続けるのは難しいことだと思うんです。
めっちゃカワイイし。でも、本人は意外と怖いんかな? 胸にブラックホールみたいなものを抱えてるのが、彼女の美しさに絶対関わってるはずやから……会ったことないのに勝手なこと言ってますけど(笑)。

―いやいや、かなり観察されてますね。芥川賞を獲った『蹴りたい背中』に熱狂的なアイドルオタクの高校生が出てきますけど、なんか、あっちゃんを見つめる綿矢さんとオーバーラップしますよ!

綿矢 あぁ、私もそういう、人を一方的に見つめる怖さはあるかもしれません。「あんたの趣味わからん」ってオタクの背中を蹴る主人公じゃなくて、確実に私は背中を蹴られる側だと思います(笑)。


―そうなんですね……。
『蹴りたい背中』で綿矢さんが“現役大学生の美人芥川賞作家”っていう感じで注目を浴びたのが04年なので、もう10年くらい前ですけど、当時のことって覚えてます?

綿矢 そうだなぁ、大学時代は楽し……くなかったかな。

―えっ、なんで?

綿矢 とにかく書けなかった、というか、書いても書いても全部ダメやったんです。授業で小説のことも勉強して、「次はいろいろ考えさせられるものを書きたい」みたいな気負いもあったり、何個も違う話を考えて、書いてる途中に自分でもワケわからなくなってやめて、別のを書いてっていう。その時期と大学生活がほぼ重なってるので、けっこう苦労したなあと。

―なるほど。それで受賞後第1作『夢を与える』の完成まで3年半かかったわけですか。
書き上げてスランプ脱出……かと思いきや、その次の本が出るまで、またしても3年半かかってるんですよ!

綿矢 ゆったりです、すいません。よく聞かれました、この間に「今は何やってるんですか?」って。そりゃそうですよね、まさか何個も何個も、毎日小説を書いてるけど、方々(ほうぼう)の出版社から「これはちょっと……」って全部ボツ出されてたなんて、誰も思わないから。

―すごく意外です。その間、ずっと書き続けてたわけですか?

綿矢 いえ、百貨店で服を売ったり、京都のホテルで給仕係やったり、あと、セレクトショップで週休2日で働いたりしてました。全然本が書けなくって、せめて気分転換したいなと思って働き始めたけど、だんだん働くほうが主軸になっちゃって。
書くことに気が回らんようになって、辞めました。

―まさに本末転倒!

綿矢 あと、いいものが書けない分、せめて本ぐらいは読んでおこうと思って読書はいっぱいしてたかな。でも世界文学とか読むと、テーマも奥深くって世界観も広くて、私もこういうのが書きたいなと思うけど、実際に自分が書けるものとはあまりに違うっていう……そのギャップはツラかった。

―よけいに書けなくなっちゃう。

綿矢 そうなんですよね。恋愛もうまくいかないし、完全に煮詰まっちゃって。
でもあるとき、それまで自分が書いてきたものを見直すっていうか、思い返すことをしたら、「別にもういいか」ってなった。押し入れにこもってネットのアダルトサイト見てるとか、内向的な男子の背中を蹴りたいとか、私が書けるのはちっちゃな世界の人たちの話で。そうじゃない話を書きたいと思ったけど、できないんだって気づいて開き直ったんですよ。「おんなじ感じでいいやん、書きたいんやし」って。そこでスッと出てきたのが『勝手にふるえてろ』だったんです。自分の殻を破ろうとして破らなかった結果、また本が書けるようになった。


■こじらせてますね。恋愛は常に煮え切ってる

―『勝手にふるえてろ』は26歳で処女、元オタクのOLが主人公ですよね。設定もそうですけど、中学校のときの初恋相手をいまだに脳内で思い続けてたり、告白された会社の同期との関係を一方的に思い詰めた挙句、偽装妊娠を理由に休職しようとしたり、そのイタすぎる言動にこう…… 他人事(ひとごと)じゃないというか、すごくシンパシーを抱いちゃったんですよ。

綿矢 意外なところで性差を超えた共感が(笑)。自意識過剰な乙女オタクって、男の人に一番嫌われるんじゃないかって思ったりしてたんで、すごくうれしいです。

―根は通じてる気がするんで。

綿矢 この本には自分の情けない部分がいっぱい入ってて。私自身が相当イタいから、なんていうか、天然のイタさがこもってる感じ。

―天然のイタさ……それ、もうちょっと詳しく聞いていいですか。えーっと、例えば物語の中で、主人公が告白された同期から“どうすればもっと君のことを理解できるか?”みたいな質問をされるシーンあるじゃないですか?

綿矢 はい(笑)。

―で、それに対する答えが「アニメイトに2時間」っていう(笑)。あれとか、綿矢さん自身と重なる部分があったりするんですか?

綿矢 私はアニメイトに2時間はツラい(笑)。でも気持ち的にはわかる部分もあるというか……いや、「全然わかってないよ!」って言われたら申し訳ないんですけど、パソコンの画面にアニメのキャラを映してクリスマスケーキを一緒に食べて過ごすみたいなのが前にはやったとき、私自身はやらないけど、気持ちはすごく理解できた。わかりますかね。

―どうだろう……。そのあたりの話って、綿矢さんの周りに理解者はいらっしゃるんですかね。

綿矢 友達は、私に優しいんです(笑)。でも、例えば、ホラー映画の話になっちゃうんですけど、『ゾンビ』がすごく好きなんですね。それで私がなぜ、どういう意味で『ゾンビ』が好きかみたいなのを勝手にひとりで話し始めたりすることがあって。

―はい(笑)。

綿矢 そういうときは「ゴメン、何言ってるのか全然わかれへん」みたいな、「正直ついていけへん」感が漂うことはあるかな。でも私、話すと説得力ないんですけど、文章にすると意外とちゃんと伝えられるんです。発信の仕方が文章でよかったなと、つくづく……。

―それって恋愛に関しても同じ感じですか?

綿矢 こじらせてますね(笑)。『勝手に…』の主人公と同じで、私も好きになった人に振り向いてもらえることが少なくて。好きになると周りが見えないぐらいガーッといって、告白もしないうちに空回りしてばっかりだったんで。恋愛は常に私だけ煮え切ってる。それはもう、断言できるんですけど。

―言われてみると、綿矢さんの小説も「私だけが彼のこんな魅力を知ってる」とか「彼は誤解されがちだけど実はあんな人だ」とか、主人公の妄想がこじれて痛い目に遭うっていう展開が多いなって。

綿矢 そういうのばっかりですよね。激しすぎる思い込みだって自分でもちょっとは気づいてるけど、どうしてもそこから逃げられないみたいな展開は、共通してあるかもしれない。(テーブルの上の全著作を見渡して)ずら~っと並んでるのがみんな一貫してるなあと思うと、これは偶然じゃなくて自分の中にある問題なんだって、認めざるを得ないです(笑)。

―「自分のことを好きな人は嫌い」みたいな描写もありますけど。

綿矢 私自身はそれはないつもりでいるんですけどね。つれない感じが好きとか、自分のことを嫌いな人を振り向かせるのが好きとまでは思えない……それはホンマにツラい……はず。

―そうすると、綿矢さんの好きなタイプって具体的にいうと?

綿矢 自分の考えていることを口で言えたり、わかりやすい態度で表現できる人がいいですね。沈んでるように見えて実はうれしいとか、うれしいように振る舞ってるけど本当は傷ついてるとか、そういう人って深遠で魅力的ではあるけど、手間を惜しまず、大切なときにちゃんと言える人が好き。

―それ、ないものねだり的な部分もあるんじゃないですか(笑)。

綿矢 確かに私は本当に傷ついてるときも「別に……」みたいになっちゃいますからね。気持ちを言えない。だから煮詰まっちゃうのか。

―じゃあ、見た目は?

綿矢 なんやろ、目は見ますね。目が好きなタイプかどうかで決まるかな。形とかじゃなくて、目って脳みそとつながってるじゃないですか。だから、個性は目に出るかなあと思う。意志がハンパなく強いギラギラした目と、笑ってるのにどっか怯えてるような怖がってる目、その両方が好きですね。

―怯える瞳……ですか。

綿矢 怖がってる目ってよく人を見てるじゃないですか。「やっべ、こえぇ、どうしよう」とか思いながら、他者を受け入れようとして震えてる瞳って、なんかこう、いいじゃないですか。でも、やっぱり私の思い込みを乗せやすいのが、目なんでしょうね。


■『世にも奇妙な物語』に採用されたい

―2011年に地元の京都に創作の拠点を移されてますよね。

綿矢 あぁ、仕事がうまくいかず、失恋もして、東京にいる理由が特にないなって。エネルギッシュな場所だから、恋が実らなかったときとか弱ってるときには、周りが目まぐるしく変わっていくのについてけなくて、ちょっと疲れるなって感覚もあったかも。京都は時間の流れとかものどかやから、リラックスして書けるなと思ってます。

―すごくいいペースで新刊が出てますもんね。最新の短編集『憤死』もキレッキレで。『トイレの懺悔(ざんげ)室』の密室的な怖さとか、完全にトラウマですよ。ラストのブラックアウト感もハンパないし。

綿矢 子供の頃、『世にも奇妙な物語』が大好きだったんです。たいていのお話が不思議なまんま、後味悪いまんま終わるじゃないですか。あの感じが好きだった。終わった瞬間に、なんとなく世界が今までと違って見える、そういう感覚を目指して書きました。

―『トイレ…』みたいな“いかにも!”な感じのホラーはもっともっと読んでみたいです。

綿矢 どんどん書いていきたいですね。幽霊とかじゃない怖さ。それこそ、奇妙な話を。いつか『世にも奇妙な物語』の特別編に採用されるのが夢です(笑)。

―女子高生でデビューしてから12年がたって、今の自分はどんな大人になったと思いますか? あ、その前に「大人になった」でいいんですよね(笑)。

綿矢 はい、大人になりました。今日自分が書いてきたものを振り返って思ったのは、失って得たものと、得たことで失ったものがいろいろいっぱいあるなあと。なんか、プラマイゼロって感じです。

―デビュー作の中にこんな一節がありますよ。「この若さ、新鮮な肉体、やがて消えゆく金で買えない宝物のひとつ。私は大人になってから、あるいはもっと近い将来に、今のこの時間を無駄遣いだったと悔やむんだろうか」……。

綿矢 あらためて聞くと恥ずかしいですね。イタい(笑)。それ、失ってよかったかも。この部分を持ったまま大人になったら危ないし。でもそのイタさを、今の私が、小説で実現してみるのは面白いかな。失ったと思ってるものでも、想像の中では取り戻せるはずなので。もっと粗削りに、いろんな小説を書いていきたいです。

(取材・文/吉田大助 撮影/大槻志穂)

●綿矢(わたや)りさ


1984年生まれ、京都府出身。01年に『インストール』でデビューし、04年に『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞。そのほか、『かわいそうだね?』『ひらいて』『しょうがの味は熱い』など、悪意と爆笑とイタさが感動を呼ぶ、圧巻の読書体験を保証

 

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