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安倍3選か、それとも石破逆転か。昭和から平成へ自民党総裁選の変化をたどる

2018年9月20日 09時45分 ライター情報:近藤正高
きょう9月20日、自由民主党の総裁選挙(総裁公選)が実施される。今回の総裁選は現職の安倍晋三首相と、石破茂元党幹事長の一騎打ちとなった。大方の予想では、安倍首相の連続3回目の選出は確実との見方が強い。

歴代の自民党総裁で連続3回以上選出されたのは、これまで池田勇人(任期:1960〜64年)と、安倍首相の大叔父(祖父・岸信介の実弟)にあたる佐藤栄作(任期:1964〜72年)の二人しかいない。このうち佐藤は4選をはたし、首相の連続在任期間では憲政史上最長となる7年8ヵ月を務めた。

池田と佐藤が総裁を務めたのは、高度成長期の1960年代から70年代初めだが、その後、1977年に総裁任期に関する党則が改正されて、1期が3年から2年へと短縮され、80年には連続3選が禁止された。それが、小泉純一郎総裁のもとで2002年に1期が2年から再び3年に延長され、さらに昨年の党大会での党則改正により、連続3選も再度認められた。

もし、今回の総裁選で安倍総裁が3選すれば、佐藤栄作が1968年に3選して以来、じつに半世紀ぶりということになる。しかし、総裁選の様相は、佐藤の時代とくらべれば大きく変わっている。この記事ではその変化を、過去のケースをあげながら見ていきたい。

決選投票で敗れた岸信介、勝利した孫の安倍晋三


自民党は1955年、鳩山一郎率いる民主党と、吉田茂の流れを汲む緒方竹虎率いる自由党の保守合同により結成された。それに際して、総裁は党大会で公選することが党則に定められる。それまでの保守政党の党首は、前党首を含む長老を中心とする話し合いによって選出していただけに、公選制の導入は画期的であった。ここには、人事をめぐる旧民主・自由両党の対立を解決するという目的に加え、最大野党だった社会党に対抗できる党組織の建設を目指して、党内民主主義を実現するというねらいがあったという(中北浩爾『自民党──「一強」の実像』中公新書)。
中北浩爾『自民党──「一強」の実像』(中公新書)。昨年4月刊。自民党の変貌を、詳細なデータなどにもとづき分析している

ただし、結党時には総裁は置かず、ひとまず4名の代行委員制がとられた。総裁は翌56年4月の党大会であらためて選出することになったが、その3ヶ月前に最有力候補であった緒方竹虎が急死したため、当時首相だった鳩山一郎がすんなりと初代総裁に選ばれた。したがって本格的な総裁選は、同年12月、鳩山の後継を決めるために実施されたのが最初となる。

この総裁選では、岸信介・石橋湛山・石井光次郎が争い、第1回投票では岸が1位となるも過半数に達せず、2位の石橋との決選投票にもつれ込む。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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    「安倍3選、石破暗転。昭和から平成へ自民党総裁選に一項追加」

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