「『コレステロール値は下げるべきだ』『いや、高くてもいい』と対立する『コレステロール論争』が、長年にわたって続けられています。患者さんのなかには、この論争に戸惑う人も少なくありません」
そう語るのは、糖質制限食の第一人者で高雄病院理事長の江部康二医師。
「'15年には厚生労働省が、コレステロールの摂取制限を撤廃しました。コレステロールの多い卵や肉類を食べても数値に反映しないと国がお墨付きを与えたのです。そこで、それまで卵に拒絶反応を示してきた人は、混乱してしまいました」(江部先生)
そもそもコレステロールの値を調べるのはなぜなのか? 東京医科歯科大学特任講師で、医療ジャーナリストの宇山恵子さんが解説する。
「日本人の死因の2位である心疾患と4位の脳血管疾患は、いずれも血管が切れたり詰まったりして引き起こされる“血管の病気”です。
では、コレステロールとはいったい何?
「人間の体は60兆個もの細胞が集まってできていますが、その細胞一つ一つの細胞膜の主原料がコレステロールです。また脳の神経細胞にとって大きな構成要素だったり、女性ホルモン『エストロゲン』などの原料やビタミンDが体内で合成されるときの材料になったりします。人間が生きていくうえで欠かせないものなのです」(江部先生)
とはいえ、悪玉コレステロールと聞くと、いかにも体に悪そうだけど……。
「コレステロールに善玉や悪玉があるというのは間違いです。現代人が食事から摂取するコレステロールは全体の2割。
健康診断では、LDLコレステロール、HDLコレステロール、これらのコレステロール全体を合わせた総コレステロールの値が出てくる。
「日本動脈硬化学会では、LDLコレステロール値が140を超えた場合、また、HDLコレステロール値が40未満で、脂質異常症を疑うこと、としています。とくにLDLコレステロールは量が増えすぎると、余ったぶんが血管壁に入り込み、動脈硬化の原因にも。そこで“注意すべき目安”として基準値で、この値が20年以上続くと、動脈硬化になるリスクが高まることを示しています」(宇山さん)
そんな、日本動脈硬化学会の基準値に異を唱えたのが、日本脂質栄養学会だ。「コレステロールの値が高いほうが病気もしないで、長生きできると考えています」と語るのは、元日本脂質栄養学会理事長で富山大学の浜崎智仁教授。
「日本動脈硬化学会のガイドラインに沿った厚生労働省は、LDLコレステロール値が140以上の人は“病気”として、病院での受診を勧めています。
浜崎先生によると、病院に行った人の多くは、コレステロールを下げる薬「スタチン」を投与されるという。
「本来、治療が必要のない人のLDLコレステロール値を薬で強引に下げた場合、免疫細胞が作られにくくなり、がん、肺炎、うつ病などの原因になると考えられます」(浜崎先生)
ちなみに、日本動脈硬化学会では、基準値を超えたからといって、すぐに病気と診断し、薬での治療を始めるように決めているわけではないが……。糖質制限食の第一人者で高雄病院理事長の江部康二医師は、女性のコレステロール値について次のように話す。
「女性は、女性ホルモンの分泌が激減する閉経後にコレステロール値が上がります。女性ホルモンの材料としてコレステロールが使われなくなるので数値が上がるのです。閉経後の女性の場合、LDLコレステロールの値が、閉経前と比べて多少高くなっても問題ありません」(江部先生)
日本動脈硬化学会の基準には、男女差や年齢差が示されていないため、更年期の女性はコレステロールの値だけで“病気”にされてしまうケースが多いという。
そして浜崎先生が語る。
「コレステロール値を測定する必要性すら疑問です。実際にアメリカでは、コレステロール値は一生に1度測ればいいという程度。500人に1人という遺伝性の『家族性高コレステロール血症』であるかどうか判断するためです」(浜崎先生)
更年期のヘルスケアを行うメノポーズカウンセラーでもある宇山さんは、『コレステロール論争』についてこう話す。
「『コレステロール論争』で、それぞれの医学会が発表している基準値には、視点が異なるものがあり、数値だけで比較するのは間違いです。とくに数値の変動が激しくなる更年期には、年に1回の健診でコレステロールの値を知っておくことが大事。