“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。

中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

中学受験のお試し校に不合格! 「私の費やした時間、お金……」...の画像はこちら >>

 いよいよ中学受験も地方を中心に本番間近である。この時期あたりからは、親も子も「いける、いける!」とばかりに上昇気流に乗っていきたいところだが、親の意に反してエンジンがかからない子どもは多い。

 というのも、親と子では人生の経験値が違うので、時間の流れるスピードが違う。そのため、親にとっては本番ギリギリだとしても、子どもにはまだまだ余裕がある時期と言える。こうなると、親は焦りのあまり、最悪の行動に出てしまいやすくなる。

つまり「言ってはいけない言葉」を受験生本人にぶつけてしまうのである。

猛烈に焦った母は息子に「自業自得!」

 シングルマザーの真奈美さん(仮名)も「やらかして」しまった母親の1人である。一人息子の浩平君(仮名)は、おっとりタイプの平和主義者なので、公立中学の内申制度には合わないという判断を下し、真奈美さん主導で中学受験に踏み切った。

 ところが、真奈美さんは、浩平君とは真逆とも言える「やるならば全力投球!」主義者であったため、浩平君の競争心のなさには正直、イライラしまくっていたのだそうだ。

 真奈美さんが当時を振り返って、1月受験の顛末を語ってくれた。

「1月受験は、我が家にとっては“お試し”でした。

それでも、もし2月受験でうまくいかなかったら、入学するかもしれないという学校でしたから、失敗は許されなかったんです。ところが、結果は不合格。偏差値も十分に足りている学校のはずなのに、まさかの知らせに頭を殴られたかのようなショックを受けました」

 さすがに息子もショックを受けただろう……と思いきや、浩平君の態度に危機感は見られず、相変わらず勉強に臨む姿勢は見えなかったという。

 このままでは2月受験本番も全て落としてしまうような気がしたという真奈美さんは、猛烈に焦りだす。そして、浩平君に向かって、こう叫んでしまったのだそうだ。

「身を入れて勉強してこなかったから、落ちるのは当たり前! このままじゃ、もうどこも受からないね! こういうのを自業自得って言うんだよ! もう、そこらの公立に行くしかないね!」

 今まで、どんなに悪い成績を取ったとしても、能天気にしか見えなかった浩平君。

そんな彼がそのまま自室のドアを閉め、出てこなくなったそうだ。

「さすがに『しまった! 言いすぎた』と思いました。浩平の奮起を促したかったというのは言い訳で、私が費やした時間、私が支払ったお金、私の見栄……そんなくだらないことで頭が一杯になってしまい、よりによって浩平にそのいら立ちをぶつけてしまった。肝心な浩平の気持ちなんか、まったく考えていなかったんです」

 中学受験は長い時間をかけて本番に挑むことが普通なので、まだ幼い小学生に多くの犠牲を強いる面もある。たとえ、勉強に身が入らない、あるいは本気度が見られないという子であったとしても、本心では誰しもが合格したいし、不合格の烙印を押されれば、自分自身を全否定されるような衝撃を覚えるものなのだ。

 浩平君は丸1日たって部屋から出てきたそうだが、真奈美さんに「もう、受験はしない。

受けてもどうせ受からない」とだけ言ったそうだ。

「私が最悪のタイミングで、最悪の言葉を口にしてしまった。浩平を本当に傷付けてしまったんだなって思いました……。もう、ダメだなぁと、一時は不戦敗を覚悟しました」

 その後、真奈美さんは、浩平君に対し、「ママは本当にひどい言葉を言ったと思う。ごめん、浩平。でも、本心じゃない。

本当の浩平は一度や二度の失敗でダメになる子じゃないとママは思っている。でも、もう受験はしないというのなら仕方ない。それが、浩平の出した結論ならば、ママは尊重するよ。浩平の人生なんだから、浩平が決めなさい」と謝罪したという。

 ところがその時、自宅の電話が鳴ったそうだ。電話の声は、不合格だった1月受験校の先生からだった。

「繰り上げ合格をお知らせします」

 真奈美さんは受話器に向かって、泣きながら「(浩平の頑張りを認めてくださって)ありがとうございます」とお礼を言い、電話を切った後、親子で抱き合って、泣いたという。

 それからだ。浩平君にスイッチが入る。「ママ、僕、わかったから」とだけ浩平君は言ったそうだ。

 これで勢いづいた浩平君は、もちろん、2月1日からの入試は快進撃。本命校はもちろん、チャレンジ校まで、受験校全てに合格した。

「もちろん、結果オーライなだけです。あのまま不戦敗も十分あり得ました。浩平のようにおとなしく、感情を露わにしない子でも、何も感じていないわけじゃない。それどころか、プライドを保つためにわざとポーカーフェイスって面もあったんだと思います。それなのに、私は子どもで、自分のいら立ちを我が子にぶつけるような始末で……。中学受験って親の成熟度を測るリトマス試験紙みたいな面がありますよね」

 「浩平君は何がわかったと言ったと思うか?」という筆者の質問に、真奈美さんは微笑みながら、こう答えた。

「さあ、わかりません。ママの方が子どもだってことがわかったのか……、それとも、勉強の仕方か、あるいは、人生の教訓なのかもしれません」

 浩平君は現在中2、反抗期真っ盛り。最近では、真奈美さんのことを「ママ」でも「お母さん」でも「おふくろ」でもなく、「真奈美さん」と呼んでいるという。先日、そんな彼が、真奈美さんに対して、こんな言葉をかけてくれたそうだ。

「真奈美さん、あの時、俺に『自分の人生は自分で決めろ』って言ってくれてありがとう。なんかうれしかったわ」

 12歳、何も考えていないように見えたとしても、彼らは成長している。中学受験は、親の至らなさをあらわにするものである一方、それさえも乗り越えていく子どもの成長を、確認できるものなのかもしれない。