配信中毒者が筋トレに心奪われる。Netflixドキュメンタリー「カルム・ボン・モガー:不屈の肉体」
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒7回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。

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今回紹介するのは、ネットフリックスにて配信されている『カルム・ボン・モガー:不屈の肉体』というドキュメンタリーである。タイトルになっている「カルム・ボン・モガー」というのは人名で、オーストラリア人のボディビルダーだ。
しかし、このドキュメンタリーを見てしまうと軽々しく呼び捨てにする気にはならない。以下、この原稿では「カルムさん」と呼ばせてもらうことにする。


カルムさんはyoutubeにあげた動画がきっかけでブレイクしたボディビルダーで、もともとはサプリメントを扱っているショップのスタッフだった。それが今や、youtubeのチャンネル登録者数は83万5230人。インスタグラムのフォロワー数は300万人という大スターだ。その体格と顔の良さから、「ボディビルの父」と呼ばれるウィダー兄弟を描いた伝記映画『Bigger』でアーノルド・シュワルツェネッガー役を演じることが決定(確かにちょっとシュワちゃんにも似ている)。おれはボディビル業界のことはよくわからないが、それでもこれはもう世界トップクラスのボディビルダーと言っていいと思う。

カルムさんは当然ながらいい体をしている。ムキムキである。さらに性格もいい人っぽい。外でファンに会ったらちゃんと記念撮影に応じるし、ジムでも他のボディビルダーたちと和気藹々である。家族ともしっかりコミュニケーションをとっているし、普段はロサンゼルスに住んでいるけどちょいちょいオーストラリアの実家にも帰っている。
好感度の高いマッチョである。

しかし、そんなカルムさんを仕事のストレスが襲う。そもそも世界トップクラスのボディビルダーは、あちこちの競技会やフィットネス商品の展示会に呼ばれたりして忙しい。さらに映画でシュワルツェネッガーを演じるため、英語の発音やアクセントをトレーナーからビシバシ叩き込まれる。忙しすぎて、台本を読む暇もない。なんせ『不屈の肉体』はドキュメンタリーなので、ヘロヘロに疲れて「もう今日はエナジーバー食って寝るわ」みたいになってるカルムさんもしっかり映す。ボディビルダーもそりゃ疲れるわな……。

ヘトヘトのカルムさんを、さらなる悲劇が襲う。2018年のある日、仲間のボディビルダーと一緒にトレーニングをしていたカルムさんは、無理に左腕に力を入れたことで上腕の筋肉を裂断! 手術が必要なほどの重症を負ってしまうのだ。手術自体もさることながら、トレーニングをしないと筋肉を保つことができない。リハビリを急ぐカルムさんだったが、そんなカルムさんをさらにめちゃくちゃな、想像を絶するトラブルが襲う……。

前述のように、カルムさんはかなりいい人っぽい。
愛想も良く笑顔も素敵で、世間の人が想像する「アッパーなノリのボディビルダーっぽい人」のイメージ通りだ。一見すると、ちっとも悩み事なんかないように見える。

しかし、トップレベルのボディビルダーにかかるストレスというのは、我々の想像が及ばないほど重いものらしい。しかも最近はSNSがある。カルムさんにも当然アンチがおり、アンチからの攻撃はなんのかんので心理的なしんどさになる。『不屈の肉体』では、カルムさんがたびたびオーストラリアに戻ったり旅行に行ったりして、SNS断ちをしながらコアラと遊んだりするところが映る。確かにまあ、インスタグラムのフォロワーが300万人という人のインターネットとの付き合い方は難しいだろうと思う。

加えて大怪我である。カルムさんは、ほとんどトレーニングをするのも不可能なほどの大ダメージを負う。SNSやボディビルダー業のストレス、さらにトレーニング中の大怪我と、全てはカルムさんが体を鍛えまくっていたから発生した……と言えないわけでもない。現に、カルムさんは精神的にキツくなり、途中でちょっと鬱病みたいになりかける。あんなにノリの良さそうな、陽性っぽい人だったのに……。
しんどそうなカルムさんが映っているシーンは、正直ちょっと見てるこっちもキツい。

しかし、悩みに悩んだカルムさんが帰ってくるのも、やっぱりジムなのである。そしてゆっくりとだが、かつての肉体を取り戻すために再び体を鍛え始めるのだ。もちろん、家族の支えがあったり犬を飼ったりと、そのほかにも色々やっている。しかし何があっても、最終的に戻ってくる場所はジム。わかりやすくてはっきりしている。このあたりのシーンを見ていて、おれは初めて筋トレにハマって長期間体を鍛えまくる人の気持ちがわかった気がする。悩んだり困ったりした時に、とりあえずどこに行けばいいのかがわかっているというのは、大きな助けになるのではないか。

インターネットでは、なにかと筋トレが大人気である。確かに「すべての解決策が筋トレにある」という主張は、聞いてる方としてはそれなりに面白い。しかしおれは「そこまでポジティブな効果があるのかしら? 言いたいだけでは?」とずっと思っていた。でも、少なくとも大怪我とプレッシャーでダメになりそうになっていたカルムさんにとっては、なんだか効果がありそうに見えた。
劇中でカルムさんを襲うトラブルは怪我以外にも色々あるのだが、とりあえずトレーニングしている間はそれらのことを忘れていられるようなのである。まさに「芸は身を助ける」という感じだ。

というわけなので、運動嫌いのおれでも見た後は一瞬だけ「なるほど、筋トレ……いいのかもしれない……」という気持ちになってしまった。もちろんいきなりカルムさんのレベルに行くのは無理だろうけど、ちょっと重いものを持ち上げてみる程度ならやってみてもいいかもしれない……。そんな感じで、人間を乗せるパワーのあるドキュメンタリーだった。
配信中毒者が筋トレに心奪われる。Netflixドキュメンタリー「カルム・ボン・モガー:不屈の肉体」

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)
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