巨大なインドの動画サブスク市場、ネットフリックスは大苦戦
グローバルな動画ストリーミング大手Netflix(ネットフリックス)がインド市場で苦戦を強いられている。サブスクリプションコストを継続的に下げているにもかかわらず、人口世界最多国でのビジネス拡大に成功していないようだ。


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大きく差をあけられているインドの巨大市場

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全世界のNetflix加入者数は、2023年第3四半期末の統計で過去最高の2億4,720万世帯。米国、英国、オーストラリアでは50%以上(2022年の統計)の家庭が加入している圧倒的人気の配信サービスだ。

ところが、今年人口世界一になったインドでのNetflix加入者数は650万にとどまっている。同国における他の上位オンライン配信プラットフォーム加入者数が、プライムビデオ2,000万人、Disney+ Hotstar 5,000万人超と、桁違いの苦戦ぶりがうかがえる。

14億2,577万人の人口、3億200万余りの世帯数(2021年の統計)を抱えるインド。インターネットの浸透率は半数以下のおよそ6億9,200万人、携帯電話の利用者数は2023年初頭の時点で約11憶人(人口の約77%)とされ、市場規模は莫大だ。

近年加速的に広がる高速インターネットやスマートフォンの普及により、オンライン配信やソーシャルメディアの利用も増大。
2021年の統計としてインド政府が発表した数字によれば、WhatsApp利用者数は5億人超、YouTube、Facebookが4億人超、インスタグラム2億人超、ツイッター(当時)2億人弱。こうした数字からもオンライン配信ビジネスのポテンシャルの高さがうかがえる。

国内志向、インドの娯楽

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そもそも伝統的にインドで好まれている娯楽は何か?

第一に映画鑑賞。世界的にも有名で、インドの人たちが熱狂する通称「ボリウッド映画」だ。続いてクリケット(プレー、試合観戦、賭け)、音楽、モバイルゲーム、それにテレビ鑑賞と言われている。家庭で気軽に楽しめるテレビでは、ドラマだけでなくクリケット観戦やミュージックビデオの視聴が多く人気だ。

実際にインドでのテレビの視聴は、パンデミック以前の統計2018年と比較して減少しているものの、1日平均3時間17分(2021年の統計)。
衛星放送チャンネル数は885にものぼる。

また、携帯電話の利用時間は1日当たり4時間42分、とほぼ日本の平均と同じペース。携帯電話からのコンテンツ視聴のうち、テレビの見逃し番組視聴は70~90%を占めるとみられテレビ人気は不動だ。

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前述インド政府の2021年の統計で、インドでのアプリダウンロード数が289億ダウンロードに達し(ただし、インドでは96%がAndroidユーザー。9割近くがAndroid版のダウンロード)、別の統計(2022年)になるが、ダウンロード数別にはインスタグラム3億2,700万ダウンロード、Facebook 1億9,300万、他にはショッピングアプリ、電子マネー、迷惑電話をキャッチできるアプリ、ビデオゲームがダウンロード数トップ10入り。

売上別に見ると、ゲームアプリがトップ以下を占め、チャットアプリやGoogle One、そして第10位にストリーミング配信アプリHotstar(現在のDisney+ Hotstar)がランクインしている。


ただ、市場規模がこれだけ巨大な一方で、1人当たりのアプリ消費額は4.1ドル(約613円)と低いのが特徴だ(同年の日本は182.8ドル、約2万7,300円)。

Netflixが直面している課題

インド市場にオンライン配信が出揃ったのは2018年だと言われている。通信会社間の競争が激化し、モバイル通信の値下げをしたことでより多くの人が容易に動画にアクセスできるようになったことを起爆剤に、国内での誕生だけでなく、国外の配信サービス会社がインドに進出し、30社以上が出そろったのが2018年ごろというのが理由だ。

また、世界のモバイル通信料を比較したデータによると、インドでの1GBあたりの料金は世界でも最安クラスの0.9ドル(約135円)、同報告書のデータで日本は約585円となっている。4Gの普及も進み、スマホに買い替える人が増え、手軽にいつでも配信コンテンツが楽しめるようになり、空前のブームを生みだした。

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インド市場に進出するにあたり、海外大手は国際映画やオリジナルコンテンツ、ヒンディー語のコンテンツなどを用意し、その後はオリジナル作品(映画、短編シリーズのデジタル版)に注力した。

Netflixは、ローカルコンテンツの取得によって作品数を倍に増やしたほか、シリーズから映画までのローカライゼーション促進によって大量のメディアスペースを獲得した。
同時に、インドで使用されているヒンディー語やタミール語、テルグ語、マラーティー語などの言語での大人気ヒット映画や、インディーズの人気作品の権利を取得。この買収に続いて、オリジナル映画やスタンドアップコメディ、インパクトのあるシリーズ作品を展開するなどインド市場での人気を確信していた。

また、2018年の時点でNetflixは日本でもロングラン上映され話題となった大ヒット映画『バーフバリ』を獲得、さらには映画の前編と位置付けられる2シーズンのドラマ『バーフバリ:ビフォーザビギニング』の制作を発表。Netflixは同作に150億ルピー(約270億円)を投資したとされ、ベストセラー作品の映像化に期待が高まり大きな話題となった。

しかしながら、撮影も終了し編集作業に入ったことが確認されたものの、昨年1月にはNetflix側が仕上がりに納得できず「作品がお蔵入りした」とエンタメ誌や地元新聞が報じその後の詳細については不明のままだ。

市場進出後しばらくは話題となり、勢いがあったかのように見えたNetflixが伸び悩んでいるのは、ローカルコンテンツ数が少なすぎるためと指摘されている。


ローカルコンテンツは同社がインドで提供しているタイトルの12%に過ぎず、ライバルのプライムビデオが現地の言語での作品を60%有していること、Disney+ Hotstarは元々、地元のスター・インディアの配信サービスをリブランドしたもので、ローカルコンテンツはもとよりハリウッド作品やアメリカのスタジオ製作ドラマが充実している。その上、最高で1,000万人が観戦視聴するクリケットのIPL(インディアン・プレミアリーグ)、国内サッカー、国内クリケットなど、スポーツコンテンツの充実が人気を独占している理由だと分析されている。

ニーズに合致するインド国内の配信サービス

国内志向が強いインド市場では、主なものだけでも以下のようなインドの配信サービスを展開している。

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ウェブサイトのオリジナル作品85本をさまざまな地域言語で展開しているSony Liv。いち早く多言語での展開の必要性を提唱したのもこのブランドで、ホームドラマ『Kacho Papad Pako Papad』などの作品が好評を博している。

Eros Nowはボリウッド映画の配給会社エロス・インターナショナルの配信サービスで、1万1,000本以上ものデジタル映画タイトルをインド国内10の言語で配信。2017年に1,100万人だった登録者数は2019年第1四半期に1億1,300万人まで急増、有料会員は1,000万人超に達している。
コンテンツの7割を映画が占める一方で、これまでに180本以上の映画と、短編オリジナル作品は300本以上配信。インドで最も人気の高いジャンルであるコメディ作品『Side Hero』で、初の完全オリジナルシリーズをリリースし、将来のブランドや作品、サービスの構築に投資をし続けると意欲を見せている。

複数のインドの言語での展開を計画している国内ブランドは他にVoot、Zee5。コンテンツの大量生産に取り組んでいるALT BalajiやHoichoiでは、ベンガル語でのオリジナル作品も多数配信。世界最大のベンガル語エンターテインメント・プラットフォームであるHoichoiは、国内だけでなく中東やバングラデシュでの展開を計画している。

問われる市場特有のニーズへの対応力

世界最大の人口を抱えているインドでは、連邦公用語であるヒンディー語のほかに、ベンガル語、マラーティー語など憲法で公認されている州の言語が21あり、その他数百もの言語が使われている。ヒンドゥー教徒が80%を占める中、イスラム教徒が15%弱、キリスト教徒、頭にターバンを巻いたシク教徒も存在する複雑な社会構造だ。前述のとおり、テレビの衛星放送が900チャンネル近くあるのもこうした背景がある。

独特なスタイルで明るいボリウッド映画とクリケットの試合は、伝統的に国民が夢中になる娯楽の中心であり続ける中、これにモバイルゲームや配信サービスが浸透してきている。

また、映画鑑賞は映画館で自由に他の観客と声を出して一緒に盛り上がるというスタイル、家庭でのテレビ視聴は家族全員で一緒に、という団体行動を好むのもまたインドの特徴。子どものいる家庭であっても、子ども向け番組ではなく、一般娯楽番組を中心にインド映画、ニュース番組を視聴しているという調査結果がある。

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こうした背景を踏まえつつも最も重要な点は、これまでわずか150~300ルピー(約270円~540円)で平均300チャンネル、ハリウッドやボリウッド映画の最新作を視聴できていた人々の金銭感覚だ。

配信サービスの人気が注目される一方で、低価格(月々129ルピー、約232円)で映画やドラマ、スポーツを視聴できるYouTube Premiumが最大の人気を保持し続けるのも、こうしたインドならではの事情がある。Netflixでも2021年末に499ルピー(約900円)のベーシックプランを 199ルピー(約360円)に値下げをし、これによって加入者の離脱を防ぐことができたと言われている。

ビジネスコンサルティングサービスのRBSA Advisorsの予測によれば、2030年までにインドのビデオ配信サービス市場は、125億ドル(約1兆8,700億円)規模にまで成長すると見られている。

Netflixは複数回に渡って、料金の値下げを実施することで加入者数の増加と、売上額のキープを果たしてきた。今後は、Netflixのみならずすべての配信サービス企業は、新規加入を促すと同時にいかに「加入者の退会」を防ぐかが課題になってくると専門家たちが指摘している。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit