
アメリカの民間スタートアップ「ブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)」が開発する同旅客機は、計画が順調に進めば、2029年の商用化が見込まれている。
超音速旅客機といえば、1960年代に開発され、2003年まで就航していた「コンコルド」が思い出されるが、このオーバーチュアはなにが違うのだろうか。また、市場へのインパクトやリスクはどのようなものだろうか。
ビジネスクラス料金で飛行時間を半分に
オーバーチュアの速度はマッハ1.7(時速約2,100キロメートル)が想定されており、現在の大型旅客機の約2倍の速さとなる。現在の規制では、マッハ1以上の超音速飛行は、洋上のみ可能となっているが、陸上でも現在の速度を20%上回るマッハ0.94の速度が想定されている。航続距離は約8,000キロメートルで、長距離路線の場合は途中で燃料補給が必要となる。しかし、この時間を入れても、例えばシドニー~ロサンゼルス間の移動時間は8.5時間となり、現在の約半分の時間で目的地に到着できることになる。

ブーム・スーパーソニック(以下ブーム)の創業者兼CEOのブレイク・ショール氏は、米フォックス・ニュースとのインタビューで、「すべての人がすべてのルートで、超音速飛行の恩恵を受けられるようにしたい」と述べており、2号機ではプレミアム・エコノミー席、3号機ではエコノミー席も設ける意向を示している。
コンコルドの問題を克服
超音速飛行が技術的に可能であることは、すでにコンコルドが証明している。同機はイギリスとフランスが1960年代に開発したもので、ニューヨーク~ロンドン間を3時間で結んでいた。ショールCEOによれば、オーバーチュアがコンコルドよりも安い価格設定ができるのは、過去50年間の航空機技術の発展によるものだ。オーバーチュアは、軽くて強い炭素繊維複合材料の品質やソフトウエア技術の向上などにより、コンコルドよりも格段に燃費がいいという。

シンフォニーはまた、サステイナブルな航空燃料(SAF)だけで作動するように設計されている。植物などを原料とするSAFは、原材料の生産から燃焼までのサイクルの中で、従来のジェット燃料と比べて二酸化炭素の排出量を最大80%削減できる。新時代の超音速飛行が環境面に配慮している点も、コンコルド時代からは変化している。
2029年の商用化、JALも発注権を確保
コロラド州デンバーを本拠地とするブームは現在、ノースカロライナ州グリーンズボロにオーバーチュアの製造拠点を建設している。2024年内の完成を予定しており、この敷地に最終組立ラインやテスト施設、顧客配送センターを設ける。オーバーチュアの小型テスト機である「XB-1」は2020年に完成し、昨年中に連邦航空局から耐空証明を獲得し、広範な飛行準備審査(FRR)を通過した。

また、JALは2017年12月にブームと戦略的パートナーシップを締結し、同社に1千万ドル(当時約11億円)を出資した。同時に、オーバーチュア20機までの優先発注権を確保している。
飛行時間の半減がもたらす新たな需要
超音速飛行がもたらす市場へのインパクトは、飛行機が初登場したときほど劇的な変化をもたらすものではないが、それでも飛行時間の半減は、旅行需要や人々の交流関係にさまざまな影響を及ぼすだろう。ブームによれば、2019年にオーストラリアを旅行したアメリカ人は全体の0.2%と推定されている。しかし、現在15時間以上かかる飛行時間が9時間になったら、オーストラリアに行ってみようかと思う人も増えるのではないだろうか。
スポーツの世界でも変革は起こり得る。選手にとっても観客にとっても、飛行時間の半減は大会へのアクセスを容易にする。スポーツの国際大会はより頻繁に開かれるようになるかもしれない。同様の理由で、音楽のライブコンサートなどにも新たな需要をもたらすだろう。

コロナ禍では「Zoom会議」が一世を風靡したが、今日、海外出張に対するマインドセットは完全にコロナ禍以前のレベルを回復している。調査会社Skiftと旅行アプリ開発のNavanによるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツを拠点とする企業の出張・財務マネージャー689人と出張者778人を対象とした調査では、「企業の成長にとって出張は極めて重要である」と認識する人が9割に上り、2021年の70%台から急回復していることが明らかになっている。
ちなみに航空業界全体の需要については、長期的な成長を予想する向きが強い。IATA(国際航空運送協会)は2023年12月のレポートで、2024年の旅客輸送量(旅客キロ:RPK)が前年比で40%増加し、パンデミック以前の水準まで回復すると予想。2040年までにRPKは倍増するとの見通しを示している。また、国際空港評議会(ACI)も2024年2月のレポートで、世界の総旅客輸送量が2042年に200億人近くに達し、2024年から倍増すると予想している。
新時代の超音速飛行の課題
超音速飛行はさまざまなメリットが期待されるが、リスクについてはどのような見方があるのだろうか。航空情報会社シリウムのシニア・コンサルタント、リチャード・エバンス氏が2023年にCNNに語ったところによると、オーバーチュアの運行を採算に乗せるには、同機を従来の長距離路線の飛行機と同じぐらい、つまり年間4,000~5,000時間稼働できるかどうかにかかっていると試算している。
コンコルドの稼働時間が年間約1,000時間程度だったこと、またオーバーチュアの投入は高収益路線に限定されるとの推測に基づくと、航空各社の採算が合うかどうかが懸念される。

一方、環境への負荷を懸念する声も上がっている。まずはSAFの供給が十分に確保できるかが不安視されているほか、たとえオーバーチュアがSAFのみを使用しても、スピードを出すための燃料消費量は従来の航空機よりも多くなる上、乗客キャパシティが最大80人となると、1人あたりのエネルギー消費量は従来よりも増えてしまう。
オーバーチュアの課題は多いが、技術的にはすでに50年前からの蓄積がある。ショールCEOは、「(認証取得は)非常に複雑なプロセスだが、電気飛行機や垂直離着陸機とは違って、認定を受けるために全く新しい規制は必要ない。これも飛行機なのだ。飛行速度が違うだけだ」(CNNより)と語っている。
超音速飛行で世界を劇的に小さくするブームの挑戦は、これから正念場を迎える。今年もその進展に注目したい。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)