そんな中、「消費主義のループから抜け出した瞬間、人生は本当に良くなった」ーーそう語るのは、2013年に「1カ月間、新しいものを一切買わずに過ごしてみよう」と決めた一人の挑戦者、アシュリー・パイパー氏だ。最初は不可能だと思われたその挑戦は、驚くほどの恩恵をもたらし、気づけば約2年(683日間)もの間続けられた。
彼女は、クローゼットにある服だけでやりくりし、物を贈る代わりに特別な体験をプレゼントし、センスある中古品を見つけ出し、創意工夫で生活を整えた。それまで常に届いていたプロモーションやレシートのないスッキリとしたメールの受信箱を心から楽しんだという。
その結果、彼女は約36,000ドルを節約し、借金も返済。しかし、それ以上に得られたのは、自分の時間を取り戻せたこと、ストレスの軽減、そして創造性と集中力の向上だった。
多くの人が、巨額の借金を抱えていたり買い物依存症になっていない限り、消費主義の枠から抜け出す理由がないと感じるかもしれないが、実は新しいものを買わないことで得られるメリットは予想以上に大きいという。
この記事では、彼女がこの体験をもとに書いた書籍『No New Things』の中で紹介されている、消費主義のループから抜け出すべき7つの理由を紹介する。
理由1:モノが人をストレスにさらしている
人びとは新しいアイテムを手に入れるたび、その管理を任される。購入した瞬間から、その維持や修理、最終的な処分まで自分の責任だ。大掃除や整理整頓をテーマにしたテレビ番組や動画が人気なのは、人びとがモノに押しつぶされそうになっている証拠だろう。アメリカの家は1950年代の約3倍の広さになり、屋根裏、ガレージ、地下室、ウォークインクローゼットがあることが一般的となった。
さらに、54%の人が「モノがストレスの原因」と感じ、70%が「買い物を減らしたい」と思っている。ある研究では、家が散らかっていると感じる女性は、ストレスホルモンのレベルが高いことがわかっている。
自分の部屋を見回して、心が落ち着くのか?それとも、片付けるべきことに頭を抱えていないか?実際、78%の人が「何から手をつければいいのかわからない」と感じている。
理由2:お金の使い方を見直す
インフレが猛威を振るい、スーパーでは物価の高さに驚く日々。しかし、それで衝動買いが止まったかというと、そうではない。2015年の報告によると、アメリカ人の80%が何らかの消費者債務を抱えており、それにもかかわらず、平均して年間18,000ドルを「不要不急」の買い物に使っているという。人びとは「将来の安心や安定」と引き換えにモノを買ってしまっているのだ。アメリカ人の56%が1,000ドルの緊急の予備資金すら貯金できておらず、25%が老後の生活費のための十分な貯蓄がない(ベビーブーマー世代の約半数も含まれる)のがその証拠だ。
しかも、人びとは買ったモノを長く楽しんでいない。64%が、服や車、電子機器など「短期的な買い物を後悔している」と回答しているのだ。
理由3:過剰消費が地球を壊している
1945年から1992年の間、産業の生産性はほぼ全ての分野で96%向上したが、その結果、温室効果ガスの排出が急増した。2014年の報告によると、二酸化炭素濃度は第二次世界大戦以降43%も上昇し、気候変動が加速している。人びとの消費習慣が「節度」から「過剰消費」へ変わり、産業もそれに対応した。国際的なNGO「Global Footprint Network」の報告によると、現在の消費と資源利用のペースは、地球が再生できるペースを超えており、すでに地球の1.7倍分の資源を消費しているという。近い将来、必要な資源と廃棄物処理のために地球がほぼ2つ分必要になるということだ。また、2050年には海中のプラスチック量が魚の数を上回るとさえ予測されている。
そして、家の中やゴミ箱にも多くのプラスチック製品がある。スーパーの袋、食品用容器、炭酸飲料のボトル、ラップ、発泡スチロール、テープ、ボールペン、調理器具、合成繊維の衣類、スマホケースなど、挙げればきりがない。プラスチックという素材はわずか70年ほどの歴史しかないが、これまでに90億トンも生産されており、しかも完全に分解されることはないのだ。
新品を買わないという行動は、新品を製造する際に使われる資源や汚染を減らし、既存のモノの使用寿命を延ばし、ゴミとして捨てられるのを防ぐことにつながる。そして、人びとのこうした購買行動は未来への意志表示となり、投票のような役割を果たしていることを忘れてはいけない。
理由4:自分の時間を取り戻す
2010年代、アメリカ人は買い物に毎日1.5時間、ウインドウショッピングに55分も使っていたという。つまり、物を探すことに年間14日を費やしていたのだ。性別ごとのデータでは、女性は年間400時間、つまり一生で約8年半を買い物に使っているという試算もある。最近では、SNSを眺める時間も多くなっている。もし、数時間、あるいは数年間の自由な時間ができたときのことを考えてみる。子どもともっと一緒に過ごす?書きたかった小説を書き始めてみる?マラソン大会に向けてトレーニングをする?それとも、もっとしっかり睡眠をとる?
多くの人は、その余った時間を買い物に使いたいとは思わないはず。1日の時間が足りないと感じている人は80%にも上る。「買い物は楽しい!」という考えを手放せば、消費主義がどれだけ私たちの貴重な時間を奪っているかが見えてくるはずだ。
理由5:選択肢を減らし、クリアな思考へ
資本主義社会では、「選択肢が多いこと」を自由だと感じがちだが、実は選択肢が多すぎると決断疲れや無気力を引き起こす。人は1日に35,000回以上も決断をしていると言われている。食べ物を選んだり、電話をかけるタイミングを決めたり、道を選んだり、服の色を決めたりするなど、あらゆることが決断に含まれる。この「選択のパラドックス」は脳に負担をかけ、ストレスや優柔不断を引き起こし、自制心を保つのも難しくなる。選択肢が多いと、思考が鈍くなる。だからこそ、買い物(特にオンラインで無限の選択肢にさらされる場合)を減らすことで、日々の決断によるストレスが軽減され、思考がクリアになるのだ。
理由6:自分の価値をモノと結びつけない
消費文化は人びとに、「モノを通して自分のアイデンティティや社会的地位を示せ」と求め続けている。その結果、人びとは常に「十分ではない」と感じ、「もっと良いモノ」を求め続けるようになる。現代のマーケティングは、人びとの不安や恐れを利用して購買意欲を引き起こしている。例えば、経済的に不安な人は「自分をより良く見せてくれる」商品を買う傾向があり、実際にラグジュアリー商品を買う人の半数以上が中低所得層だ。肌や体型に悩みがある人も、それを「直す」ために多くの商品を買ってしまう。
ある調査では、96%の人が「気分転換のための買い物」を経験したと答えたという。しかし、この「気分転換」が逆に買い物依存症を増やしている。人びとは無意識に買い物に安心感や自己成長を求めがちなのだ。
高額な商品を買うときに「自分への投資」と言い訳することがあるが、実際にはモノには自分をより良くする力はない。この誤解が人びとにストレスを与え、71%の人が買った後に後悔すると報告している。人びとが本当に求めているものは、お店では手に入らないものなのだ。
理由7:衝動を自分の手に取り戻す
戦後の産業化と現代広告の登場で、人びとは「消費すること」が当たり前の生活に慣れてしまった。買い物は新たな娯楽となり、「修理して使う」という価値観は、「より大きく、良く、豪華に」という欲望に変わった。その結果、製品は修理されなくなり、安価な使い捨て商品があふれるようになった。マーケティングは進化し、企業はSNS、テレビ、ネット、看板、スマホなど、あらゆる場所で人びとにアプローチしている。企業は人びとの感情を知り、それを利用して「あなたは不十分」と感じさせ、さらに消費させようとしている。個人データを使って人びとを操作し、気分を落ち込ませて買わせている。それが毎日、巧妙に、気づかないうちに起きているのだ。
人びとは、この無意識の衝動に支配されることなく、自分の選択を取り戻す必要がある。消費行動を意識的にコントロールすることで、本当に自分にとって価値のあるものを選び、無駄な消費から解放されることができる。
最後に
アシュリー・パイパー氏は、もっと自分の本当に欲しいものだけを得て、いらないものを減らした人生を想像してみてはどうだろうかと問いかけている。それはたとえば、時間、平穏、安定。あるいは、部屋がすっきりして、金銭的な不安が減った状態。彼女にとって「新しいものを買わない生活」で最も魅力的だったのは、時間・エネルギー・主導権を取り戻せたことだ。私たちも、無駄な消費を減らすことで、本当に大切なことに集中できるようになり、より豊かな生活を手に入れることができるのではないだろうか。
文:中井千尋
編集協力:岡徳之(Livit)