◆一人でいたい気分
若い浅野素女さんのこのフランス便りを、私は岩波の雑誌「よむ」連載当時から、いちいち思いあたる感じで愛読していた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995~1996年頃)。
「結婚していなくても、社会的圧力は皆無と言っていいわ。
『フランス家族事情』(岩波新書)によると、フランスでは一九七二年をピークに婚姻数が減り、九四年には年二十五万件と、二十年前より四〇%も減った。性関係を出発点に、何の制約もない軽やかな結びつきがスタートし、ゆっくりと二人の関係を築き、ときにはパートナーを替え、出産、育児を経て、その中のあるカップルは最後を結婚で飾る。フランスはそんな国になった。
「ひとりの女性だけに(性的な)欲望を持ち続けるというのはむずかしい。
「選択しなくちゃいけない時期が必ずくる。なぜならカップルというのは、結婚している、していないにかかわらず、前進しなくなったら後退するしかないものだから」
結婚していれば子どもの成長、家の購入と、変化と前進がある。恋人とは生活を共にしない分、行きづまりがいつか来る。このポールの言葉は痛いほど分かる。
「恋人と新しい生活を始めても、また同じことを繰り返すのだったらいったい何の意味があるのか……」
著者の地の文も明解で想像力に富むが、何といっても、インタビューされた側のこの率直なつぶやきが一つ一つ私を考え込ませる。
クリスチーヌとパトリスは子どもが一人いて別居している。これをLAT(リビング・アパート・トゥギャザー)という。つまりステディな関係だが、別居しているのだ。男女各自の生活の独立性を守り、家事の分担という雑事を二人の間に紛れ込ませないですむ。
前は同居していたダナとジャンは、地下鉄で三十分の所に別々に住むようになって関係がよくなった。それぞれの住居はそれぞれの趣味でしつらえ、家事は自分の家にいる方がやる。ダナが仕事で夜遅くまで机に向っていても、ジャンは「人のうちのこと」だからと干渉しなくなった。
もちろん継続的な関係をもたず、何人かの恋人をもつシングルも多い。三人、五人で共同生活を送る人々もいる。
「いっしょに暮らすカップルを見ていると、必ずと言っていいほど、一方がもう一方の犠牲になっている。それがいやなの」。こうした気持はすでに、日本でも色濃くなっている。夫婦が力を合わせて一つの家を築くことよりも、一人一人のやりたいことが最優先である時代なのだ。そして「一人でいたい気分」も。
「シングル・マザーは泣かない」の第三章は私のために書かれたような気がした。
親が一人親の状況をどうとらえるかが大事であること、離婚しても父親の役割を果たす人が必要なこと。極端な母子密着をどう回避するか、離婚して子どもを奪われた父親の危機、などを丁寧に語っている。
カップルが三回ずつも結婚してそれぞれに子どもがいたりすると、子どもからすれば「わたしのお父さんの三番目の奥さんが二番目に結婚してた人との間に生まれた子のいまの継母」といったややこしい関係性が生まれてくる。ややこしいのかな。無限の可能性のある人間の鎖なのかなあ。
【この書評が収録されている書籍】
【書き手】
森 まゆみ
作家・編集者。
【初出メディア】
毎日夫人(終刊) 1993~1996年
【書誌情報】
フランス家族事情―男と女と子どもの風景著者:浅野 素女
出版社:岩波書店
装丁:新書(207ページ)
発売日:1995-08-21
ISBN-10:4004304040
ISBN-13:978-4004304043