私の座右の銘は「努力・勤勉・根性」。62年間、ひたすら真面目に、寝食忘れて働いてきた。
先日、書店でとんでもない本を見つけた。ハ・ワン著『あやうく一生懸命生きるところだった』(岡崎暢子訳・ダイヤモンド社・1595円)である。表紙のイラストはだらしないし、だいいち、タイトルがけしからん。一生懸命生きてきた私を嘲笑するのか。
内容はもっとけしからん。
パラパラめくると、文章だけでなく、あちこちに一コマ漫画のようなものがある。ブリーフ一丁の男があぐらをかいて<俗世の服を脱いだら気分爽快だなあ すこし肌寒い気もするけど……>なんていって。
目次を眺めると、必死に生きないための名言が並んでいる。ちょっと気が利いていて、でも、どこかで聞いたことがあるような言葉だ。<必要なのは、失敗を認める勇気>とか、<そこまで深刻に生きるものじゃない>とか。
著者の根性はねじ曲がっている。偉大なるノーベル文学賞万年候補、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』から、<努力したって、必ず報われるわけではない>というメッセージを読み取ったというのだから。やれやれ……。
この脱力人生訓エッセイが韓国ではベストセラーなのだという。日本よりもうんと上手く新型コロナウイルスに対処した国では、こんな本が読まれているなんて。
【書き手】
永江 朗
フリーライター。1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。
【初出メディア】
毎日新聞 2020年5月2日
【書誌情報】
あやうく一生懸命生きるところだった著者:ハ・ワン
翻訳:岡崎 暢子
出版社:ダイヤモンド社
装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
発売日:2020-01-16
ISBN-10:447810865X
ISBN-13:978-4478108659