アメリカで生まれたいわゆる「バービー人形」は、オシャレでかわいいというだけではなく、常に時代の先端を行く「女性像」を反映してきた。性別や人種を越え「You Can Be Anything(なりたい自分になれる)」というメッセージを発信するバービーは、文字通り世界中の女の子たちの憧れで在り続ける存在だと言えるだろう。

そのバービーの世界を初めて映画化し、この夏の話題作として日本では8月11日に公開された映画『バービー』だが、早くも10月25日(水)にデジタル先行販売、11月22日(水)にはデジタルレンタル/ブルーレイ・DVD発売、レンタルがそれぞれ開始される。
今回は、その日本語吹替版で、ライアン・ゴズリングが演じるケン役として出演した声優武内駿輔さんにお話を伺った。
※記事中には作品の具体的な内容に触れる部分、いわゆる「ネタバレ」が一部含まれます。ご了承ください。

映画『バービー』で監督/脚本/製作総指揮を務めたのは、監督デビュー作である『レディ・バード』(2017年)でアカデミー監督賞・脚本賞にノミネートされ、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)では全米映画批評家協会賞の監督賞を受賞するなど、ハリウッドで高い評価を受けるグレタ・ガーウィグ。

自身も幼い頃からバービー人形で遊んでいたというガーウィグが構築した作品の世界観はきらびやかでポップで絢爛豪華、つまり世界中の人々がバービーに抱いているイメージそのものだと言える。
どんな自分にもなれる、夢のように完璧な日々が永遠に続く「バービーランド」で暮らすバービーたち(そしてバービーのボーイフレンドであるケンたち)には、現実社会で生きる人間たちのような悩みはない。しかし、ある日突然マーゴット・ロビー演じるバービーの体に異変が起きる。その原因を探るために人間の世界へと向かうバービーに、ケン(ライアン・ゴズリング)も付いていくことに。そこで2人が見たものは、完璧とはほど遠く悩みに満ちあふれた世界の真実だった。バービーは女性として、ケンは男性として、それぞれが人間社会で見たものに対しての思いを抱えながら、2人は別々にバービーランドへと戻っていく。そして、それがバービーランドに、さらにバービーとケン自身に大きな変革をもたらすこととなる。


――というのが、映画『バービー』のあらましだ。バービーとケンという、ある意味ではステレオタイプな女性像・男性像を描写しながら、その両方に世の女性と男性の悩みを投影し、「なりたい自分になる」ということはどういうことか、そもそも「自分」とは何なのか、ということを自問させていく物語の語り口には、この作品が世界中でセンセーションを巻き起こした理由が詰まっている。一見すると極めてフィクショナルな、誇張されたビジュアルを通して描かれているのは、観客がリアルな人生を生きる上で避けては通ることの出来ない普遍的な問題である。つまりこれは、男女を問わず人間が自らのアイデンティティを追求する物語なのだ。

そんな映画『バービー』で、バービーと並んで最も重要な役割を担っているキャラクター、ケン(ライアン・ゴズリング)の吹替を担当した武内駿輔さんは、どのようなことを感じながら演じていたのだろうか。前後編の2回にわたってお届けしたい。


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◆大事にしたのはケンの純粋さや意志の強さ◆

――バービーというキャラクターについて、このお仕事を受ける前に持たれていた印象は?

武内 たまたま配信サイトで、バービーを特集したドキュメンタリーを観たことがあったんですよ。それでバービーの歴史を学べて、すごく面白い文化のキャラクターなんだなっていうことには、元々興味がありました。バービーってその時代の女の子たちの憧れであり続けることに特に力を入れて、現実で女の子たちの間に流行っているものをいち早く取り入れたりする、そういう取り組みもすごく興味深いなと思いました。色々な人種のバービーをどんどん作っていったりする試みも含めて、ただのおもちゃというより、今を生きる子供たちに寄り添ってあげるにはどうしたらいいかっていうことをすごく考えられて作られているものなんだなっていうのを感じましたね。

――その元々持っておられた印象を踏まえてお仕事として映画の台本を読まれた時に、どう感じられましたか?

武内 幅広い年齢層の方が観て楽しんでもらえるなっていうのは思いました。大人から見ると、自分が昔遊んでいたおもちゃをもう1回振り返るっていう着眼点はすごくいいなと思いましたし、結構クスっとくるようなブラックジョークなんかも入っていて、そのギャグセンスや間、誰が見ても面白い作品だと思います。


――ケンは全編を通して色々な変化をしていくキャラクターですが、ご自身が演じられた中で特にお気に入りのシーンがあれば教えてください。

武内 後半になると、だんだんケンが男性の文化に対して、すごく魅力を感じていくじゃないですか。筋トレとかもそうですけど、男子ってなんでこういうものが好きなんだろうっていう。僕が一番好きだったのは、「現金で貯金してるの」みたいな会話をしているバービーに対して、他のケンが「いや、それじゃダメだよ」的なアドバイスをしているところで、あの男子独特の、なんて言うんでしょうね、「僕は知ってるよ」感。そうかと思うと、急に論理的じゃなくなって、もうただ馬鹿をやったりもする。理由はっていうと「わかんない、格好いいから」みたいな、男子のロマン感がめちゃくちゃ集約されているシーンがすごく好きですね。
確かに男はこういうの好きだよな、って。

――男性から見てもそうですし、それって結構、女性から見ても、男ってこういうところあるよねみたいに思える部分ではありますよね。

武内 そうそう、だから女性から見たら何がいいんだろうっていう感じだと思うんですけど、男側から見たら「いや、わかるわ」ってなるところはありますね。ケンがバービーに歌を聞かせるシーンもいいですよね。「君のために1曲作ってきたよ」みたいな、いらないロマン感が(笑)。男性の思うロマンチックと女性の思うロマンチックが実はズレていて、男からすると女性はすごく喜んでくれると思っているんですけど、女性は我慢して聞いてもらっていたというか、敢えて付き合ってくれていたんだ、っていうことがわかるシーンですよね。


――あれは男性にとってはちょっとショックですよね(笑)。

武内 「サプライズだよ」みたいな感じで歌うんですけど、女性からしたら「そういうサプライズじゃないんだよな」みたいな。力を入れてほしいのはそこじゃなくて、っていう。それが客観的に見てパッとわかるように視覚化されているっていうのがすごく面白い演出だなと思いましたね。でも、僕はやっぱり男なので、そんなケンたちも憎めないですし、「やったな!」ってなる感じもすごくよくわかります。

――武内さんが演じられたケンは一番典型的なタイプと言われているものだと思いますし、演じる上では逆に取っ掛かりがなくて難しいような気がするんですが、どうでしたか?

武内 僕が今回すごく意識したのは、ケンはやっぱりめちゃくちゃ馬鹿であるっていうところですかね。馬鹿というか、結果として馬鹿な時もあるけど、めちゃくちゃピュアなやつみたいな捉え方をしていました。本当に純粋にバービーのことが好きでありつつ、周りの環境にも流されやすいのがケンっていうか。
最終的にはバービーに立ちはだかって対立する相手みたいな風になりますけど、それも、嫌味があるように見えないようにしないとなって、すごく思いましたね。バービーに認められないからこそスレてしまって、でもバービーにちょっとでも最近素敵になったねって言われたら、「よっしゃー」ってなるみたいな。めちゃくちゃ馬鹿だけど、めちゃくちゃ純粋でもあって、その純粋さや意志の強さっていうところは大事にしたいなと思いました。

――俺がマッチョでムキムキになったらバービーに好きになってもらえるかもっていう、ちょっとズレた方向に頑張ってしまうんですよね。

武内 そうですね。なんか見返してやるくらいの、その努力の方向も間違ってるんですけど、ケンは純粋にそれがいいと思ってやっているっていう、あのチグハグ感はうまく出せたらいいなと思いました。

――バービーランドって一種の理想郷というか、バービーたちもケンたちも老いることはないし、何の変化もない日常を日々繰り返していくっていう世界ですけれども。もし、ご自分がそういった環境に置かれたとしたら、何がしたいですか?

武内 どうでしょう、何をするんだろうな……。もう働かずに生きていって、自由にプールでずっと泳いだりしていたいなとかって思う時が僕にもあるんですけど、人間って仕事がないと意外とやれることが限られちゃうなって思いますね。プールに行ったり、ゴルフしたり、クラブに行ったり、色々やったとしても、基本的にそこに付随するものって、もうおしゃべりしかないわけじゃないですか。どれも 1人でやるものでもないし。そう思うと、何か変わったことをしたくなっちゃうような気はしますね。同じことの繰り返しになるんだとしたら、結局は周りとは違う遊び方とかを見つけたりするんじゃないかなと思います。
僕は観葉植物が結構好きなので、庭いじりとかするかもしれないですね。草を刈ったりとか、犬と一緒に遊んだりとか。もしバービーランドに行ったら、僕は多分そういうタイプかな。

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◆OKが出るまで20テイクかかった台詞とは?◆

――アフレコ現場の雰囲気についてお伺いしたいんですが、今回はお1人でやられたのですか、それとも何名かと一緒に?

武内 基本は1人でしたね。アラン役の下野(紘)さんとはちょっとだけご一緒できたんですけど、他は完全に一人になっちゃいましたね。先に高畑(充希)さんがバービーの声を入れられていたので、その声のニュアンスを聞きながらというような感じでした。

――他のたくさんのケンたちがいるシーンなども基本的に1人で録られていたんですか?

武内 そうなんです。あと、単純にセキュリティの問題で、映像はモノクロでアフレコをしたんですよね。事前にPVを観てこんな感じなんだなと思ってはいたんですけど、実際の映画を観たら「あ、本当はこんな色だったんだ」みたいな(笑)。だからもうイマジネーションとの戦いでしたね、自分の中での。これはこういう色なんだろうなと。PVで観てここがピンク色でモノクロだったらこの色っぽいから、これは多分ピンクなんじゃないかな、みたいな予想はしていましたけど、何がなんだかわからなくて。ディスコのシーンとか、あと途中の移動のシーンとか、そういう割と非現実的な空間はこんな感じだろうなとか思いながらやったりしました。デュア・リパのマーメイドとかがいっぱい出てくるところも、これって全部同じ色なのかなみたいな。
アフレコ自体は、僕が新人の頃からお仕事をご一緒させていただいている梶谷さんというディレクターの方で、信頼してくださっているところもあったりするんですが、梶谷さんは絶妙なニュアンス感みたいなものにすごくこだわられる方なんですよね。最初のほうでバービーとケンが1日中遊んで、遊び終わった後に、今日は僕のお家に来てくれないかな、みたいなシーンで、「お家に行って何するの?」ってバービーが言った後にケンが「さあ、なんだろうね」って答えるその1つの台詞がなかなかうまく僕も言えなくて、20テイクくらいしたんじゃないかな。一番リテイクしたのがそこだったんですよね。

――大人同士がデートして家に行くとこういうことをするんだよみたいなことを、ケンがわかっていてとぼけているのか、本当にわからないのか、という意外に重要なニュアンスを含む台詞ですよね。

武内 そうそう、でもケンはやっぱりわかっていなくて「なんか全然よくわかんないけどそういうものらしいよ」みたいな。その気持ちに加えて、あとは音色の部分で「なんだろうね」じゃなくて、「なんだろうねえ」って若干語尾を伸ばしてくださいとか。さらっとしすぎてもちょっと違うし。でも、バービーとケンが、ものすごく純粋な状態で、2人っきりで他に誰もいない空間で喋るシーンは確かにそんなに数は多くなくて、やっぱりあれは大切にしないといけないシーンだったんじゃないかなっていうのはすごく思うので、何回も挑戦させていただけた、それにお付き合いしていただけたのは、ご迷惑をおかけしてしまいましたけれどもありがたかったなと思いました。それはすごく楽しい時間でしたね。

――バービーは主に女の子が子供の頃に遊ぶおもちゃですけど、武内さんご自身は子供の頃にどんなおもちゃで遊んでいましたか?

武内 やっぱり人形は通りますよね。ソフビみたいなものはめちゃくちゃ持ってました。30個から40個ぐらいは多分持ってて、仮面ライダーウルトラマンも怪獣もソフビだと同じ頭身になっているので、それで1人で夢の共演、夢のコラボレーションをしてましたね(笑)。
それから、僕が子供の頃はカードゲーム、それこそ「遊☆戯☆王」とか、女子で言ったら「(オシャレ魔女〈ハート〉)ラブ and ベリー」とかが流行ってましたね。あとは「(甲虫王者)ムシキング」がちょうど直撃世代で、あのシリーズは新作が出るたびに絶対1回は遊んでいました。
昆虫が出たら今度は恐竜だとか、恐竜が出たら今度は動物だとか、色々な会社が競い合っていて、その文化に参加している感じもすごく楽しかったですし。細かい話なんですけど恐竜にも何パターンかあったんですよ。ムシキングの後に出た恐竜もので、先に出たのが「ダイノキングバトル」っていう、たぶん韓国の会社が作ったもので(編注:韓国のD-Gateが開発、日本国内での販売はタイトー)、その後にムシキングのセガさんが「(古代王者)恐竜キング」っていうのを出してきて、お前はどっち派なんだみたいなのもあったりして。キラキラカードが出たら児童館に持っていって、みんなが漫画を読んでいるところにわざとそのキラキラカードを置いて自慢したりとか、そんなことをやってましたね。

――虫と恐竜は男子の間では2大スターなんですね。

武内 虫と恐竜はやっぱりみんなハマりますよね。

――みんなで遊ぶ時の共通の話題みたいな形だったんですか?

武内 いや、でもやっぱりその時はたぶん自分が単純に好きだからですよね。結果として、みんなムシキングの話しかしないっていうだけで。
でも本来はそうですよね。遊びって自分が好きだと思うものをやればいいのに、大人になると、だんだん何か共通の話題のためにみたいな感じになって、付き合いの一環になっていくというか。そう考えると子供の頃は純粋で良かったなと思います。それこそ僕はカードゲームが本当にすごく好きだったんで、父の会社の余っている白紙の名刺をもらってきて、それに自分で鉛筆で描いてドラクエのカードゲームのカードを勝手に作って、それを友達に配ってみんなに昼休みにやってもらうみたいなこともしていましたね。
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前編では、武内さんがバービーについて持っていた印象や、自身が声を当てたケンというキャラクターについて、お気に入りのシーンやアフレコ時のこぼれ話なども含めて語ってもらった。さらに、少年時代にハマっていたカードゲームの思い出話にも花を咲かせた。後編では、作品を通して武内さん自身が再確認した「理想と現実」をめぐる価値観などについてに加え、あらためて映画『バービー』のみどころについてもお話を伺っていく。
武内駿輔さんが語る映画『バービー』、そしてケン役を通して見た「自分らしさ」(前編)