アニメ評論家・藤津亮太とアニメージュプラス編集長・治郎丸が2023年~2024年のアニメシーンを語り合う、恒例となった対談企画を全2回にわたって掲載。前編のテーマは、話題作が多数登場した劇場アニメだ。


>>>藤津さんも注目した2023年を盛り上げた劇場アニメタイトルを見る(写真7点)

◆『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』で盛りあがった年末◆

――2023年の劇場アニメは、現在公開中のものも含めて注目作が目白押しでしたね。

藤津 記憶に新しいところでは、11月に『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(11月17日公開/古賀豪監督)、12月に『窓ぎわのトットちゃん』(12月8日公開/八鍬新之介監督)、『屋根裏のラジャー』(12月15日公開/百瀬義行監督)と、年末に向けて話題となった作品がドカドカと登場した印象はありますね。2022年末からの『THE FIRST SLUM DUNK』(2022年12月3日公開/井上雄彦総監督)大ヒットの流れも引き継いで『かがみの孤城』(2022年12月23日公開/原恵一監督)も年明けにかけてクリーンヒットし、『BLUE GIANT』(2月17日公開/立川譲監督)も興収が10億を超えて、というところから始まり、やはり話題の多い年だったなと思います。

――特に『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は、思わぬ大ヒットを記録したことが印象強いですね。

藤津 どんなものになるか、読みにくい作品ではありましたからね。映画前作にあたる『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂』(2008年12月20日公開/古賀豪監督)は、子ども向けにしっかり作られた良作ではあったものの数字的には期待したほど伸びなかったようで。
製作側にも当初、『鬼太郎』はTVアニメが好評だったとしても映画としては弱いかもしれないという判断があったそうです。
それでも水木しげる生誕100周年という大きな節目で映画企画を進めたいという時に、より広い層が楽しめる映画が求められた。結果、その狙いが当たったという形ですよね。

――鬼太郎の生まれる前の物語という、いわゆるプリクエル(前日譚)なので、広い層にアピールするのは難しいのでは、と感じていましたが。

藤津 確かに、プリクエルという要素にドラマを注力してしまうと難しいかもしれませんが、『ゲゲゲの謎』は物語の主軸となる龍賀一族に濃いドラマが設定してあって面白かったし、PG12指定ですから、内容や映像表現もやや大人向けで。

――ホラー要素を強調して、鬼太郎の父と水木のバディ感も女性ファン層を中心に強くアピールしました。


藤津 そこは、よく言われるように「狙ったからといって当たるわけではないゾーン」ですが(笑)、そうした「足した部分」がしっかり上手くいったし、その上でしっかり原作の1話「幽霊一家」につながるようにもなっていて。

――原作ファンにも納得できる作りになっていたし、いろいろ噛み合った感がありますね。

◆好調のシリーズ最新作、そして3DCGの注目作◆
――そのほかで、藤津さんご自身が印象に残った映画/劇場作品は?

藤津 端からあげていくと……というか、印象的な作品がありすぎて難しいですよね、今年は。

――『君たちはどう生きるか』(7月14日公開/宮﨑駿監督)はムーブメントとして大きすぎるので、一旦おいておくとして(笑)。

藤津 話題になったという意味では、立川譲監督が『BLIE GIANT』で、人気漫画原作ではあるけれどTVシリーズとは紐付いていない、劇場のためだけに作られた映画として興収10億を超えるヒットを記録し、そのすぐ後に『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(4月14日公開/立川譲監督)で『コナン』映画で初めて興収100億を超えた。これは印象的な出来事でしたね。


――立川監督の活躍は確かに特筆ものでした。今後の作品にも注目したいところです。

藤津 そのほかシリーズものでいうと『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』(3月3日公開/堂山卓見監督)がなかなかに尖った作品でした。「ユートピアに見えるディストピア」に行くというお話で面白かったけれど、子どもには怖かったのでは? という(笑)。でも、ある意味『ドラえもん』らしい映画でした。

――劇場版ならではの”毒”を入れてくる感じですね。


藤津 あとは『クレヨンしんちゃん』の映画も今年は3DCGでした。

――『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司』(8月4日公開/大根仁監督)ですね。

藤津 これも、試みとしては面白かったです。3DCGであのくらい『しんちゃん』ができるなら、他にもいろいろできそうだなという可能性が感じられました。そして3DCGといえば『アイドリッシュセブン』ですよね。『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』(5月20日公開/錦織博・山本健介監督)が興収20億を超えるというのは凄いな、と。


――〈DAY 1〉〈DAY 2〉の2バージョン公開という仕掛けも効いていました。

藤津 半分にするとそれぞれ10億ですが、それでも十分に凄い。さらに凄いと思うのは、その成果を見てなのかどうかわかりませんが、突如『うたの☆プリンスさまっ♪』がリバイバル上映をかけてきて(『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEスターリッシュツアーズ』の発声OK上映・ドルビーシネマ版上映)、そちらもしっかり興行成績でランクインするというのも興味深かったです。

2016年以降に顕著になった傾向と思いますが、今は映画鑑賞がライブ感覚というか、アニメにおける「ライブ」とは劇場に行くことだという理解が進んだ結果だなと感じます。『BLUE GIANT』も音楽シーンが長くて体感度が高かったですしね。2時間の映画のうち30分近くが演奏シーンでしたし。


――それで言うと『劇場版ポール・プリンセス!!』(11月23日公開/江副仁美監督)も同系統の作品ですよね。

藤津 そうですね。しかも『ポール・プリンセス!!』は「ライブのシーンだけ応援できます」「全編応援できます」の2種類の応援上映があるんですが、通常上映を探して観に行くのが大変でした。

――通常上映が逆に回数が少ないんですか(笑)。

藤津 観やすい時間帯は応援上映が多かったですね、CGディレクターの乙部善弘さんが本作の企画のスタートだったそうですが、確かにポール・ダンスという題材は3DCGの強みが活かされる。というのも、舞台は基本ポールの周りだけだから表現しなければいけない空間が狭いんですよ。それなら、リソースをダンスの動き+αの演出に集中できる。動きもカメラワークも、これは手描きでは難しいだろうと思わせて、3DCGと感じるような驚きや面白さがありました。

◆賛否両論!?『アリスとテレスのまぼろし工場』の評価は◆
――注目作としては、岡田麿里監督の『アリスとテレスのまぼろし工場』(9月15日公開)もありました。

藤津 僕はとても面白く観ましたけれど、数字は期待したほどは伸びなかったようで、少しもったいないなぁという思いがあります。いろいろな人の感想を聞いたり、SNSの反応を見たりしましたが、単純に「あの世界が飲み込めない」というところでひっかかっている人が多いのかなというのは感じましたね。

――それはどういう部分が?

藤津 例えば、あの世界にはコンビニやスーパーマーケットもあるのですが、食べ物はどこからきているの? とか。つまり、通常のSF作品なら閉鎖空間というものを成立させるロジックが必要になるわけです。
あの作品はそういうところは気にせず、象徴として「止まった街」という場所を置いた、一種のファンタジーなんですが、そこに引っかかっている人がいる。なぜそういうことが起きるのか、いろいろ考えてみたんですが、自分なりに考えた結果としては、作品に込められた「感情の解像度」が高いからなんではないかと。

――確かに、ドラマで描かれる登場人物たちの感情は、非常にリアルで生々しいですよね。

藤津 そう、それなのに世界の細部の解像度はあえて下げている。このギャップが、うまく作品を飲み込めない人を生んだのではないかなぁ……と、まあ、そう受け取る気持ちもわからなくはないです。でも、あの映画は一種の「寓話よりの文芸作品」というか、壮大な例え話のようなものなので。主人公たちの気持ちはわかりやすく表現されているし、その上で奇妙な世界の意味合いを読解して楽しめばいい。そういう方向で受け取った人はOKだと思うんですが、そこが評価が分かれたポイントなのかなと

――70年代~80年代の邦画の影響下にある、ということもあってか、個人的には鬱屈した田舎から飛び出したいと願うシナリオライター志望の青年の日常を描いた『祭りの準備』(1977年公開/黒木和雄監督)に重ねて観ている部分がありました。

藤津 そういう受け取りができる作品ですよね。僕が考えたのは、実は『機動戦士ガンダム 水星の魔女』との対比です。『水星の魔女』は放送後に ”結婚騒動” とかありましたが(笑)……スレッタとミオリネの二人がある種の共感を抱き合って、手を取り合っているのは間違いない。でも、あの二人は「恋愛」をしていたのだろうか? という感覚が僕には若干ありまして。『水星の魔女』に限らず、二人の関係性の変化を描いていくことで「この二人が深いところでつながる」というお話はたくさんあるけれど、それだけでは「恋愛」を描いたことにはならないんじゃないかと普段から感じていて。

これは別に『水星の魔女』に限った話ではなく。世の中の物語の多くにみられる「偶然の出会いっぽく始まって、恋愛っぽく終わる」物語における「恋愛」は、基本的にはお話を進めていくためのギミックなんです。この人とこの人が関わり合う理由は何か? それは一目惚れ的な何かだけれど、一目惚れだけでは成立しないから、その後、ケンカをさせたり、相手のことを見直したりといった展開を入れて関係を深めていく。それはそれでギミックを意味あるものとして使いこなしている、という意味でよくできているのだと思います。

けれど、そのプロセスで生まれるのはいわゆる「友情」とどう違うのか? と思うこともあるわけです。恋愛と友情の差異は単純に線で区切れないからこそ、そこが気になる。そこについて『アリスとテレス』は、そこでの感情の解像度が異様に高く、恋愛というものが、ある種の熱狂で、それが人の世界を変えていく様子が描かれていて、これは正しい意味で「恋愛映画」だなと思ったんです。単に「相手がかけがえのない存在だから」では終わらない、執着がある。

――他のいかなる関係性とも明確に異なる「恋」という感情が明確に描かれている。

藤津 そう、そこがあの映画の面白いところだし、岡田麿里さんらしいところだなと感じます。

◆『君たちはどう生きるか』をどう観たのか◆
藤津 そういえば、『アリスとテレス』は若い頃のお父さんが恋愛対象になる展開ですが、『君たちはどう生きるか』は若い頃のお母さんがヒロインですよね。対照的ということでもないけれど、おもしろい対比になっていますよね。

――では、この流れで『君たちはどう生きるか』の話を。藤津さんはあの映画をどう観ましたか?

藤津 僕は面白かったですよ。面白かったけれど……それが「宮﨑さんの人生」なのかどうかは別にして、宮﨑さんがこれまで何を描いてきたかを知っているからこそ、「ああ、ここに行ったのか、ここに至ったのか」という感慨が強かったという気もします。
要は、宮﨑さんが世界をどのように捉えたいと思っているかがしっかり表現されていて、そこは非常に面白かった。けれど、これは知り合いの感想で、それはそれでわかるなと思ったのですが――「言いたいことが一杯あるのはわかるけど、全部が抽象的だった」と(笑)。

――ああ、言いたいことはわかります(笑)。

藤津 僕らはその抽象性を埋められるだけの、かつての宮崎作品の鑑賞ストックを持っているけれど、一般の人がぽんと観ておもしろいかというと、そこまで噛み砕いてはくれていない。そして宮﨑さんももう、噛み砕く気はないのだろうな、と。実はその辺りも覚悟して観たのですが、意外にシンプルなファンタジーだった点も含めて、僕にはとても面白い映画でした。

それから、誰もが言うけれど、黒澤明の晩年の作品を思わせる雰囲気は確かに感じました。実はうちの父親が宮﨑さんと同年生まれなのですが、その父親を見ていると「やはり80歳を過ぎると、見る世界が少し変わるのかもしれないな」と思ったんですね。単なる「衰え」とは違って、世界の見え方そのものが変容するんだということは納得のいく話で、『君たちはどう生きるか』にも同じような感覚を見つけることができて心を打たれます。

あと、個人的にはあちこちでインコを推しているんですが、「インコ、そんなに可愛くないじゃん」と言われるのが、納得がいかなくて(笑)。後ろ手に包丁を隠し持っているところとか「鳥だから脳みそ小さい」という感じがして可愛いですよね。

――そうしたディテール部分に、チャーミングなポイントが多い作品でもありましたね。では最後に、2023年の劇場アニメ全体を俯瞰して感じたことをお聞かせください。

藤津 80年代前半に池田憲章さんが書籍『アニメ大好き!』(1982年)の中で「これからは作家の時代だ、作り手の名前で作品を観ていくんだ」とおっしゃっていたけれど、40年経ってそこに辿り着いたのではないか――という話を去年お話した記憶があるのですが、2023年は実際そう感じられるようなラインナップが揃った印象です。

そして、メディア側もその動きを理解してきていて、アニメを「作る人」をちゃんとピックアップするという意識が強くなっている。例えば『窓ぎわのトットちゃん』だと「徹子の部屋」のゲストに主演の大野りりあさんなだけでなく八鍬新之介監督も呼ばれるなど、「この人がいるから、この作品がある」「これはこの人の作品である」という視点で扱われることが増えてきたと思います。
これは2016年の新海誠監督のブレイクを起点とした動きと言えますが、実際に出てくる作品も確かに「その人」でないと生まれないものになっている。そういう時代になってきたのかなという風潮を、去年にも増して強く感じました。

藤津亮太(ふじつ・りょうた)
1968年生まれ。アニメ評論家。新聞記者、週刊誌編集部を経てフリーライターに。アニメ・マンガ雑誌を中心に執筆活動を行う。近著は『アニメと戦争』(日本評論社)、『アニメの輪郭 主題・作家・手法をめぐって』(青土社)、『増補改訂版「アニメ評論家」宣言』。

治郎丸慎也(じろまる・しんや)
1968年生まれ。1991年徳間書店に入社、月刊誌・週刊誌の編集部などを経て、2020年よりアニメージュプラス編集長に。