昨年末、怒涛の〝学院編〟がアニメ化され人気を博した『魔法使いの嫁』。その原作が、マッグガーデンからブシロードワークスに移籍し、初となる第20巻が4月12日に発売される。

原作、アニメともに多くのファンを魅了している同作は、どのような経緯で誕生したのか。アニメ「魔法使いの嫁」公式コンプリートブック(MdN刊)に掲載された原作者・ヤマザキコレ先生×新福恭平さん(担当編集者)の対談を一部抜粋。連載初期のドキドキな制作舞台裏とは!?

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■短期間で生みだした物語が10年続く作品へ

──『魔法使いの嫁』という作品が生まれた経緯を教えてください。

ヤマザキ 一次創作をメインにした同人イベント「コミティア」にオリジナル作品を出すために作ったのが始まりです。ただ、実は練りに練って生み出したというわけではなくて、もともと描く予定だった作品を締め切り2週間前に「やっぱりこれは面白くないな」と思ってボツにしたんです。それで、2週間で新しいお話を考えなければならなくなって(笑)。
そんな状況の中で生まれたのがこの『魔法使いの嫁』でした。それを新福さんに拾ってもらい、連載用にいろいろと手直しして今の形になりました。

新福 初めてお会いしたのが2012年でしたよね。二人で「もう10年も経ったんだね」とよく話しています。

──イギリスを舞台にした理由は?

ヤマザキ 私はもともと児童文学が好きで、特に子どもの頃は海外児童文学の翻訳が流行っていてイギリスの作家さんの作品に触れる機会が多かったんです。『ハリー・ポッター』シリーズとか、『魔法使いハウルと火の悪魔』とか。
それでイギリスに興味を持つようになりました。さらに、日本やアジアのオカルト的な話も好きだったので、イギリスではどんな妖怪がいるのかと調べていくと妖精の話がいっぱいあるんだということがわかって。そういうきっかけや、興味が重なって、イギリスが舞台になりました。

あと、これは実務的な話になるのですが、「日本の背景を描くのは大変」というのも理由の一つです(笑)。日本は多種多様なデザインの建物が軒を連ねていて街並みがあまり統一されてないですが、ヨーロッパ圏は建物のスタイルが確立されているので、最初に調べるのは骨が折れるのですが、一度調べきってしまえば描くこと自体はそこまで大変ではないんです。

──そうなんですね。
日本のほうが描きやすそうなイメージがあったので、少し意外です。

ヤマザキ 私が北海道出身というのも関係していたかもしれないですね。やっぱり本州とは全然家の作りが違うので、自分が背景を描こうとするとどうしても北海道風になってしまうんです(笑)。なので、日本人があまり見慣れていない国のほうがいいんじゃないかと思いイギリスを舞台にしたという、打算的な理由もありました。
ただ一番大きな理由は、伝承がいっぱい残っていることです。多くの風習や伝統が本としてまとめられているし、研究もされていて、日本語に翻訳された本もある。
そういう意味でイギリスって、ヨーロッパの中でも、かなり〝日本人が手に取りやすいヨーロッパ〟なのではと思っています。

──チセとエリアスというキャラクターはどうやって生まれたのでしょうか?

ヤマザキ さっきもお話したとおり本を出すまでに時間がなかったものですから、二人についても綿密に練って生み出したわけではなくて、気がついたら頭の中にいたという感じでした。考えたことといえば、チセは主人公だから描きやすさを重視して、エリアスは見栄えがするように、ということくらいで。連載として整えるうちに内面がとても面倒くさい……というか、複雑なキャラクターになっていきました(笑)。そうやって生まれた子たちが10年以上経った今も長生きしているのはなんだか不思議な気がします。

──新福さんは、編集者としてヤマザキ先生の描く漫画の魅力はどんなところにあると思いますか?

新福 ヤマザキさんがこれまで調べたり学んだりした知識の多さが、画面の中に言語非言語を問わず入っているところではないでしょうか。
その魅力は「再帰性」というキーワードで表現でき、その高さが物語っている気がします。昨今の傾向として、「読んですぐ満足できる作品」が求められることが増えていて、もちろんそれが悪いことではないのですが、彼女の作品は逆に、何度も何度も噛みしめるほどに味が出てくるんです。

あとは普遍性という部分でも魅力があります。絵も物語も、時代の最先端ではないのですが、その分いつ読んでも変わらないものを感じさせてくれる。10年前の中学生も今の中学生も、作品に触れたときに得られる感情はほぼ同じなんじゃないかと思うんです。そういう時代を超えた普遍性がヤマザキさんの作品にはあります。


(C)2022 ヤマザキコレ/マッグガーデン・魔法使いの嫁製作委員会
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■今、改めて振り返る原作連載の裏話

──連載にするにあたって、ヤマザキ先生と新福さんの間ではどんなやり取りをされたのでしょうか。

新福 ヤマザキさんに「どういう設定を考えているんですか?」と聞いたら「こういうのを考えています!」と、膨大な量の資料が送られてきて(笑)。それが最初の驚きでした。それから、絵については「ファンタジーを描くに値する原稿の仕上がりにしたい」とおっしゃっていました。「僕も頑張ってほしいと思っているから、どう頑張るか考えましょう」という話をした記憶があります。まずは背景の手数を増やしましょうということで、最初の数話は出力した原稿に赤ペンで「ここにこういう描写を増やしてください」と書いてヤマザキさんに原稿を戻していました。

ヤマザキ そうでしたね。「草原がのっぺりして見えるから、もっと手数を増やしましょう」と言われたりしました。あと、「髪の毛ももっと線の数を増やそう」って言われて、髪の毛だけ別の紙に描き直して一度完成した原稿にはめ直したんですよ。デジタルとアナログを併用していたからできた荒業ですね(笑)。

新福 当時の原稿、まだ残っていますよ。

ヤマザキ (原稿を見て)うわ~、今見返すとやっぱり描き込みが少ないですね! プロでも10年経つと絵柄、画風がすごく変わるので、今、漫画を描いている皆さんもそこに不安があるなら勇気を持ってください(笑)。

新福 ヤマザキさんも二回目の連載で、僕にとっては初めての連載だったので、あのときはお互いに手探りしながら、いかに打ち切りを回避するかに必死でしたよね。そのぶんいろんな失敗もあって。第1話の冒頭のモノクロページも、全部の原稿ができあがったあとで1ページ足りないことが発覚して、ヤマザキさんに2日で捻り出してもらいましたもんね(笑)。

ヤマザキ そうそう(笑)。すごく申し訳なさそうに言われたのを覚えています。でも、あの1ページが入ったことで世界観がばっちりハマったと思っています。

──「打ち切りは回避できそうだ」と、手応えを感じたのはいつ頃でしたか?

ヤマザキ 第1巻が発売されて1週間後くらいに続々と重版の話が入ってきて。「これは回避できるのでは……?」と思いました。これだけ手を掛けてもらって打ち切りは嫌だなと思っていたので、ホッとしました。

新福 実は編集部としては、第1巻の発売前から「この冊数じゃ足りないよ! 早く増刷してほしい」という電話が書店さんから来ていたんです。たくさん作らなかったことを怒られたのはその時が初めてでした。ただやっぱり、実際に売れるかどうかは蓋を開けてみないとわからないし、ぬか喜びになるとつらいので、その時点ではヤマザキさんには伝えていなかったんです。

ヤマザキ 確かに、それでぬか喜びになったらつらすぎる!(笑)

新福 でも、発売当日以降もドンドン追加注文の連絡が来るようになり、それでようやく「打ち切りは回避できそうだ」と安心し、ヤマザキさんにその旨をお伝えできました。その後も続々と重版がかかるから「これなら10巻ぐらいまでは続けられるだろう」という確信が生まれ、それからシリーズとして構成を組み立てていくことになったんです。

ヤマザキ それでカルタフィルスとの物語を作っていったんですよね。その後の「学院篇」は、SEASON1のアニメ化の後に新福さんが「『学院篇』もアニメをやるつもりでいますからね」と言っていたので、アニメがある前提で構成を練っていきました。

新福 とはいえ、いろいろと右往左往もしましたよね(笑)。

ヤマザキ そうでしたね、キャラクターが多い分、みんながしゃべり出すと収拾が付かなくなってしまって……(笑)。そういった反省点もありましたけど、第1巻~第9巻とは別のことをやれたという意味で「学院篇」を描けて本当によかったなと思います。こんなにも漫画が世に溢れている時代に、新たなことにチャレンジさせてもらえたのは本当にありがたいと思っています。

──チセが学院に通う布石は早い段階で用意されていたので、最初から「学院篇」の話まで構想ができていたのかと思っていました。

ヤマザキ あ、学院の構想自体は早くからあったんですよ。元々は学院から物語を始めようかとも考えていたんですが、あまりうまくハマらず一度はお蔵入りになったという経緯がありました。
一つ裏話をすると、学院は大英図書館の地下にあるという設定なのですが、実は当初、間違えて大英博物館をモデルにしてしまっていたんです。私が大英図書館だと思っていた建物は大英博物館のリーディングルームだったという……(苦笑)。先入観を持ってはダメなんだなと反省しました。それ以来、植生や建材などについてもしっかりと一次資料を当たって調べるようになりました。日本では当たり前だと思っていたものが、イングランドでは全然違ったりすることもありますからね。

※「アニメ「魔法使いの嫁」公式コンプリートブック」(MdN刊)より一部抜粋

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