「嘘つきはスパイの始まり」というクールなキャッチコピーの通り、アクションだけではなく諜報活動と情報戦をドラマの中で描き出すことで話題を呼んでいるTVアニメ『プリンセス・プリンシパル』。
では、その肝であるスパイ描写は具体的にどこがスゴイのか。
それを探るべく、アニメ!アニメ!では軍事アナリストの小泉悠氏にインタビューを敢行。本編第3話までをご覧いただいたうえで、実際のスパイ活動や世界情勢と照らし合わせつつたっぷりと解説していただいた。果たして専門家をも唸らせる本作の魅力とは、またアンジェらヒロインたちの中でスパイとして最も優れているのは誰なのか――。
[取材・構成=日詰明嘉]

●小泉悠(こいずみゆう)
未来工学研究所特別研究員。1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了後、民間企業勤務、外務省国際上統括官組織専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを経て現職。
専門はロシアの軍事・安全保障政策、宇宙政策、危機管理政策など。主著に『軍事大国ロシア』(作品社)及び『プーチンの国家戦略』(東京堂出版)、鼎談をまとめた『大国の暴走』(講談社)などがある。

『プリンセス・プリンシパル』
www.pripri-anime.jp/

※本稿における考察は、公式のものとは必ずしも一致するものではありません。予めご了承ください。

――『プリンセス・プリンシパル』は「スパイ」をモチーフとした作品ということで、情報・軍事研究家である小泉さんに本作の魅力をお訊きしていきたいのですが、そもそもアニメは日頃からご覧になられているのでしょうか?

小泉
僕は昭和57(1982)年生まれなのですが、最後にじっくりと見たアニメは『新世紀エヴァンゲリオン』です。TVシリーズ・旧劇場版は中学生のときのリアルタイムでハマって、その後の新劇場版も観ています。
観るときはどうしても軍事関係に目が行ってしまうのですが(笑)。
あと、僕のtwitterのタイムライン上には、アニメ好きの人も多いので、『けものフレンズ』という作品が流行っていることや、人気のキャラクターなどは把握しています(笑)。今回の『プリンセス・プリンシパル』は本当に久々のアニメ視聴で、新鮮な気分で観させていただきました。

――本作をご覧になられて、率直なご感想はどうでしたか?

小泉
キャラクターデザインも可愛らしく、最初は萌えアニメかなと思って観始めたのですが、フタを開けてみるとえらく陰惨な話で驚きました(笑)。第1話のラストもそうでしたし、チームみんな仲良しなのかなと思ったら、過去を描いた第2話ではまったくお互いを信用していなかったことが分かりましたし、良い意味で期待を裏切られる作品だなと思いました。見た目は可愛いのですが中身は非常にハードなサスペンス、そのギャップが面白かったですね。


――情報・軍事研究家として、どんなところに注目されましたか?

小泉
まずは独特な世界観ですね。ケイバーライトという物質を無重力化する不思議な鉱石があって、メカニカルなところは非常に発達を遂げているようですけれど、情報通信技術は電信ぐらいで止まっている。そんなスチームパンクな世界観がまず面白かったです。
あとはロンドンが分断されている点が非常に興味深いです。そもそも何で分断されているのかは、私が見た段階ではまだわかっていないのですが、イデオロギー的に違いがあるのかどうかなど気になりました。

――ロンドンを分断するのはフィクションでも珍しいですね。


小泉
分裂国家というのは、つねに不安定状況を抱えていて、いつ紛争が発火するのかと恐れを抱いている限り、なかなか普通の国に戻れません。一方が国を統一しようとするインセンティブが働くはずで、本作のアルビオン王国とアルビオン共和国も、お互いどちらかのタイミングで統一してやろうと狙い合っている緊張関係にあるようです。
気になるのは、大陸領側とイギリス本土の関係ですね。ノルマンディー公がやけに強力な人物として描かれているのは、大陸側の人間にとって別の思惑があるからだと思うんです。果たして彼が王国の意を受けて動いているのか、それともまた別の思惑で動いているのか……ノルマンディー公自身だけではなく、彼という人物が体現している大陸勢力と共和国の対立は注目すべきポイントですね。

――アンジェらスパイの描かれ方についてはいかがでしょう?

小泉
そこはやはりアニメなので非常に派手ですね。
実際の冷戦期に活躍していたスパイたちにはいくつかタイプがあって、ひとつは「スリーパー」と呼ばれる人たちです。彼らは普段はサラリーマンや職人として、何十年もその国で生活をして、周囲からこの人は大丈夫だと思われたタイミングで初めて任務をこなす。
一方で、スパイといえば『007』のジェームズ・ボンドのような派手なタイプを連想する人も多いかと思いますが、「フィクションだからありえない」かというと必ずしもそうではなく、2010年にアンナ・チャップマンというロシアのスパイがアメリカで摘発されるという事件がありました。彼女は本当に派手な人物で、アメリカの社交界で人脈をつくりまくっていましたが、実はアメリカの核弾頭開発プログラムを調査するために送り込まれたSVR(ロシア対外情報庁)のスパイだったとみられています。
他にも、イギリスのMI6(秘密情報部)の一員でありながら実はソ連のダブルスパイだったキム・フィルビーなど、いかにもフィクショナルなスパイという例は現実にも存在します。
この作品でいうと、プリンセスという存在はもっとも疑われにくいスパイですね。
第2話でプリンセスが身体検査を免れるというエピソードがありましたが、そういう特権的な地位を利用することは現実でもよくあります。実際に多いのは、外交官のカバー(架空の経歴)を使うというもので、不逮捕特権があるうえに外交行李(DIP。外交文書を運ぶための封印容器。外交官特権として相手国の検査を受けることなく持ち込み、持ち出しが可能)を利用して秘密裏に情報物資を運ぶことができるため、スパイのカバーとしてはこんなに都合の良いものはないというわけです。

――この作品に限らず、フィクションにおけるスパイはインテリジェンスはもちろん、身体的な能力に優れていることが多いです。そうした訓練も機関の中で行われるのでしょうか?

小泉
どんなスパイかにもよりますが、スリーパーのような地味なスパイは、まずなにより一般市民らしくあることが大事なので、あまり目立ってはいけません 。
とはいえ、元KGBのエージェントである(ウラジーミル・)プーチンさんのように腕っ節が強い人が多いのも事実です。特にロシアのKGBやSVRは軍隊式の階級が与えられますから、基本的に軍人なのでそれなりの身体能力は求められると思います。

■スパイに向いている資質、それは“良心を持っていない”こと

――アンジェらのスパイとしての能力をどう分析しますか?

小泉
まず身体能力がすごいですし、第2話では限られた時間の中でものすごく機転をきかせています。あと、第1話で非常に面白かったのは、あえて自分の弱みを見せて――それは嘘なのかもしれないけれども――、相手の心のブロックを解いて信用させるという手法。これもスパイ工学的に計算されたものです。
現実世界でも似たような例があって、約20年前のボガチョンコフ事件です。海上自衛隊の3佐がロシアスパイに情報を漏らしていたのですが、3佐には難病を抱えた息子がいてお金が必要であったりと、そうした心の弱みにつけこんでくるんです。第1話の妹が難病だったというところにもちょっと重なりますが、そういう冷徹な判断や非人道的な手法はスパイではよくありますね。

――ちなみに、キャラクターの中で、もっともスパイとしての資質に優れているのは誰だと思いますか?

小泉
皆、それぞれに才能を持っていると思いますが……やっぱりアンジェかなと思います。彼女は人を騙したり自分が嘘をついたりすることに全く罪悪感がない感じがして、それはスパイにとっては最も優れた資質です。
逆に言うと第1話で殺された人はまともな良心を持っていたんでしょうね。実際アンジェに「スパイに向いていない」と言われていましたし。良心を殺すとか言っているうちはスパイにはなれなくて、最初から存在しないか無視できる人でないとスパイはやっていけないんだと思います。

――プリンセスのお付きのベアトリスは一番可愛らしい感じですが、いかがでしょうか?

小泉
この作品は視聴者を騙しにくるから、一番それっぽくない人が逆にエグいことをしそうな気がします(笑)。彼女のマトモそうな感じもフェイクである可能性があります。プリンセスにこれほどまでの権力欲があったんだと第2話で分かりましたし。
ドロシーはこの中で一番良心がありそうな気がします。人間として一番理解できそうな感じ。でもこれからどういう風になっていくかわかりません。唯一の成年者で自覚的にお色気技を使うし、これから先はハニートラップな話もあるかもしれないですね(笑)。

――「個人」だけでなく「チーム」としての働きについてもお訊きしたいのですが、実際のスパイはどのように動くものなのでしょう?

小泉
組織全体として、チームの最小単位は3人だとよく言われています。そのうちリーダーだけは自分の上位の指揮官を知っているけれど、他のチームのことはしらない。残りのメンバー2人が捕まっても、そもそも他の細胞や指揮官のことは知らないというわけです。これは潜水艦のような極秘行動を行う軍事組織でも同じです。
情報戦や諜報活動では、知っているものはなるべく限定することが鉄則です。彼女らにもそういう思惑があって、もしかすると上に繋がっている組織も違うのかもしれませんし、腹を読み合いながら付き合っている関係ということも考えられます。

――彼女らの所属する“コントロール”の人々もまた謎めいています。

小泉
この人たちも信用できるかどうか分からないですよね。例えばこの中に王国の内通者がいるかもしれない。情報機関の中に内通者を持ってしまえば絶大な情報が手に入ります。
有名な例としてオレグ・ペンコフスキーという人物がいます。彼はソ連の参謀本部の中にいたCIAの協力者、つまり二重スパイだったんです。それによってソ連がキューバに核兵器を持ち込んでいることを知らせることができました。キューバ危機の裏側です。
あと、この作品で面白いのは大佐という存在です。情報機関と軍部って、やはり思惑が一致しないもの。だからこそ、軍は独自の情報機関を持ちたがりますが、この作品においてコントロールルームに常に軍の人間がいるところを見ると、どうもこの共和国の情報機関はひとつしかなくて、共同で運営しているらしいというところが見て取れます。

■上流階級にとってスパイは“名誉ある仕事”

――その他に気になった設定はありましたか?

小泉
先ほども申しましたが、ケイバーライトのようなメカニカルな部分が発展しつつも、情報の伝わり方は遅いというギャップがすごく面白いです。スパイが活躍できるように、逆算して考えられた世界観だと感じます。
現代のようなネット社会だとハッキングで相手の奥深くまで入り込んで情報を取ることができますが、情報通信網が未発達な社会ではやはりスパイによるHUMINT(ヒューミント。人間を使ったインテリジェンス)が大きな威力を発揮します。
アメリカでは現在はNSA(アメリカ国家安全保障局)がすごく力を持っていて、彼らは巨大データセンターであらゆるものをビッグデータで解析していて、それがCIAのスパイ工作を遥かにしのぐ情報を持っています。『プリンセス・プリンシパル』の世界では実際に潜入して情報を獲得するということが行われていて、だからこそスパイに価値があるというわけです。
また、舞台がロンドンの分断国家であり、革命後まだ10年なので、民族・言語・文化的に行き来しやすいことも、スパイが活躍しやすい設定ですね。日本の場合は外国に対してそれが難しいですし、同民族の南北朝鮮の場合でも分断後60年以上経つとさまざまな違いが出て、諜報活動の妨げになったりもします。イギリスは階級社会ですから、言葉遣いも分断されていますので、下級クラスの子たちに対してどのように上流階級の物腰を身に着けさせたのかも気になるところですね。

――キャラクターのなかで、日本人の留学生・ちせがいます。異国からのスパイですが、彼女をどのようにご覧になりますか?

小泉
留学生のスパイということで、どこかの国の情報機関に所属する二重スパイの可能性も考えられます。もしくは、こういうお嬢様学校に通わせることによって、上流階級の物腰を身につけさせる目的なのかもしれません。スパイには、派遣先に浸透し、社交界でうまく立ち回れる能力が求められますので、無教養ではできない仕事です。
プーチンさんも実際に会うとめちゃくちゃ愛想がよくて相手をよく笑わせるそうですよ。本当の彼のキャラクターなのかはわからないですけれども、そういう風に訓練されているんです。ほかにもテーブルマナーから会話術、西側の資本主義経済のことまでいろいろと教え込まれるそうです。その意味でスパイは非常に洗練されて自由な思考ができる人であると言えます。アンジェがサッと外面(そとづら)を切り替えられるのもそういう訓練を受けたからでしょうね。
また、スパイはどこで訓練を受けたかによっても、キャラクターが変わってくるものです。プーチンさんは第一総局という外国に派遣されるスパイだったので、物腰よく人から好かれるような教育を受けていたわけですが、第二総局は国内における取締機関なので彼らは愛想が良い必要はない。本作でいうと、ちせは愛想はないけれど、剣を振り回す殺し屋要員なのでそういうタイプなのかもしれません。プリンセスは完璧なカバーがあるので、愛想をふりまきながら渉外的な仕事をしていくわけですが、同じスパイでも役割が違うので、それがキャラクター性にも反映されていますね。

――プリンセスのように、貴族の人たちがスパイになろうとする動機はどこにあるのでしょうか?

小泉
日本には戦後からずっとインテリジェンス機関がないため、イメージを持ちにくいでしょうけど、国によっては情報機関は国家に奉仕する非常に名誉ある仕事だと受け止められています。職員も大変な誇りを持っていますし、イギリスのMI6など貴族であるからこそ国家に奉仕すべしという考えで入る人も少なくなく、第一種公務員的な位置づけになっているようです。

――なるほど。ジェームズ・ボンドがヒーロー足り得ているのも、それがあるからなんですね。

小泉
西側では『007』で、東側では『盾と剣』(1968)というプーチンさんがKGBに憧れるきっかけになった映画があります。僕らが刑事ドラマを観て、悪い人を懲らしめるみたいなヒーロー像として映っているのではないかと思います。実態がどうかは別にして。
その意味で、プリンセスがスパイチームに入るということは、悪い意味に捉えられてはいないはず。しかも継承順位4位で、パッとしないプリンセスにそういう名誉職をあてがっておいたら、これがとんでもない野心家だったと(笑)。プリンセスの場合は首都のロンドンにいてスパイとして活動しているからいいのですが、敵地に送り込むというのはやっぱり珍しいでしょうね。でもチェンジリング作戦はそういう話なんですよね。 まだまだ先の展開が気になるところです。

――では最後に、今後の展開で楽しみにしているポイントを教えてください。

小泉
一見、仲の良さそうなアンジェたちですが、「スパイは嘘をつくのが仕事」と言っているぐらいなので、彼女たちに本当に友情があるのかが気になりますね。嘘をつかなくちゃいけないんだけれども、その制約の中で彼女らがどんな関係性を築いていくのか。やっぱり友情も持ちたいんだろうな、なんて想像しながら見るととても切ない気持ちになります。
あと軍事評論家としては、この分断された世界がどうなっていくかが気になります。大佐が言うように一歩間違えれば北欧戦争が起こってしまうような状況です。彼女らのスパイ合戦が果たして平時のままで進んでいくのか、この世界が保たれている危ういバランスがどこかで崩れてしまうんじゃないかといったところが気になる部分ですね。今後を楽しみに視聴したいです。