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■問題は文科省ではなく現場で起きている

 『事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!』
 どこかで聞いたセリフと思われる方が多いのではないだろうか。これは、人気テレビドラマだった「踊る大捜査線」の劇場版で、主人公の青島刑事が、捜査本部から現場を無視して無茶振りの命令をしてくる幹部に対して発した怒りのセリフである。


 いまの学校現場では、まさに、この青島刑事のセリフが飛び交っているのではないだろうか。口に出しての言葉はなくても「事件は会議室で起きているんじゃない!」という心の叫びで満ちている気がする。



 ある県庁所在地在住の母親が、次のように連絡してきた。



「今年度の教育過程は来年3月までに終了する方針が決まったため、6月半ばになって通常授業に戻ったとたんに授業の進度がハイペースになり、うちの子は小学校1年生なんですが、疲れ切ってしまって夕食も食べずに寝てしまう日が多くなっています」



 新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の影響で長期間の休校を強いられ、遅れた授業分を年度末までに終えるために、学校現場は必死になっている。年度末までに必ず終えるのは進学を控えた小6と中3で、ほかの学年は次の年に持ち越して、数年かけて取り戻すと文科省は言っているが、実行する現場にとっては簡単なことではない。
 遅れた分を取り戻すために1日の授業時数を増やすことが全国の学校で行われているが、そのために1時限あたりの時間を短縮し、さらに20分休みを廃止し、10分休みを5分に短縮するなどして授業時数を増やす工夫がされている。それを、小6と中3だけでやるわけにはいかない。授業の終わりを告げるチャイムを、同じ小学校で小6だけ早く鳴らすなんてことができないからだ。
 つまり、全校で今年度中の教育課程を終える体制をとらざるをえない。そこでは、1年生も例外ではなくなっている。



 さらに、別の母親からは次のような声が聞こえてきた。



「授業についていけない子が増えているようです。

自分のクラスにも居ると子どもが言っています。子どもの目から見ても明らかなんですから、深刻だと思います」



 保護者にしてみれば、これは大きな不安に違いない。授業についていけない子が放置されているというのだから、当然である。
 ただ、こうした状況に教員が平気でいるわけではない。桃山学院教育大学人間教育学部の松久眞実教授が、通常授業に戻った学校の教員数十人を対象に緊急アンケート調査を実施し、生の声を拾っている。そこである教員は、次のように回答している。



「休校中に宿題を出して、それができているものとして授業を進めざるをえないのだが、家庭環境などの問題で宿題ができていない子は授業を理解できていない。格差の広がりを実感している」







■教育現場から聞こえてくる不安の声

 授業についていけない子が増えていることは、教員も承知しているのだ。しかし、休校中の遅れを取り戻すことが大前提として突きつけられている。宿題や課題をクリアしている子と、できていない子が一緒に授業する上で、どのように学習を進めていけばいいのか悩んでいる職員は少ないないだろう。



 しかも、時間が足りない。授業時間が短縮されていることもあるが、それ以外にも授業時間が短くなってしまう理由がいくつもある。



「朝一番の健康観察カードは1人ずつチェックして入室させている。忘れている子がいれば、検温と健康チェックをしなければならないので、授業開始時間を考えると焦ってしまう。また、感染防止のために、子どもたちには『喋らない、立ち歩かない』を原則として伝えているので、プリントを配るのも回収するのも教員がしなければならない。そういった積み重ねによって、学習が遅れてしまう」



 それ以外にも、学校の感染対策に不安を感じている保護者も多い。



「どうしても子どもたちは密着します。教員が全員を把握できているわけではありません。下校時にマスクを外して大声で話しながら歩いている子も多く見かけます。手洗いなども、教員からの注意が減るといい加減になっている子どもがいるとも聞いています。もちろん、学校の子どもが自覚してやるべきだとは思いますが…」



 このような生活面に関しても、教員たちは気にしていないわけではない。それどころか、次のような声すらある。



「子どもを叱る回数は確実に増えています。私たちも叱りたくはない。

でも、子ども同士がくっついていれば叱らざるをえない。提出物の点検、検温、寄るな、触るな、喋るな、マスクをつけろ…。どんどん子どもたちを追い込んでいるようで、イヤになる」



 保護者の学校に対する期待は大きい。そして、教員も心を痛めるほどに対応している。ところが、物理的に十分な対応が難しいことは事実である。
 このままでは、教員と保護者の溝はどんどん深まっていくに違いない。子どもたちにしても、学習面はハードになり、生活面では口うるさく注意されることになり、苛立ちを募らせるばかりになっている。



 問題は、現場で起きているのだ。
 文科省も教育委員会も、休校中の学習の遅れを取り戻せと直接的に、間接的に学校へ命じている。さらには、3密(密閉、密集、密接)を避けて手洗いを徹底させるなどの「学校の新しい生活様式」の実行を教員に迫っている。「あれをやれ、これをやれ」だけで、現場の状況を理解しているとは、とても思えない。
 会議室で決まった結論は現場を混乱させるだけのことになっている。

会議室に必要なのは、「問題は現場で起きている」という発想である。

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