元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました

実刑2年2カ月!
 刑務所もシャバも人が織りなす社会だ。人はでも動物だ。弱いやつ、汚いやつ、強いやつ、法律には規定されない「人間性」がある。その人間性はときに弱いやつを犠牲にする。さらに弱いものは、さらに弱いものへその牙を向ける。
 ならば、その連鎖を断ち切る必要がある。そう、じんさん、今回から闘います。なぜ? ナメられないために、食い物にされないために。法律が守ってくれる人権の背景には最低限の「強さ」が必要とされるからだ。イジメられっ子はこの「勇気」の道を自分の足で渡る必要がある!



■塀の中でもシャバでも舐められたら終わりだ

【帯広刑務所編】イジメられたら、まず闘え! 塀の中でもシャバ...の画像はこちら >>



 雑居の懲役は、関東方面が半分で、あとの半分は北海道勢だった。
 現役の遊び人は一人もおらず、 ボクの他は、部屋長の赤いランドセル、マリファナ中毒患者やドロボー、シャブ中、警官とカーチェ イスをしてパトカー1台をオシャカにしてしまったという公務執行妨害の懲役たちが集っていた。ま た、浅草から来ていた、ボクと同い年の職の懲役もいた。

こいつは一見豪放な性格に見えたが、違っていた。



 最初はその「鳶職」とは口も利かなかったが、ある話から、ボクと鳶職が浅草のある現役のヤクザをともに知っていることがわかると、途端に仲良しになった。しかし、しばらくすると何が原因なのか、 その鳶職は意地悪そうな目でボクの方をチラチラ見ながら、ときどき地元の元ヤクザの懲役の耳元で何かを囁くようになった。明らかにボクの厄マチを切っていたのだ。地元の元ヤクザは、そんな鳶職野郎の話を黙って聞いているに過ぎなかった。



 ボクは性格上、何かあるなら正面から言って来いというタイプなので、男らしくない陰険な鳶職のやり方には我慢できなかった。しかし、面接のかかる時期なので、今ここで我慢しなかったら今まで 我慢してきたことがすべて無駄になることから、イライラしながらも我慢の日々を過ごしていたのだ った。



 あるとき、部屋に戻って来ると、すでに、いつものように夕食のパンを房扉を開けてある部屋の机の上に配って置いてくれてあった。
 部屋の懲役たちは点検が終わると、机を並べて飯の準備に取り掛かり、自分たちの食卓に座った。 そして机の上のパンを一人ひとり上から取っていき、最後に残ったパンが鳶職のところに置かれた。
 何かの用事でまだ帰っていなかった鳶職が、飯の時間に間に合って帰って来て、食席に座ると、自分のところに置いてあるパンを掴んでジッと見た。そして部屋の懲役たちのパンをグルッと見回しな がら、



「何だよ!小さいじゃねえかよ。

何でオレだけ小さいのを残して置くんだよ。皆で先にでかいパ ン取ってよ。汚ねえな!」と、ガキみたいなことをぬかしやがった。



 ボクは内心呆れて、こいつ、かなりお脳が甘いなと思いながら、卑しいガッツキ野郎に、



 「そんなに欲しけりゃ、オレのと取り替えてやるよ」



 啖呵を切り、ボクのパンと取り替えてやろうと思って自分のパンを見ると、何と鳶職のパンよりボクの パンの方が小さかったのである。これでは取り替える訳にもいかず、ボクの出番がなくなってしまっ た。



 確かに大きい小さいはあるだろうが、いい男が恥ずかしげもなく口に出すことじゃない。部屋の懲役たちは呆れて言葉も出ない様子だった。



 そんなことがありながらも、誰も部屋の懲役たちは進んで争い事を起こしたくないので、表面的に は何もなかったかのように繕って、日々暮らしているのだ。



■効果的に戦うなら人の面前で恥をかかせる

 それからほどなくしてボクは、仮釈放の仮面接を一段階飛び越して、一発で本面接にかかった。するとガッツキ野郎の鳶職は、遊び道具のない刑務所で見つけた唯一の愉しみであるかのように、本面接のかかったボクにネチネチと攻撃を仕掛けてきた。面接がかかっているから何も言えないだろうと高をくくって、前以上に陰険さを増して……。



 ボクはその陰険さに、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまい、こうなりゃ、テメエの仮釈よりも大切なプライドを守ろう、と決心した。

そして、効果的にやるには、人の面前で恥をかかせてやるのが一番だと考えた。



 あるとき、この鳶職が工場での昼飯が終わり、食堂の2階から1階の流し場のところにある便所に降りて行くのを見て、ボクも看守から死角になる便所へ降りて行った。そして鳶職が便所の中で腕を組んで何人かの懲役と順番待ちをしているところへ行き、野郎の小便の終わるのを待ってから、ボクは面前で睨みつけると、



 「オイ! お前よ、よくもオレを今までコケにしてくれたな。オレがおとなしくしていると思って 、今まで散々オレを舐めてくれたな、この野郎。こっちが仮釈で我慢してりゃ、その気になりやがって 。ここで勝負してやるからかかって来い」



  今までおとなしくしていたボクが突然豹変して啖呵を切ったので、鳶職はボクの勢いに目を白黒さ せて怖気づき、「いや、誤解です。そんなつもりはございません」と、今まで聞いたことのない敬語を使 ってきたが、ボクは鳶職の胸倉を掴んで壁に押し付けた。



「すみません。申し訳ありませんでした」



   鳶職が必死に謝る。
 ボクはこんな意気地なし野郎に、仮釈のために我慢してきたのかと思うと、自分自身が恥ずかしく 情けなかった。



「この意気地なし野郎。舎房に帰っても大人しくしていろ。

いいか、オレが今まで大人しくしていたサービスはここまでだ。わかったな。この野郎!」



 こんなバカを相手にしてもしょうがないと思ったボクは鳶職にそう言い置いて、掴んでいた手を離した。



 幸い、この件は2階にいる交代看守に気づかれずにすんだ。狙い通り、懲役の面前で脅かしてやっ たから、効果はてき面。それからの鳶職はすっかり借りてきた猫のようにおとなしくなり、しおれた青菜のようになっていた。



 次は、鳶職が、仮釈もらいたさに印刷工場にしがみつく番だった。普通の神経なら、印刷工場から上がっていくのに、恥を恥と知ることのできない哀れな懲役だった。



 こういう手合いの懲役は、土壇場になるとからきし意気地がなかった。
 ボクは、自分にとって何が大切かということを忘れていたのである。





(『ヤクザとキリスト~塀の中はワンダーランド~つづく)

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