元祖鉄道アイドル、今は「鉄旅タレント」として鉄道をアツく語る、木村裕子が日本各地の魅力的な路線を紹介する“女子鉄ひとりたび”(『女子鉄ひとりたび』著・木村裕子より)。旅はまさに運命的な出会いの「無限列車」。

立ち寄った松浦鉄道のたびら平戸口駅では、自分のことを知っていた駅長とまさかのご対面。そして駅の改札口をくぐった彼女を待っていたのは、文字通りオイシイ出会い……?



■意外にも美味かったエイリアン

《松浦鉄道》グロテスクなものほど美味い! これ美食の鉄則?【...の画像はこちら >>



 たびら平戸口(ひらどぐち)駅の外へ出ると、異彩を放つオブジェが目に飛び込んできて、
「何これ!?!?」と思考回路が一瞬停止する。



 高さ10メートルを超える巨大カマキリが、貨車にまたがってこちらを睨む。その横には、巨大カマキリを小さなタモ網で捕まえようとしているマネキン人形。なんとも個性がとがっている。



《松浦鉄道》グロテスクなものほど美味い! これ美食の鉄則?【女子鉄ひとりたび】24番線



 頭の中が整理できないので、これを作った人の制作意図を想像することにした……。



 いや、全くわからない。しばし考えてみたが答えは出ないし、次の列車の時間も迫っているので、腑に落ちないままランチへ向かうことにした。



 するとこのあと、残ったモヤモヤが思わぬ展開で晴れることとなる。



 ランチは地元名物のうちわエビが食べたくなり、事前に調べておいた海に近い食事処の「お食事の店萬福」へ。ここはお刺身定食のお刺身が、無制限でおかわりできるメニューが1700円(税別)からある。人気店のようで、4組待ちでカウンターに通された。



《松浦鉄道》グロテスクなものほど美味い! これ美食の鉄則?【女子鉄ひとりたび】24番線



 うちわエビとはその名の通り、団扇(うちわ)のように丸く平たい顔をしていて、エイリアンを思わせるグロテスクな姿態。しかも、どこから殻を剥いてよいかわからず、肝心な身がなかなか取り出せない。



 悪戦苦闘していると、見かねた大将が教えてくれた。そのお味は異様な姿とは裏腹に、カニのように濃厚でとても美味しい。



 あまりの美味しさに、オーバーなレポーター風に絶賛してしまった。その食レポを笑いながら見る大将と話が弾み、鉄道が好きで松浦鉄道に乗りたくて東京から来たと伝えると、



「駅前のカマキリ見た? あれ、俺が作ったんだよ!」





■新メニューは裕子が考案?

《松浦鉄道》グロテスクなものほど美味い! これ美食の鉄則?【女子鉄ひとりたび】24番線



 と、まさか、たまたま訪問した店で、作者と出会ってしまった。



 それと同時に頭の中で「チュクチュ~ン♪ あの日 あの時 あの場所で?」の名曲、小田和正さんの『ラブ・ストーリーは突然に』が流れた。



 乗り鉄でいつも思うこと。もしこの日、この場所に来なければ、という突然が、私には仕組まれたように多すぎる。もしかすると旅先での出会いも、鉄道ダイヤのようにあらかじめ緻密に組まれていて、無意識に動かされているのかもしれない。



 そしてあの謎のオブジェの疑問が氷解していく。



「松浦鉄道を盛り上げたくて、来た人を楽しませたくてね。

ここ田平(たびら)は約4000種類の虫がいる昆虫の里。それをPRするためのカマキリで、次はトイレの上に巨大カブト虫を作ろうと思ってるよ」



 この町が「昆虫の里」ということを初めて知った。隣の西田平(にしたびら)駅から徒歩25分の場所に「たびら昆虫自然園」があり、約3000種の昆虫が園内に生息しているそうだ。昆虫が苦手な私は、その数を聞いただけで背中がピクンと動いてしまった。大将は続ける。



「松浦鉄道、どうにか活性化させたいんだよね。地元の人が便利な車移動を選ぶことは、仕方がないこと。だから外からお客さんを呼びたくて、何か策がないかとアイデアを出すんだけど、なかなかうまくいかなくてね……」



 ローカル線でアイディア策がヒットする背景には、必ず2つの共通点がある。まず1つ目は、どこよりも最初にやったことだ。



 そして2つ目。アイディアを出し続けて、失敗しても次々とやり続けること。この2つが揃ったとき、必ず鉄道の神様は微笑んでくれる。



 私はそれを、実際に全国へ足を運んで見てきたので知っている。





「大将がこの板前姿で乗って、車窓や地元アナウンスをしながら、このお店のお料理を出す『お刺身食べ放題列車』なんてどうですか? いまならまだどこもやってないから、話題になると思います!」



 と、その場で思いつきのアイデアを話したら、



「おおっ! それいいねぇ?」と威勢のよい返事が飛んできた。



 駅前のぶっ飛んだオブジェを作ったほどの大将だ。将来もっとぶっ飛んだ企画が生まれそうな予感がする。



(25番線へ続く)

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